第25話 生首といっしょ
引き続きグロテスクなシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
「フハハハッ! 我が渾身の一発芸『生首のフリ』で尻もちをつくとはいい反応じゃ! 気に入った! 特別にお前さんの名前を覚えてやろう……だから妾の首を捨てようとするのはやめるのじゃ!」
しゃべる生首を生首の山に戻そうとする私に、生首さんは尊大に命令してきた。
「……いえ、初対面の人に名前を教えるなと父様から言われてますので」
特に怪しい生首に教えるのは絶対にダメだろう。
目を開いた生首さんは母様と同じ黄金の瞳を持った絶世の美女だったけれど、あまりにも美しすぎるせいで名前を教えただけで呪いとか掛けられそうな迫力があった。
そうして視線を逸らし続ける私へと生首さんは「はは~ん……」と目を細める。
「なんじゃお前さん……拗ねておるのか? このくらいでヘソを曲げるとは器の小さい男じゃのう!」
「…………」
たとえ真実だったとしても自分の器の小ささを認めたくない私は、生首さんの言葉をシカトした。
「ふむ……ちょいと死ぬほど驚かせてやろうと思ったくらいで、怒らせるつもりはなかったのじゃが……」
「……それは普通に怒るやつです」
どうやらこの生首さんは常軌を逸した性格をしているらしい。
完全にヘソを曲げた私がプイッとそっぽを向いて生首さんを床に置くと、苦笑した生首さんは私の気を引くために提案を出してくる。
「仕方ないのー……ならば詫びとして、妾がその檻を抜ける方法を教えてやろう」
「ほんとですかっ!?」
どうやって檻から抜け出そうかと考えていた私は、その提案にあっさり生首さんの株価を高騰させた。
いや、影の中に潜れば簡単に抜け出すことはできるんだけど……むしろ影の中のほうが魔女の家よりも怖いから行きたくないのだ。
「現金な童じゃなー……まあいいわい。そんじゃ、一度しか言わんから、よく聞けよー」
私は続く生首さんの言葉を傾聴した。
「まずは事前に必要な知識として、この檻の鍵はそれほど複雑な構造をしておらん。細長い形状の物があれば簡単に開けられるじゃろう」
「うんうん」
ピッキングの難易度は『素人』レベルってことね。
「つまり! お前さんがまずやるべき行動は、中指の肉を食い千切ることじゃ!」
「うん……?」
「なに、お前さんの指は細っこいから、二、三口も齧れば鍵穴に入るように成型できるじゃろう……あとはこう、コチョコチョっと上手いことやれば簡単に脱出できるわけじゃよ! まあ、少しだけ血は出るが、指一本で命を拾えるわけじゃな! 妾ってば天才!」
なるほど……この生首さんは頭がおかしいのか……。
子供に指を食い千切れとアドバイスするとかまともではない。
しかし彼女のおかげで檻から抜け出すヒントは得られた。
前世でオープンワールドゲームをやり過ぎたせいか、鍵を開けるにはロックピックが必要だと思い込んでいたのだが、ここは現実なのだから他の物でも開けられるのだ。
今さらそんな事実に気付いた私は、さっそく死体だらけの地下室にある血液を集めて、檻の鍵穴へと注ぎ込んで内部構造を探る。
するとものの数秒で優秀な頭脳が鍵の開け方を理解し、ガチャリと檻の扉が開いた。
「なんじゃお前さん、吸血鬼だったのか……【操血】が使えるなら最初からそうすればよかったのに……」
生温い視線を向けてくる生首さんに、あえて私は胸を張る。
「切り札は隠しておくものですから」
「! 確かにっ!」
これで納得してしまうあたり、生首さんは悪い生首ではないのだろう。
イタズラとアドバイスの趣味は悪いけれど、なんとなく嫌いになれない性格だった。
「生首さんはどうして生首になっているのですか?」
せっかくだからこの面白い存在と仲良くなろうと思って質問すると、生首さんは眉をひそめて「うむむ」と唸った。
「それがまったく覚えておらんのじゃ……目が覚めたらすでに生首の状態でのぅ……自分の名前も覚えておらんし……どうやら妾は『キオクソーシツ』というやつらしい……」
「……本当にぃ?」
記憶喪失とかありがちな設定に私がジト目を向けると、生首さんは眉を吊り上げて反論した。
「ぬ!? 疑うなら妾の頭の中を見てみるがいいっ! そこに証拠があるのじゃっ!」
怒った生首さんが「むん!」と気合いを入れると、生首さんの額に切れ目が入って、頭の上半分が髪の毛といっしょに床へと落ちる。
頭蓋骨の中身を物理的に見せられて、私は愕然とした。
「な? 頭の中が空っぽじゃろ? どうやら妾は脳ミソを落っことしたみたいなのじゃ!」
「ほ、本当だった!?」
ぽっかり開いた頭蓋骨の中には何も入っておらず、生首さんが超常的な存在だということがわかる。
……生首なうえに脳ミソまでないのにどうやって生きているの?
