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第30話  男児3日会わざれば……






 SIDE:リドリー



 坊ちゃまが森に入ってから3日。


 私とアイリス様は暇な時間があれば森の端で坊ちゃまの帰りを待つのが日課になっていました。


 草原に敷物を広げ、空間魔法で持参したお茶とお菓子を食べながら、私は優雅に坊ちゃまの帰りを待ちます。


 森の端ではアイリス様がソワソワしながら坊ちゃまを探していて、その姿に私は癒やされました。



「それにしても……ひとりで冒険とは坊ちゃまも成長しましたねー……」



 紅茶を啜りながら昔を振り返ります。


 出会ったばかりのころは生まれたての新生児だった坊ちゃまが、気づけば火達磨になって、火達磨になって、火達磨になって…………火達磨のインパクトが強すぎてろくな思い出がなかったので、私は回想をやめました。


 とにかく坊ちゃまは立派になったものです。


 私がいないとすぐに黒焦げだったのに、それが今やひとりで森の冒険をしているのですから……もうお守りは必要ないのかもしれません。


 そして私が物思いに耽りながらクッキーを齧っていると、こちらに向けて初老の男性が歩いてくるのが見えました。


 隻腕だけど筋骨隆々な身体に武具を纏ったその人は、確かとなりの領の代表をしているガンツさんです。


 背中にバスターソードを背負った強面な老人の出現に、私は立ち上がっていつでもアイリス様を庇えるように待機しました。


 まあ、アイリス様なら庇う必要がない気もしますが、そこらへんは侍女としての矜持です。



「おはよう、リドリー殿」



 少しだけ身構えた私へと、ガンツさんは害意がないことを証明するように挨拶をしてきます。


 最低限の警戒心だけを残した私は、背筋をピンと伸ばして挨拶を返しました。



「おはようございます、ガンツ様。今から森に入るのですか?」



 武装している理由をやんわり問いかけると、ガンツ様は困った顔をして完全武装の訳を話してくださいます。



「……実は数日前に冒険者の集団がこの森に入ってな……それから姿を見ないから、こうして見回りをしていたのだ」


「ああ、それで……」



 この森に冒険者が入って、そのまま帰らぬ人となるのはよくあること。


 冒険者の行動は自己責任ですので、基本的にこの辺りの住人は気にしないのですが、面倒見のいいガンツ様は生き残りが帰ってこないかと巡回してくれていたのでしょう。



「ガンツ様はお優しいのですね」


「いや、薪を拾いに来て後輩たちの死体を見るのは気分が悪いのでな……」



 頬を染めてロマンスグレーの白髪を掻くイケオジの姿に、私はキュンキュンしました。


 はあぁ……照れるオジ様って素敵です……。


 そうして私が眼福な光景を楽しんでいると、森の中から木々をバキバキ圧し折る激しい音が近づいて来ました。



「……魔物か?」



 訝し気にバスターソードの柄へと手を掛けるガンツ様の横に並んで、私はアイリス様へと注意を促します。



「なにか来ます! おさがりください!」



 しかしアイリス様が退避を始める前に赤黒い塊が森の中から飛び出してきて、ガシャッと金属音を響かせて着地したそいつに、私とガンツ様は最大級の警戒心を向けます。


 蠢く無数の触手で形成された蜘蛛のような手足。


 胴体に浮かび上がる鎧と剣。


 脇腹では気絶した男の人が生きたまま捕食されていて……その凶悪な姿はどこからどう見ても邪神のそれでした。



「……応援を呼んできてくれ、リドリー殿……ここは儂が食い止める」



 命を捨てる覚悟で前に出るガンツ様に、私も一歩前へと踏み出します。



「それはアイリス様にお任せしましょう。僭越ながら、私も殿(しんがり)をお手伝いさせていただきます」



 二人で協力すれば、応援が来るまで生き延びる確率が上がるはず。


 しかしそんな私たちの覚悟は、次の瞬間には霧散しました。



「ノエル~~~っ!!!」



 光の如き速さで駆け抜けたアイリス様が邪神の首へと抱きつくと、蜘蛛のような頭部に張り付いていたフェイスガードがパカッと開いて、眼帯をした黒髪の子供が顔を覗かせます。



