第31話 使命を終えた勇者と王女の物語
第二章のエピローグです。
森から家へと帰る道中。
血液アーマーを纏ったまま家路に就く私は、ピリピリした空気に内心で首を傾げた。
……シャルさんとアイリスの様子がおかしい。
森の中では私が走行用に考えた『モード・タタ◯ガミ』を見て「キモい! ウネウネがキモい!」と爆笑していたシャルさんが、アイリスが抱きついてきてからというもの普通の剣みたいに黙り込んでいる。
アイリスも血液アーマーにくっつけたシャルさんを凝視して「夢で見たのと同じ……」とか呟いているし、二人はもしかして知り合いなのだろうか?
遂には表面に冷や汗をかき始めた愛剣をフォローするため、私はそれとなく婚約者へと声を掛けた。
「あ、あのねアイリス……その剣は僕の剣だからね? アイリスがどうしてもって言うなら譲ることも前向きに検討させてもらうけれど…………できれば手放したくないというか……」
私が呪いを吸ってしまったことで錆びた剣ではなくなってしまったけれど、それでもシャルさんがかっこいい剣であることに変わりはない。
剣士であるアイリスが見惚れるのも無理はないだろう。
やんわりと譲りたくない旨を伝える私へと、しかしアイリスはあっさり首を横に振る。
「いいえ、べつにこの剣が欲しかったわけではないわ……それより、この剣はノエルの物ってことでいいのかしら?」
取り合いにならなかったことにホッとした私は元気よく答えた。
「うん! 僕の愛剣、シャルティアだよ!」
私の宣言に、なぜかアイリスは頬を赤く染めて、とてもいい笑顔を浮かべる。
「……そう、そうなの……うふふっ、うふふふふふっ…………またあなたに救われちゃった…………うふふふふふふふっ……」
やたらと機嫌がいいアイリスは軽やかな足取りで「イザベラに報告してくる!」と言って走り出す。
そしてあっという間に見えなくなったアイリスを見送ったあと、今度はリドリーちゃんが血液アーマーの横へと歩み寄って、タタリ◯ミの胴体に貼り付けたシャルさんを覗き込んできた。
「森で剣なんて拾ったのですか……シャルティアとはまたベタな名前ですねー」
「ベタ?」
剣の世界ではシャルティアという名前がジョン・スミスみたいな感じなのだろうか?
リドリーちゃんの発言に私が首を傾げると、彼女も首を傾げながらベタと言った理由を教えてくれる。
「知らないで名付けたのですか? シャルティアという名前の剣はこの世に腐るほどあるのですよ? かつて金月神様が創世神にトドメを刺した伝説の神剣【救世剣シャルティア】がその由来なのです」
「へー」
リドリーちゃんの発言にシャルさんは剣の刀身から生首を生やして、その名称を全力で否定した。
「やい小娘っ! 妾をそのようなダサい名前の剣といっしょにするでないわっ! 妾の名前は『放浪剣』シャルティア! こっちのほうが断然かっこいいのじゃ!」
そうだね、私もそう思うよ。
剣から唐突に生えた生首に、リドリーちゃんはしばらく真顔になってから、頭を抱えてしゃがみ込む。
「あ、あははっ……もしかしたら私は坊ちゃまを心配しすぎて、ちょっと疲れているのかもしれません……なんだか目眩がして……幻覚まで見えてきました……」
「大丈夫?」
シャルさんの一発芸、生首のフリがクリーンヒットしたのか、リドリーちゃんはぶんぶん頭を左右に振っている。
「もー……ダメじゃないかこんなに驚かせちゃ……シャルのイタズラは悪質なんだから……」
「フハハハハッ! その小娘もなかなかいい反応をするのう! 確かリドリーとか言ったか? お前さんの名前も特別に覚えておいてやろう! 光栄に思うがいい!」
どうやらリドリーちゃんもシャルさんのお気に入りに登録されたらしい。
「ああっ……またこの領の非常識っぷりが上がってしまいそうですっ……!?」
シャルさんのネタの当たり所がよほど悪かったらしく、体調を崩したリドリーちゃんはメアリーに運ばれていく。
そしてまた二人きりになった私は、シャルさんにこっそり質問した。
「ねえ……もしかしてシャルってアイリスが苦手なの?」
「う……うむ…………なんというか、やつには本能的な恐怖を感じるのじゃ……」
苦い顔をしたシャルさんが私にジト目を向ける。
「というか、主君はあの『狂愛神の末裔』とどういう関係なのじゃ? 見たところやたらと親しそうだったが……?」
「アイリスは婚約者だけど?」
私たちの関係を告げるとシャルさんは愕然とした。
「……もしや主君は勇者か?」
「……縁起でもないこと言わないでよ」
勇者なんて神様のパシリでしかないから絶対に御免である。
