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第3話  お外の景色が気になって





 吸血鬼に転生してから1カ月。


 命の危険と引き換えに『血液操作』という暇つぶしを獲得した私は、今日もビュンビュンとベビーベッドの周りに置かれた血液を操って遊んでいた。


 宙を飛び回る血液の球。


 自分の限界まで血液を飛ばし、疲れたら血を飲んで寝て休み、起きたら再び血液をビュンビュンして遊ぶ。


 それが現在のルーティーン。


 私ってばこういうハムスターみたいな行動が好きだから、これがいい暇つぶしになっていた。


 半月前に初めて体内の血液を操ってからというもの、毎日この遊びをしていたせいか、だいぶ血液さばきも上達してきている。


 最初は1つの血球を飛ばすのが精いっぱいだったのが今では同時に3つも操れているのだから、私は血液操作マスターとなる道を着実に歩んでいるのだろう。


 この能力が田舎でなんの役に立つのかは不明だが、少なくとも現状で害虫駆除には役立っている。


 部屋に出たゴキやムカデくらいなら血球で倒せるし、蚊やハエあたりは向こうから血液に近づいてきてくれるから、血液操作は害虫駆除と相性がいいようだ。


 田舎暮らしと言えば虫はつきものだからね。


 小さいうちから血液操作を極めて殺虫剤が無さそうな異世界でも、快適な生活ができるように頑張るのだ。




 血液操作が害虫駆除に使えると判明したこと以外の収穫は、私が生まれたこの家に関する情報が少しずつ集まってきたことだろう。


 まず家族構成だが、この家には両親と私と3人のメイドの合計6人が暮らしていた。


 父の名前はメルキオル・エストランド。


 母の名前はラウラ・エストランド。


 私の身の回りの世話をしてくれる茶髪のリスみたいな獣人メイドがリドリー。


 母に代わってときどき私に母乳をくれる赤毛の獣人メイドがマーサ。


 主に父の仕事を手伝う秘書みたいなメイドがセレス。


 ママンが初乳を与えるためなのか、マーサは最近まで私と関わらなかったし、セレスに関しては父に付きっきりで私とはほとんど接点がなかったため、1カ月経ってようやく彼女たちの名前を知ることができた。


 そしてもうひとつわかったのが私の名前。


 今世の私の名前はノエル・エストランドというらしい。


 ママンが私を抱っこして鏡の前を通ったときに自分の容姿を見ることもできたのだが、私の姿は黒髪に金と青のオッドアイを持つかわいい赤ちゃんだった。


 吸血鬼でオッドアイとか実に厨二である。


 将来は左手に包帯、右目に眼帯を装備して、風を感じるのもありかもしれない。


 我が名は黒天真眼、命脈の雫を統べる者なり……つってな!


 どうして『黒天』なのかと言えば、一度だけママンが夜に外へと連れていってくれたことがあって、その時に見た夜空に浮かぶ月の色が私の両目にそっくりだったからだ。


 黄金の月と蒼い月。

 この世界には二つの月があった。


 ……夜を統べる吸血鬼として、ノエルくんの容姿には素晴らしい可能性を感じてしまう。


 くっ……前世から持ち越した魂の火傷が疼くぜっ!


 まあ、人はそれを黒歴史というのだが、そんな記憶を持ちながらも厨二ムーブをしてみたくなるくらい、新しいこの身体は可能性に満ちていた。


 それともうひとつ、夜のお散歩をした時に気付いた素晴らしいニュースがあるのだが……なんと私が転生した土地は田舎だった!


 点在する木造の家と柵で囲まれた放牧地。

 柵の中では草食竜みたいな家畜が草を食んでいて、月明かりに照らし出された地平の果てまで続く大草原は今でも鮮明に覚えている。


 そう、私は異世界のド田舎に転生したのだ!


 早くも目標の最低条件を満たしたことに気分はウキウキである。


 宙を舞う血球もいつもより高速でビュンビュンしております。


 そうして調子に乗ってビュンビュンしていたせいか、3つある血球のひとつが私の操作から外れてしまった。



 あっ……やべっ……。



 ベシャッ、という残念な音とともに、私の胸に罪悪感が沸き起こる。


 あー、あー……カーテンにベットリ血がついちゃったよ……。


 こうして部屋の床や壁に血球をぶつけてしまうとリドリーちゃんの仕事が増えてしまうのだ。


 命の恩人でもある彼女の仕事を増やすのは忍びないし、なにより彼女にまた「坊ちゃまは手がかかりますねぇ……」と言われるのは天才児である私のプライドを傷つける。


 そんな優しさと矜持を同時に抱いた私は、証拠隠滅のためにカーテンに付いた血液を回収できないか頑張ってみることにした。


 もー、まったく。


 どこのバカだよ、こんなところに血液をぶちまけたのは!


