第28話 5歳児VS魔女
SIDE:ノエル
母様のアドバイスどおり本能に従った私は、納屋の中に保管されていた大量の血液を纏ってみることにした。
私の意思に従って渦を巻く大量の血液。
出力を上げるために密集させたそれらを貼り付け、目の前に擬似的な筋肉を作成していく。
そして納屋の隅に転がる全身鎧を拾って血液の筋肉の上に着せてやると、即興で作ったパワーアーマーが完成した。
うむ、なかなかいい出来である。
筋肉質の身体を作るのは初めてだから歪な人形になってしまったが、初めてにしては上出来だろう。
納屋の中に生まれた2メートルを超える重装兵を見て、シャルさんが呆れた声で感想をくれる。
「……血液で戦士の身体を作ったのか? 主君は変なことを考えるのー」
「うん、僕ってば天才だからね!」
「フハハッ! そうかもしれんな!」
素直なシャルさんからの称賛がこそばゆい。
しかし本番はこれからだ。
私は血液アーマーにシャルを持たせると、自分もズブズブと赤黒い筋肉の中に潜ってみる。
夢に見た血液風呂を実現させた私は全身を包む濃密な血液の香りに満足した。
「は~……これだよ、これ……気持ちいい~」
血液越しでもシャルさんを副脳として使えるみたいだし、とりあえず実験は成功と言えるだろう。
あとはこれで戦えれば文句なしなのだが、血液アーマーの性能はどんなものだろうか?
「ちょっとジャンプしてみるね?」
「ん? うむ」
シャルさんに断りを入れてから血液アーマーを軽くジャンプさせてみると、血液の重装兵はそのまま納屋の屋根を突き破り、森の木々すら飛び越えて夜空へと身を躍らせた。
「っ!? 出力強すぎるって!?」
「うっひょおおおおおおおおーーーっ!!?」
いきなり飛んだ血液アーマーの腕の中でシャルさんが楽しそうな歓声を上げる。
崩れそうになる人形をどうにか維持して着地すると、魔女の号令で無数の魔法が飛んできた。
「わあああああああっ!??」
血液アーマーの表面で炸裂する爆炎に私の悲鳴が掻き消される。
まさかこんな凡ミスで戦闘終了かと、魔女たちがメアリーによって血祭りに上げられる光景が脳裏を過ぎったが、私の予想に反して魔法攻撃がやむことはなかった。
「……あれ? ダメージ受けてない?」
どうやら攻撃は全て血液アーマーの表面で止まっていて、内部にはまったく影響がないらしい。
総攻撃を受けてビビる私へとシャルさんが冷静に突っ込む。
「いや、主君の精神力なら当然の結果じゃろう」
「ああっ!」
私ってば炎上訓練で精神力を鍛えてたんだった!
どうやら魔法防御力が高い私には魔女たちの攻撃が効かないようだ。
アイリスの血を吸い始めたらすぐに日光を気持ちよく感じれるようになったから少し損した気分になっていたけれど、身体を燃やし続けたトレーニングはちゃんと役に立っているらしい。
「無駄な努力なんてないんだね……」
魔法が効かないとわかって冷静さを取り戻せたので、私は血液アーマーの腕を触手のように振り回し、飛んでくる魔法をシャルさんで狙ってみる。
魔法に剣を当てることはできなかったけれど、触手による遠心力が面白かったのか、シャルさんからは好評を得た。
「フハハハハッ! なんじゃこれ!? なんじゃこれぇっ!?? 主君は面白いこと考えるのぉ!」
戦士として褒められているというよりは、メリーゴーランドとして褒められている感じだが、シャルさんが不快じゃないならこのまま振り続けても大丈夫だろう。
そして最低限の動作確認を終えた私は、魔法がやんだところで前世の映画を思い出して、洞窟から脱出する大富豪みたいな声を出す。
「――こちらの番だ」
気分は完全に無双ゲーである。
相手の攻撃は効かないし、こちらが血液アーマーの触手を一振りすれば十数体の敵がまとめて吹き飛んでいった。
「主君! 主君!? 妾がまったく当たっておらんぞ! 剣を持っている意味がまったくないのじゃ!?」
アーマーの操作に慣れてなくてシャルさんから抗議がきたが、このスタイルで剣術を使うには研鑽が必要だと思う。
「大丈夫! シャルはそこにいるだけで恰好いいから!」
「!? 飾り扱い!?」
そのままグダグダな感じで半分くらいの敵を倒すと、魔物の後ろに退避していた魔女が動き出す。
「やってくれたねぇ……小僧ぉ! わしの目を奪った報いを受けるがいいっ!」
そう言って前に進み出た魔女の身体から無数の腕が生えてきて、魔女は気持ち悪い千手観音みたいなフォルムになった。
変身を終えた魔女は無数の腕で印を組み、顔に空いた二つの穴からドス黒い血液を流しながら叫ぶ。
「――きぇえええええええっ! 血怪秘術――【多眼血操】っ!」
魔女が発した裂帛の気合いに呼応して、転がる魔物の死体から目玉が飛び出してくる。
そして私の周りを囲んだ数百の目玉から千を超える魔法が放たれて、爆炎に包まれながら私は思った。
せっかく変身したのに……さっきまでとあんまり変わってなくない?
