第24話 5歳児とホラー
グロテスクなシーンがありますので苦手な方はご注意ください。
森の探索に夢中になること丸2日。
遠くに見えていた【竜巣山脈の尻尾】にだいぶ近づいてきたころ、私はようやく血液操作で敵を倒す効率のいい方法を発見した。
そこらへんで拾った石ころをいくつも周囲に浮かべて歩きながら、魔物が近づいてきたら石ころを発射して頭を破壊する。
見た目は完全にファン○ルだ。
死体の処理はメアリーがやってくれるし、この方法こそが血液操作で敵を倒す最高効率だと思う。
これなら内部から血液で爆発させるよりも簡単に魔物を排除できる。
コツは石ころにかかる運動エネルギーを上げるために血液操作のスピードを速くすることだ。
これまで血液を操る速度で困ったことがなかったから、最初はそのやり方を模索するのに苦労したが、試行錯誤の末に私は血液が密度を上げるほど高い力と速度を発揮できることを発見した。
血球が壊れないように凝集させる血液には魔力を込める必要があるけれど、この森の魔物を倒すだけならスズメの涙くらいの魔力で十分だから効率はいい。
そうして私が森の魔物を倒すのに必要な最低限の魔力量を検証していると、いつの間にか日が暮れて夜が近づいていた。
「もうこんな時間か……そろそろ夜営の準備をしないと」
森の中だと時間がわかりにくくていけない。
吸血鬼のクセに昼型の生活を心がけている私は、さっそくメアリーに薪を出してもらって焚き火の用意をした。
周囲に浮かべていた石ころから握りこぶしよりも二回りくらい大きい物を選んで円形に並べ、その中によく乾いた薪を組んでいく。
魔力で無理矢理に着火すれば湿っている薪でも燃えるけれど、湿った薪は煙がたくさん出るので乾いた薪がベストである。
父様から教わった錬金術の技を用いて魔力を火種へと変えれば、あっという間に薪に火が付いた。
最低限の夜営の準備が整ったところで、私は万能すぎる眷属へと指示を出す。
「メアリー、キャンプセット」
ぷるっ、と指示を受けたメアリーは、たちまち体の一部を椅子とテントとハンモックに変えて、私の周囲へと配置してくれた。
うちの子が便利すぎてヤバい……。
もはや私はメアリーがいないと生きていけない身体になってしまったかもしれない。
「今日の晩御飯は鹿肉にしよう」
椅子に座り、適当な木の枝をナイフで削って串を作り、メアリーに保管しておいてもらった肉を串焼きにする。
流石に調味料が無いと味気ないので、メアリーに家から持ってきてもらった塩を振りかけて、私はミディアムレアで焼いた鹿肉にかぶりついた。
じゅわっ、と口の中に溢れる肉汁に舌鼓を打ちながら、ときどきメアリーにも調理した鹿肉をお裾分けする。
この子は生肉も好きだけど、調理されたお肉も好きなのだ。
デザートに森で拾った紫色の果実を食べたら果汁が飛んで服が汚れたけれど、ここ二日で野生児として覚醒した私は気にしなかった。
そうして食事を終えるころには完全に日が暮れて森の中は深い闇に包まれる。
心地良い満腹感に浸って焚き火の炎を見つめる時間が最高に贅沢だ。
ときどき光に吸い寄せられて虫とか目玉みたいな魔物とかが集まってくるけれど、バーベキューで食欲を刺激されたメアリーに素早く捕食されている。
冒険というか普通のレジャーキャンプみたいになっているけれど、異世界の自然を思いっきり堪能できて私は大満足だった。
「――ん?」
そんな風に私が前世でやりたかったことを実現していると、珍しくメアリーに肩を叩かれる。
「どうしたの、メアリー」
肩を叩かれた方向へと振り返ると、メアリーは触手の先端に赤い手を作って森のある部分を指さした。
そこには真っ暗な木々の梢の先に微かな光が揺れていて……目を凝らして吸血鬼の暗視能力を強化すれば、森の中に建物があるのが見える。
「……民家かな?」
こんな僻地に住んでいるとは……どんな物好きだろう?
微かな光はその家の窓から洩れる明かりだった。
なんとなく自分と同じ気配を感じた私は椅子から立ち上がって森の民家を訊ねてみることにする。
まだ日が暮れたばかりだし、今日はこのあたりをキャンプ地とする予定だから、警戒させないためにも挨拶くらいはしておいたほうがいいだろう。
火事にならないように焚き火を消して、周囲に浮かべていた石ころといっしょに炭や薪を影の中へと放り込む。
そしてどこからどう見ても眼帯を巻いた普通の子供にしか見えなくなった私は、扉をノックする前に芝居をしたほうがいいかもしれないと考えた。
……考えてみたら夜中に笑顔で子供が訪ねてくるとかホラーだよね?