というかガチで頭の中を見せられるとは思わなかったよ……おかげで記憶喪失という言葉の信憑性は上がったけどさ……。
床に落ちた頭蓋を拾って頭に乗せてあげると、生首さんは元の生首へと戻った。
「まあ、そんなわけで妾は自分がこうなった経緯をまったく知らんのじゃ! 近くに身体がある気配はするのじゃが……世の中には不思議なことがあるものじゃのう!」
「あなたの存在が一番不思議だと思います」
私の指摘に生首さんは豪快に笑う。
「フハハッ! ミステリアスな女というやつじゃな! 首だけで男を魅了してしまうとは、魅力がありすぎるというのも困ったものじゃ!」
私は婚約者のアイリス一筋だから惚れているわけではないけれど、記憶喪失なうえに体まで失っている状況でも明るく元気な生首さんの性格は嫌いじゃない。
だから私は生首さんの頭を抱えたまま檻を出た。
「おや? 妾も連れて行ってくれるのかい?」
「ええ、ミステリアスな美人と仲良くなるチャンスですから」
紳士らしく女性を褒めると、生首さんはニヤリと笑う。
「ふむ……それなら妾の身体を探して欲しい。もしも見つけてくれたなら、お前さんに力を貸してやろう」
なんともロマン溢れる言葉に、私も思わず破顔した。
「それは素敵な提案ですね!」
そして魔女の家の冒険に、不思議な生首さんが加わった。
◆◆◆
生首さんの身体は地上にあるとのことで、檻を出た私はさっそく地上へと続く階段を昇る。
階段の上にあったドアをそっと開くと、虫が床を這う台所が目に入った。
そのまま不潔な生活空間に足を進めようとすると生首さんがストップをかけてくる。
「――待て」
「? どうしたんですか? なにか忘れ物でも?」
突然の静止に首を傾げる私に、生首さんは呆れた顔をした。
「……お前さんには警戒心というものがないのか? このまま出て行ったら魔女の『目』に見つかるじゃろうが」
「そう言えばそうでした……というか生首さんは魔女のことを知っているんですか?」
的確な助言に私が訊ねると、生首さんはきっぱりそれを否定した。
「いや、まったく知らん。だけど妾の【天命眼】は少し先の未来で起こることが見えるのじゃ。金眼は最強と謳われる魔眼のひとつじゃからな!」
自慢気に黄金の瞳をパチパチさせる生首さん。
「へー……金眼ってすごいんですね……」
もしかして私の金眼にもそういった特殊能力があるのだろうか?
また厨二力が上がってしまうぜ……と遠い目になっていると、生首さんは当たり前のように私の眼のことを指摘してくる。
「うむ、お前さんも同じ目を持っているのじゃから使い方を教えてやろう。二つも魔眼を持っているのに【眼術】のひとつも使えんようでは宝の持ち腐れじゃ」
いちおう変色の魔法で目の色は隠していたのだけれど……生首さんにはバレバレだったらしい。
「……お願いします」
私が素直に頷くと、生首さんは気前よく知識を教えてくれた。
「未来を意識して見るのは難しいから、最初は条件付けをして運命だけを見ると良い。今のような状況なら『魔女に捕まる運命を赤い光で見せろ』と金眼に念じてみるのじゃ」
言われたとおりに念じてみると、左目に映る光景に赤い光が追加される。
「おおっ!? すごいっ!」
台所をサーチライトのように照らす赤い光。
その根本では魔女の操る目玉が浮かんでいて、便利な魔眼の使い方に私は脱帽した。
「生首さんは博識なんですね!」
私の称賛に生首さんはドヤ顔になる。
「まあ、脳ミソを落っことしても目玉は残っておるからな! 魔眼の使い方は目玉が覚えておるのじゃ!」
目玉が覚えているとは聞き慣れない表現だが、生首さんが言うなら本当なのだろう。
そして私は赤いサーチライトを避けて生首さんが身体の気配がするという方向へと歩きながら、呑気に雑談を始める。
「蒼い眼の使い方とかもわかりますか?」
期待して右目の使い方も訊ねると、生首さんは言葉を濁らせた。
「いやー……そちらに関してはさっぱりじゃ……その目が【狂愛神】と同じ目であることは覚えておるのじゃが……」
「狂愛神?」
聞き慣れない単語を繰り返すと、生首さんは記憶を探るように眉間にシワを寄せる。
「ほれ、あいつじゃよ、あいつ……銀髪のイカレ女神がおったじゃろ……お前さんの右目と同じ蒼い眼をしてるやつ……」
「もしかして蒼月神のことですか?」
「! そいつじゃ!」
思い出したと笑顔になる生首さん。
蒼月神と顔見知りみたいな口ぶりだし、彼女は人と神が共生していた【神古紀】から生きる存在なのかもしれない。
言動が完全におばあちゃんだしね。