弾幕こそ厚くなったものの、魔女が放った魔法は全て血液アーマーの表面で弾かれている。
そのまま魔女による魔物を巻き添えにした絨毯爆撃を受けていると、次第にポトポトと宙に浮かぶ眼球が落ちていき……やがて息切れをした魔女が地面に膝をついた。
千手観音の腕も腐って地面に落ちる。
「ぜひゅーっ……ぜひゅーっ……なぜだっ!? なぜわしの魔法が効かないっ!??」
……どうやら私は精神力を鍛えすぎていたらしい。
けっきょく血液アーマーに傷ひとつ付けられずに終わった必殺技を哀れに思ったので、私は鎧の中から抜け出して魔女の前まで歩き、出会った時より一回り縮んだ老婆へと降伏勧告をする。
「そこまでですよ、おばあさん。もう人を食べないと誓うなら命までは取りませんから……どうか騎士団とかに自首してください」
私が捕まえて街まで連れていくのは面倒くさいので勘弁してください。
そんな人道的な対応をすると、汗だくの老婆は真っ黒な歯茎を剥き出しにして、私に怒鳴り散らした。
「まだだっ! まだ終わってはおらんっ! 我が最高の禁術を食らうがいいっ!」
いや、魔法攻撃は効かないと思うねん。
自分のMINDの高さに自信を付けた私が往生際の悪いお年寄りに呆れていると、魔女は全身から真っ黒い霧みたいなものを吹き出してきた。
「かああああああああっ! 禁忌――【神殺創呪】っ!!!」
魔女が放った黒い霧が私の身体に纏わりついて、嗅ぎ慣れた甘い香りが鼻をくすぐる。
「!? 避けろっ! 主君っ!?」
珍しくシャルさんが慌てた様子で声を上げたが、私はまったく黒い霧に脅威を感じなかった。
「ひはははははっ! その霧はわしの身体に封印しておる【創世神の血】から引き出した呪詛だっ! 大神が遺した最凶の神呪に魂を蝕まれるがいいっ!」
自慢の奥の手っぽい雰囲気に、私は心の中で謝罪した。
あ、はい……なんかすみません……。
その呪いも私には効かないんです……。
私は毎日アイリスにやっている感覚で、身体に纏わりつく黒い霧を吸引する。
シュルっとひと息で黒い霧は口の中へと吸い込まれ、舌の上にまったりとした甘さが広がった。
「……な、なにやっとんのじゃ…………!?」
シャルさんから呆れた気配が伝わってくるが、これはいつものことだから気にしないでほしい。
創世神の呪いは私にとって常備されてるオヤツみたいなものなのだ。
感覚で言うとチョコレートみたいな感じ。
軽食を終えた私を見て、魔女が黒い二つの穴を限界まで開いて震えだす。
「…………ば、バカなっ!?? わしの邪術が効かないなんてあり得んっ!? ……【神殺創呪】っ! 【神殺創呪】っ!」
続けて追加の呪いが提供されたので、私は嬉々として吸引した。
ちょっとした諍いはあったけれど……こうしてオヤツのおかわりをくれる魔女さんは、実はいい人なんじゃないだろうか?
ここ二日ほど味わえなかった甘味を口にしたことで、私がそんな錯覚を抱き始めたころ、なぜか魔女さんが胸を押さえて苦しみだした。
「……ぐっ!?? ぐぎゃああああああああっ!!?」
高齢なのに騒ぎ続けるから心不全でも起こしたのだろうか?
そんな風に私がオロオロしながら苦しむ老婆を心配していると、魔女さんの身体から黒い液体が吹き出して私へと殺到してくる。
「わっ!?」
甘い香りがするその液体を、私は反射的に吸引した。
口の中に広がる歯が溶けそうな甘みと、シュワシュワした独特の刺激。
「……ん? これってもしかして……コーラ!?」
異世界の魔女はコーラを出せるというのか!?
私は久しぶりに味わった前世の味に戦慄した。
「……だからなにをやっとるのじゃ…………!??」
人間の姿に戻ったシャルさんが駆け寄ってくるのと同時に、私の脳に膨大な知識が流れ込んでくる。
えーと……なんだこの知識は……【多眼血操】?
……ああ、魔女さんが持っていた血怪秘術が宿主を変えたのね。
確か血怪秘術は元の宿主が死ななければ移ることがなかったはずなので、私は恐る恐る地面に倒れる魔女さんの生死を確認する。
「うわぁ……」
身体を覆うローブをめくってその下を覗き見ると、そこにはブヨブヨした魔女さんの皮だけが残されていて……私はそっとローブを元に戻した。
「ど、どうしよう、シャル……なんか僕、魔女さんの中身を吸っちゃったみたいなんだけど……これって犯罪になるのかな?」
若くして前科持ちになるのではないかと狼狽える私の頭を、シャルさんは呆れた様子で撫でてくれる。
「いや……今のは魔女の中身ではなく【創世神の血潮】じゃ。おそらく自分が死んだ時に移行する血怪秘術と連動させて、相手を道連れにするように仕込んでいたのじゃろう……まあ、なぜか主君には無駄だったようじゃがな……」
なるほど……つまり、魔女さんの死因は私ではなく、私がコーラを吸った時にはすでに他界していたということか。
無実が証明された私は胸を撫で下ろし、昔のアイリスと似た姿をしたシャルさんに目をつける。
普段はアイリスから大量の呪いを吸わせてもらっているから、魔女さんが発した少量の呪いしか吸えなかった私は、まだまだ甘味に飢えていた。
「……ところで、シャルの呪いも吸っていい?」
「……主君はこの呪いをなんだと思っておるのじゃ?」
美味しいオヤツです。