そんな会話をしながら家の玄関まで歩いたところで、私は血液アーマーを脱いで伸びをした。
「んんっ! やっと帰ってこれた!」
田舎の子供が近所の森の冒険から帰ってきただけだけど、今回の冒険の成果は上々と言っていいだろう。
血液アーマーというワイバーンを倒す可能性を秘めたアイデアを思いつくことができたし、シャルさんというロマン溢れる剣を手に入れたうえに、多眼血操という面白そうな秘術まで得ることができた。
まだ初心者用エリアをクリアしただけだから、今の私は吸血鬼レベル5って感じだと思うけれど、日光耐性に続いて最低限の護身術も修得できたと考えていいだろう。
少しずつではあるが確実に成長している実感に、私は冒険を勧めてくれた母様に感謝した。
ありがとうございます、母様。
このまま私は自己強化のための研鑽を続けて、いつか母様や父様よりも強くなってみせます。
立派な田舎者である二人の背中は遠く霞んで見えないけれど、道は発見したのだから後は進み続けるだけである。
眷属を増やし、血液アーマーを強化して、シャルさんや血怪秘術の使い方を極めていけば、いつか私も立派な田舎者になれるだろう。
もしかしたらワイバーンを倒せるようになる日も近いかもしれない。
まあ、うちの場合は私が狩る前に母様か近所の人が狩っちゃうから、翼竜と戦う日がいつになるかはわからないんだけどさ……。
そして私が達成感に包まれながら愛しの実家に入ろうとすると、シャルさんが鋭く静止をかけてきた。
「ちょっと待て! また狂愛神の末裔と会う前に、主君にひとつだけ聞いておきたいことがある!」
「なに?」
「お前さんは女の『顔』と『身体』と『性格』……どこに最も惹かれるのかを教えるのじゃ!」
下世話な質問に、私は迷いなく答えた。
「――『性格』かな」
それを聞いたシャルは生首の姿で器用に頷くと、首の中に剣を収納して瞳に確信の色を浮かべる。
「そうか『身体』か……それなら妾は生首のままでいたほうが良さそうじゃな……」
……性格って言ったよね?
◆◆◆
「ノエル・エストランド、初めての冒険から無事に帰還しました!」
生首モードのシャルさんを抱えてリビングまで行くと、そこにはみんなが勢ぞろいしていた。
仮面と外套を外した父様に母様、マーサさんにセレスさんにイザベラさん。
そして先に走っていったアイリスとリドリーちゃんも一列に並んでいる。
先に帰ったリドリーちゃんがシャルさんのことを伝えていたのか、私が生首を抱えて帰ってきても誰も微動だにしなかった。
「おっ! なんじゃなんじゃ!? 整列して妾をお出迎えとは、主君の家族は礼節を心得ておるのう!」
偉そうにシャルさんが戯言を吐くが、きっとみんなは冒険から帰った私を出迎えているだけだろう。
家族からの愛を感じてとても嬉しい。
そして自分が出迎えられていると勘違いしちゃったシャルさんに、紳士で大人な父様は最敬礼をして語りかけた。
「ようこそいらっしゃいました、尊き方。貴女様を我が領に迎えられたこと、光栄の極みでございます。つきましては領をあげて歓待させていただきます」
流石は父様、気遣いスキルが達人の域である。
膝まで突いて挨拶した父様に、シャルさんは「むふーっ!」と鼻息を吐く。
「うむ! よきにはからうがいいのじゃ! 尊き妾がお前さんたちの接待を、心ゆくまで堪能してやろうっ!」
あまりにもその物言いが偉そうなものだから、私は抱える生首の頭にチョップした。
「こらっ! あんまり調子に乗らないの!」
「痛っ!? なにをするのじゃ主君っ!?」
「もー……父様が優しいからって、どんだけ上から目線なんですか……」
愛剣を嗜めた私は仕切り直すため、生首を机の上に置いてみんなに紹介する。
「こちら森で出会ったシャルティアさん。ちょっと変わってるけど悪い生首じゃないよ?」
私の紹介に続いてシャルさんも挨拶をする。
「シャルティアじゃ! 今日から妾もここに住むからよろしくな! 見ての通り首だけだから仕事はできないが……気が向いたら相談相手くらいは務めてやるのじゃ!」
いきなりの働かない宣言に、私の頬が引き攣った。
「……ちゃんと面倒は僕が見るから……家に置いてもいいよね?」
森に返してきなさいと言われないかとハラハラする私に、父様は膝をついたまま青白い顔で微笑む。
「……ノエルは本当にこの御方と仲良くなったんだね?」
同じ目線で聞いてくる父様に、私は満面の笑顔で答えた。
「うん! シャルとはマブダチだよ!」
はああぁ~、とリビングの中に深い溜息が流れる。
……やっぱり初対面の生首を家に連れ帰るのは不味かっただろうか?