生首さんは女神様の名前までは思い出したものの、けっきょく蒼い魔眼のほうの使い方は思い出せないみたいだった。
「すまんのー……喉まで出かかっておるんじゃが…………あ、喉が無いから出てこないのか……」
「なるほど、それは道理ですね」
「そうじゃろ?」
あっはっはっ、と目を合わせて笑う私と生首さん。
それは端から見れば仲のいい祖母と孫に見えるかもしれない。
いちおう悪い魔女の屋敷から逃げようとしている危機的状況のはずなのだが、私たちにはまったく緊張感がなかった。
まあ、メアリーがたくさん魔女の目玉を食べてしまったせいか監視用の目玉も少ないみたいだし、前世のゲームでスニーキングミッションを経験したことのある私としては難易度がまったく足りていないのだから仕方がない。
ボスエリアでも所詮は初心者用ということだろう。
そうして雑談しながら歩くことしばし、私は生首さんの案内で魔女の家の裏庭へと出た。
裏庭には納屋が建っており、その中から身体の気配がするという。
ゴールが近づいた私は血液操作で手早く裏庭を巡回するゴブリンたちを始末して納屋の中へと入る。
その中には濃い血の匂いが漂っており、吸血鬼である私は食欲を刺激された。
きゅうぅ~、とお腹を鳴らす私に生首さんがジト目を向けてくる。
「……お前さんは本当に緊張感がないのー……普通の子供は死体が転がる納屋に入ったら泣いて失禁するものじゃぞ?」
生首さんが言う通り、そこには多くの死体が転がっていた。
隅には死体の持ち物らしき鎧や服なども山と積まれている。
他にも切り取られた手足が樽に詰められていたり、摘出された内臓が瓶詰めにされていたり、抜かれた血液が壺に満たされていたりと……それは実に見慣れた光景だった。
「うちでは畜産をやっていまして、こういう光景は見慣れているんです」
我が家の場合は人間まで解体したりしないし解体部屋は綺麗に整頓されているけれど、死体や血や内臓を見るのは日常の一部となっている。
「ああ、それでなー……って、納得できるかっ!」
ノリ突っ込みをする生首さんがちょっと面白い。
そうして漫才をしながら小屋の奥へと足を進めると、古い血の跡が残る作業台の上に生首さんの物らしき身体が見つかった。
顔と同じ呪いの跡もあるし、毛の色も同じ金髪だから間違いないだろう。
「……これですかね?」
私が訊ねると、生首さんは自分の身体を見て微妙な顔になった。
「……うむ、なにやら酷い扱いをされておるが……これが妾の身体で間違いないのじゃ……」
作業台に横たえられた生首さんの身体は、腹部をパックリ開かれて、空っぽのお腹が丸見えになっている。
「中身はそこらへんの瓶の中でしょうか?」
「……いや、ここには身体の気配しかないようじゃ」
どうやら中身がないのは元々らしい。
「……脳ミソだけでなく内臓も落としちゃったんですか?」
私の呆れた視線に生首さんは頬を赤く染めた。
「ほ、ほら……妾ってばドジっ子じゃから…………」
「流石にそれはドジっ子の域を超えていると思います」
リドリーちゃんでも内臓は落とさないよ?
とりあえず身体だけは無事に見つかったので、私は生首さんを首の上に戻してあげる。
切断面をくっつけると、すぐに傷が無くなって、元生首さんは自分の手で開いたお腹を元に戻すと作業台から起き上がって感嘆の声を上げた。
「お!? おお~っ! 身体に戻ったらいろいろと記憶が蘇ってきたのじゃ! 相変わらず脳ミソが無いから全ては思い出せんが、自分の名前くらいは思い出したぞ!」
「おめでとうございます」
と、冒険の道連れが記憶の一部を取り戻したところで、私は自分がまだ自己紹介をしていないことに気がついた。
出会った直後は相手が怪しい生首だったから警戒していたが、今ではすっかり打ち解けているし、名前くらいは教えてもいいだろう。
紳士である私はガラクタが転がる小屋の中から血まみれのマントを拾い上げて彼女に渡し、全裸の美女が身体を隠したことを確認してから、イザベラさんに教えてもらった貴族の礼をする。
「それでは改めまして、金月の雫のようなお嬢さん。僕の名前はノエル・エストランドと申します。どうか以後お見知りおきを」
金髪の女性を褒める定型文を言う私に、元生首さんは「フハハッ」と笑って機嫌良さそうに口を開く。
「うむ、小さき紳士ノエルよ。そなたの献身の褒美として、妾の真名を教えてやろう――」
そして金髪の美女は神秘的に光り輝くと、私の前で形を変えながら自己紹介をしてくれた。
「――我が名はシャルティア……【放浪剣・シャルティア】じゃ!」
光が収まると、そこには美しい黄金の装飾が施された『錆びた剣』が浮かんでいた。