「やあ、アイリス。ただいま」



 邪神の中から出てきたのは他ならぬ坊ちゃまでした。


 呆ける私とガンツ様の前で、アイリス様と坊ちゃまがイチャつきます。



「バカバカバカっ! さびしかったんだからっ!」


「あははは……待ってアイリス……君にポカポカされると血液アーマーの上からでも内臓に響くから……」



 そして坊ちゃまが口から血を吐き出したあたりで、私はガンツ様へと向けて深々と頭を下げました。



「……うちの坊ちゃまが紛らわしい真似をして申し訳ございませんっ!」



 ガンツ様はバスターソードから手を放したあと、唖然とした表情のまま異形の姿を取る坊ちゃまを指差します。



「……い、いや、べつにそれは構わないのだが……エストランドの御子息は大丈夫なのか? なにやら取り憑かれているように見えるのだが……?」 



 常識的な疑問に私は顔を上げて、きっぱり断言しました。



「大丈夫です。二、三発殴れば正気に戻りますから」



 やはり心配をかけまくった坊ちゃまには鉄拳制裁が必要でしょう。



「そ、そうか…………君もエストランドの一員だったな……」



 そうして私がペコペコしていると、ガンツ様に気付いた坊ちゃまが、捕食していた冒険者さんを赤黒い触手で引っこ抜きました。



「こんにちは、ガンツさん! 森でおじさんを拾ったんですけど、もしかしてお知り合いでしたか?」



 完全武装を見て救出に向かうところだと思ったのか、坊ちゃまは気絶した冒険者さんをガンツ様の前へと差し出します。


 大人なガンツ様は、不気味で不躾な坊ちゃまの行動にも笑顔で答えて下さいました。



「お、おおっ! 確かにこやつは儂の顔見知りだ! 救出ありがとう、ノエル殿。このバカ者は儂のところで引き取ろう」



 そして軽々と冒険者さんを担いだガンツ様は、坊ちゃまへと丁寧にお礼を言ってから去って行きました。


 う~ん……流石はオジ様です。


 おそらく相手は赤の他人でしょうに、面倒な介抱を買って出てくれたガンツ様の後ろ姿に、私は再び頭を下げておきました。


 坊ちゃまにも、いずれはああいった大人の男性に育って欲しいものです。


 ガンツ様を見送って外面を剥ぎ取った私は、二、三発ぶん殴るために坊ちゃまへと近づきます。


 蜘蛛の首にアイリス様をぶら下げた坊ちゃまはワシャワシャ気持ち悪い動きで私のほうへと顔を向けて、元気に口を開きました。



「ただいま、リドリー。心配かけてごめんね」



 その言葉に私も我慢の限界を迎えて、アイリス様の反対側から坊ちゃまへと抱き着きます。



「ほんとですよっ! この3日間とっても心配したんですからっ!」


「そうよっ! ノエルは反省しなさいっ!」


「うん……二人とも本当にごめん……」



 まあ、ちゃんと『ごめんなさい』できましたから、殴るのは勘弁してあげましょう。


 そして珍しく本気で反省している坊ちゃまに、私は抱擁を解いて笑顔を向けました。



「それで? ちゃんと冒険の成果はあったのですか?」



 今の姿を見れば変な方向に成長していることはわかりますが、坊ちゃまのことですから見た目以上にヘンテコになっている可能性もあります。


 というかどんな奇跡が起こったら、たったの3日でここまで変わり果てるのでしょうか?


 探るように確認した私に、坊ちゃまは蜘蛛の身体のまま胸を張りました。



「もちろんだよ! この通り!」



 そして異形の姿を見せつける坊ちゃまの眼帯の下から、二つの目玉がモゾモゾ這い出してきて、私の前で地面へと落っこちます。



「――ぎゃっ!??」



 その猟奇的な光景に悲鳴を上げると、坊ちゃまは触手で眼帯をめくり上げ、その下にあるぽっかり空いた二つの眼窩を見せて微笑みました。



「ごめん、ごめん……森で面白い秘術を手に入れたんだけど、制御が難しくってさ」


「え、ええー……」



 私が恐る恐る落ちた目玉を拾い上げて坊ちゃまの眼窩に押し込むと、目玉は左右バラバラに回転を始めます。



「ありがとうリドリー……だけど僕もこの3日でずいぶん強そうになっただろう? これで君のお守りからも卒業だね……」



 なにやら寂しそうな顔をして坊ちゃまが言いますが……その間も目玉がクルクル回っていてとても気持ち悪いです。



 ダメだこの子……私が見張っていないと、どんどん人間離れしていく……。



 そして度重なる奇行に頭痛がしてきた私は、坊ちゃまに対する考えを改めました。



「……やっぱり坊ちゃまはひとり遊び禁止です」


「!? なんでさっ!?」







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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなん笑うわwww
[良い点] >君にポカポカされると血液アーマーの上からでも内臓に響くから…… 擬音それで合ってます?(恐怖)
[一言] エストランドの住人は、力や体力、知力や魔力の高い強人なのに対し、坊ちゃまは鍛えると魅了(目)や回復(呪い喰い)、アイデアチェックと別ベクトルでダメージを与える狂人になってく……。 男ハンタ…
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