最悪の場合は庭に小屋でも建ててシャルさんを飼おうかと画策していると、ひとり堂々とシャルさんを見つめていた母様が口を開く。
「いいんじゃないか? 面白そうだし」
同じ金眼同士で嬉しくなったのか、母様の尻尾は左右に振られている。
その姿に再びリビングの中に溜息の嵐が巻き起こって、最終的には父様ががっくり項垂れた。
「……我が家がどんどん人外魔境と化していく…………」
どうやら最高権力者からの鶴の一声で、シャルさんの滞在は許されたらしい。
「フハハハハッ! これで妾も主君の家族の一員というわけか! くるしゅうない! 近くに寄るのじゃ皆の者! 特別にお前さんたちの顔と名前も覚えてやろう!」
機嫌良くみんなを呼び集めるシャルさんの元へと、少しずつマーサさんやセレスさんが歩み寄って話し始める。
その光景を見て私はなにか足りなかったピースがカチッとハマった気がした。
その理由に考えを巡らせると、すぐに思い当たる点へと辿り着く。
そうだよ……うちの田舎には『おばあちゃん』が足りてなかったんだよ!
不老種ばかりのこの土地には、田舎に必ずいるおばあちゃん要素が皆無だったのだ。
シャルさんは見た目こそ若々しい生首だが、中身はゴリゴリのおばあちゃんである。
そんなシャルさんが家に来たことに、私は運命的なものを感じた。
……もしかして神々は私のスローライフを応援してくれているのだろうか?
異世界の田舎に転生して、特に使命もなく、仲のいい家族に囲まれて楽しく緩やかに生活している。
初めての冒険も特に問題なく終わったし、ここまでくると魔王や邪神の討伐を命じられる可能性は皆無と言っていいだろう。
今までそんなフラグなんて欠片もなかったからね。
「そっか……僕は勇者じゃなかったんだ…………」
瞳の色が月の色と同じだから心配していたのだが……どうやら杞憂だったらしい。
これまでずっと抱えていた懸念が解消されたおかげで、さらに輝きを増した家族団欒の光景を穏やかな気持ちで眺めていると、リドリーちゃんが近づいてきて私の耳元で囁く。
「ところで坊ちゃま……シャルティア様にアイリス様のことはお伝えしたのですか?」
「? 婚約者であることは伝えたけど?」
「そうではなくて子作りの――」
と、リドリーちゃんがなにかを言いかけたところで、アイリスがシャルさんの前へと進み出た。
「ひとつ、訊きたいことがあるのだけれど?」
「……な、なんじゃ?!」
苦手意識がある幼女に覗き込まれてシャルさんの顔が強張るが、アイリスは構わず続ける。
「赤ちゃんはどうやったらできるのか、あなたは知っているかしら?」
「「「!!?」」」
リビングの中に緊張が走った。
「ハッ……なにかと思えばそんなことか……そんなもん、大人の女なら誰でも知っておるわ!」
「詳しく教えて!」
前のめりになるアイリスにシャルさんが嘆息する。
「しょーがないのー」
まずいっ!
シャルさんは性格的に空気を読むタイプではない!
これまでみんなで頑張って子作りの秘密を隠してきたのに、このままでは全ての苦労が水泡に帰してしまう!
顔を見合わせた私とリドリーちゃんは、二人で同時にシャルさんの元へと走り出し、生首の口を塞ごうとした。
しかしタッチの差でシャルさんの口が先に開き、
「まずはキスをするとフェニックスが飛んで来てじゃな――」
「ふんふん!」
天然ボケを炸裂させるシャルさんに、私とリドリーちゃんはずっこけた。
――あなた脳ミソありませんでしたねっ!
それから正座でシャルさんの説明を傾聴するアイリスの姿を見て、私はとなりで立ち上がったリドリーちゃんへと語りかける。
「……ねえ、リドリー」
「なんですか、坊ちゃま?」
たったいま気付いてしまったんだけど、ひょっとすると……
「……もしかして僕ってさ……ワイバーンよりも先に、アイリスから身を守ったほうがいいのかな?」
「今さら気付いたんですかっ!?」
ときどきこちらに送られてくる婚約者からの熱烈な視線は、私の魔法防御すらも貫いて唇の辺りをジリジリ焼いていた。
……いつの間にアイリスからの好感度が跳ね上がっていたのだろう?
もともと冒険に行く前から高い好感度を得られていたと思うのだが……今のアイリスはそれが天元突破している感じである。
あまりにも熱々な視線に、私は魔女と対峙した時よりも身の危険を感じていた。
やっぱりこれはスローライフだよ……だって最も脅威を感じるのが未来のお嫁さんなんだもの……。
どうやら前世で縁の無かった縁結びの神様が、今世では仕事をしすぎているらしい。
そしてシャルさんの説明が終わったあと、
「ノエルーーーっ!!!」
「ぐふぅっ!!?」
私がアイリスにファーストキスを奪われるまで、コンマ1秒もかからなかった。
婚約者から愛されているようで嬉しいけれど…………前歯を圧し折るのはどうかと思うよ?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて第二章は完結となります。
少しお休みして第三章は構想が固まってからの再開となりますが、ちょくちょく書きたくなった閑話を投稿していく予定です。