 私ですよねわかります。


 自分の所業にセルフツッコミを入れながら、私は頑張ってカーテンの血液へと意識を注いでいく。


 壺の中に溜まった血液を操るのは簡単なのだが、こうして床や壁などに広がった血液を操るのはかなり難しい。


 たぶん木や布なんかとの接地面から液体である血液を引き剥がすためには、微細な血液操作技術が必要なのだろう。


 今のところそこまでの高等テクニックを有していない私は、あれこれと試行錯誤しながら部屋のカーテンと睨めっこし……そして遂にカーテンを動かすテクニックを修得した。


 違う! そうじゃない!


 私はカーテンを汚している血液を回収したいのであって、カーテンを動かしたいわけではないのだ。


 しかしそこで私の天才的な頭脳は閃いた。


 もしかしてこれ……上手くやればカーテンを開けられるんじゃね?


 そしたらもう一度見ることができるのだ。


 窓の外に広がる雄大な大自然の光景を!


 田舎暮らしに恋い焦がれる私はその欲求を抑えることができなくて、心の中でリドリーちゃんに謝りながら、次々と血球をカーテンにぶちまけていく。


 よぅし……これで準備完了である。


 両開きのカーテンはもう血まみれだ。


 これらを思いっきり左右に引っ張れば、私は憧れの大自然を眺めることができるだろう。


 理想郷を前にした私は精神を統一し、カーテンに染み込んだ血液の操作に全精力を注ぐ。


 今回も気合いを入れていこうじゃないか。



 シャーッ、オラーッ! 行くぞーっ!

 1、2、3……



「だあっ!」



 ――シュボッ!



 そして勢いよくカーテンを開けた途端、私の身体は太陽光に触れて燃え上がった。


 そうだね……私ってば吸血鬼だったね……。



「ほんぎゃああああああああああっ!?」



 もちろん全身炎上した私は赤子のように泣き叫ぶ。


 ……いや、赤ちゃんなんですけどね?


 普段の私はあんまり泣かないから号泣はレアなのだよ。


 意外と余裕がある私はどうにかカーテンを戻そうとするが、流石に痛みで血液操作に集中できなくて、上手くカーテンを操れない。


 おおう……やっちまったな……。


 まさかこんなケアレスミスで走馬灯を見ることになるとは……ダーウィンアワードもびっくりだろう。


 そうして私がメラメラ燃えながら、今世でのわずかな思い出をフラッシュバックさせはじめたころ。

 泣き声を聞きつけたのか、たまたま近くにいたらしいリドリーちゃんが、ベビールームの扉を開いて絶叫した。



「ぼ、坊ちゃまあああああああああああああっ!??」



 まあ、そうなるよね?


 誰でも赤ちゃんが全身炎上していたら絶叫するよ。


 即座にリドリーちゃんがカーテンを閉めてくれたことで私を燃やす炎は収まったが、黒焦げに焼けた私の身体からはプスプス煙が上がっている。


 すまない……リドリーちゃん。


 どうやら手遅れだったらしい……。


 そうして意識が遠のいていく中、私はリドリーちゃんが床に置かれた壺を持ち上げるのを見て困惑する。


 ……いや、待って?

 君はそれをどうするつもりなのかな!?



「せやああああああああああっ!!!」



 そして壺を大きく振りかぶったリドリーちゃんは、その中身をベビーベッドで煙を上げる私へとぶちまけた。


 すると黒焦げになった吸血鬼の肉体は、新鮮な血液を肌から直接取り込んで、メキメキと急速に再生していく。


 おっ……おおおおおおおっ!?


 そういえば吸血鬼って再生能力が高いんだった!


 今さらながら思い出した吸血鬼の能力に、私の心は驚愕と感動に包まれた。


 まだ終わってなかった!

 私の人生はこれからだっ!

 いや、人ではなく吸血鬼なんですけどっ!


 そうして一命を取り留めた私は、空になった壺を両手に肩で息をするリドリーちゃんに感謝する。


 ありがとう、我が専属メイド殿よ。


 君には二度も命を救われたから、私が偉大な吸血鬼となった暁には、絶大な謝礼を約束しよう。


 ……だから血塗れになった部屋のお掃除をよろしく頼むね?


 そんな謝罪の念をリドリーちゃんに飛ばすと、彼女はぐちゃぐちゃになった室内を見回して、ため息まじりに呟いた。



「……坊ちゃまは、本っ当に、手がかかりますねー…………」



 ……面目次第もありませぬ!





     ◆◆◆





 それからベビールームには遅れて家族がやってきて、血だらけになった室内を見て驚愕する面々に、リドリーちゃんはアワアワと状況を説明していた。


 普段からドジっ子の気があるのか、最初はリドリーちゃんが壺をひっくり返したのではないかと疑われていたが、私がリドリーちゃんを疑うメイドたちに癇癪を起こして血球をぶつけたことと、ママンが来て室内に残る人肉の焼ける匂いに気付いたことで、リドリーちゃんに掛けられた冤罪は回避された。


 流石はママン、犬っぽい獣人だけあって鼻がいいらしい。


 ……だけどなんで人肉の焼ける匂いなんて知っているの?


 さて、今回の件で私が猛省しなければならない点は山のようにあるのだが、しかしそれらを省みるより先に考えなければいけないことがある。



 それはズバリ――太陽光に触れない田舎暮らしは有りか無しか?



 ということである。


 まあ、そんなもの深く考えるまでもないよね?



 ――答えは『断じて無し』である!



 縁側での日向ぼっことか、大自然の中でのお散歩とか、田舎暮らしには太陽光が必要不可欠なのだっ!


 むしろ太陽光こそが田舎暮らしの本質と言っても過言ではない!


 だからこそ吸血鬼に生まれ変わった私は今、自分が大きな問題に直面したことを実感していた。



 ――吸血鬼の身体では太陽光に触れないっ!



 なんという運命の悪戯だろうか……せっかく田舎に転生することができたのに、このままだと私は田舎暮らしの醍醐味をまったく味わうことができないのだ。


 パパンみたいに全身を服で覆って過ごすとか、夜だけの外出を楽しむとか、いくつも代案が頭の中に浮かび上がるが、そんなものは理想の田舎暮らしとはほど遠い。



 ……ならば克服するしかあるまいて。



 前世で漫画やアニメを愛していた私は、吸血鬼には太陽光を克服した『デイ・ウォーカー』と呼ばれる存在がいることを知っているのだ。



 縁側で日向ぼっこするために、朝日の中をお散歩するために、大地を耕して新鮮なお芋を収穫するために……私はデイ・ウォーカーになってみせるっ!



 かつてこれほど地味な理由でデイ・ウォーカーを目指した吸血鬼が他にいるだろうか?



 しかし私の決意は本物である。


 理想の田舎暮らしを実現するために、私は太陽光を克服するのだ!


 そんな覚悟を決めた私はさっそく今後の修行内容を考えた。


 真っ先に思い浮かぶのは、地道な耐性訓練である。


 毎日少しずつ日の光を浴びることで耐性値を増やしていき、最終的には日光への完全耐性を得る……みたいな感じでどうにかならないだろうか?


 まあ、そんなことで日光を克服できるのかどうかは知らんけど、可能性はゼロじゃないと思う。


 理想の田舎暮らしを実現するためならば、私は全身炎上の痛みにも耐えてみせよう。


 そうして生後一か月からスーパーヴァンパイアとなるべく修行する覚悟を決めた私なのだが……そんな天才児はすぐに大きな問題にぶち当たった。


 先ほどまでは左右に開くことができた両開きのカーテン。


 しかしそれは赤子の悪戯を警戒して、中央でガッチガチに縫い付けられていた。


 ……仕事が早いぜリドリーちゃん。


 日光への耐性訓練を始めるためには、まずカーテンをどうにかするだけの血液操作能力を獲得する必要があるらしい。


 まあ、幸い時間は腐るほどあるからな。



 地道にコツコツ……やってやるぜ!




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[良い点] 今度は燃えてて笑った。テンポ良くて楽しいです
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