ここはひとつ、あたかも遭難して怯える子供のフリをして家に入れてもらい、ここの住人と落ち着いて話ができる関係性を築くことを優先したほうがいいかもしれない。
まずは門戸を開いてもらって仲良くなってから、ただのキャンパーであることをネタばらしすればいいだろう。
そんな狡い考えを巡らせた私は髪の毛をグシャグシャと搔き乱して眼帯を外し、父様から緊急時用にと習った【変色】の魔法を両目に掛けて、瞳の色を黒くする。
完璧だ。
サバイバル生活のおかげで服と身体はもともといい感じに汚れているし、これで私は森で遭難しちゃった子供に見えるはず!
そして吸血鬼として生まれたことで普段から息をしてない私は、意識して荒く呼吸をするフリをしてから、悲痛に聞こえる声音を発しながらドアを叩いた。
「すっ、すみませーんっ! 助けてくださーいっ!」
ドン、ドン、と遠慮なくノックすると、しばらくしてから扉が内側から開かれる。
「す、すみません……僕、森で道に迷っちゃって――」
と、そこまで言ったところで、私の発言は扉の奥から伸びてきたシワ枯れた手によって強制的に止められた。
「――ぐぇっ!?」
勢いよく扉を開いて襲いかかってきた眼球の無い老婆は、高齢者の細腕とは思えない怪力で私の喉を締め付けてくる。
そして初対面の子供に首絞めを決めた老婆は、顔にぽっかり開いた内側から羽虫が湧き出す二つの穴を私に近づけて怒号を発した。
「――わしの眼を食ったのは貴様かぁあああああああああああっ!!?」
…………ホラー映画かな?
◆◆◆
森には子供を食らう悪い魔女が住んでいる。
それは森の近くで生きる者たちが子供を守るための作り話だと思っていた。
しかし異世界の森にはガチで悪い魔女が住んでいたらしく、そんな魔女の家にノコノコ顔を出してしまった私は、首の骨を圧し折られて無力化されていた。
「こいつは地下に放り込んでおけ! あとで拷問して情報を吐かせる!」
魔女の指示でゾロゾロと屋内から出てきたゴブリンやオークが、脊髄を折られて動けなくなった私の身体を持ち上げる。
プラーンと人形のように抱えられた私に魔女は顔を近づけてきて、真っ黒い歯茎を見せて笑った。
「ひひっ、わしを敵に回したことを後悔することだねぇ……お前は生きたまま食ってやるよぉ!」
うむ、どこからどう見ても悪い魔女である。
ぽっかり空いた眼窩からはドス黒い液体が流れ、皺だらけの皮膚の上にはムカデやゴキなどの害虫が這い回っている。
さらに魔女の周りにはいくつもの眼球が浮いていて……視神経みたいなものが触手のように蠢く怪しい眼球が周囲をしきりに警戒していた。
まあ、影の世界で見たクジラの怪物よりは怖くないから私は平気だけど……普通の子供がこんな魔女と出会ったら発狂するんじゃないかな?
「……や、やめてよ……僕はただ森で迷っただけなんだ……」
ロールプレイの止め時がわからなくて弱々しい声を出す私へと魔女が狂笑を浮かべる。
「それなら自分の不運を呪うことだね……いずれにしろ楽には死ねないよぉ?」
影の中からメアリーが『処す?』という思念を送ってきたが、私は暴れようとする眷属に慌てて思念を送って抑えた。
もしかしたら力加減をちょっと間違えて私の首をゴキッとしちゃっただけで、億が一くらいの可能性で見た目と性格が悪いだけのおばあさんな可能性もあるし……人を殺すモンスターだとわかるまでは反撃は控えたほうがいいだろう。
それに今回の冒険ではなるべくメアリーの手を借りないで戦闘するって決めてるしね。
「……い、いやだぁ……誰か助けてぇ……っ!?」
「ひっひっひ……助けなんてこないよぉ……」
そうして見た目が極悪に見えるおばあさんとハートフルなやり取りをしている間にも、私の身体は魔物たちに運ばれて地下室へと到着する。
どうやらそこは食料庫になっているのか、防腐や虫よけの魔法陣が刻まれており、虫だらけの地上部とは違って独特の清潔感があった。
天井から皮を剥がれた二足歩行生物の首なし死体がぶら下がっていたり、隅っこには切り取られた生首がゴロゴロ転がったりしているが、腐ってはいないから清潔である。
いちおう私ってば吸血鬼だからね……こういうのを見ても食料としか思えないのだ。
まあ、私は人間の死体なんて気持ち悪いから食べないけれど。
そうしておばあさんが悪い魔女だったことを確信して遠い目になった私を、魔物たちは地下室に設置された鉄の檻へと放り込み、鍵を閉めて地上へと戻っていく。
「……や、やめて……殺さないで…………」
必死で命乞いをするフリをする私に魔女は口を三日月のような形にして、優しく声をかけてきた。
「ひひっ……安心しなぁ……すぐに殺してくれって言うようになるからねぇ……」
「う、うわああああああああああああっ――」
発狂した感じで泣き崩れる私に魔女は笑い声を高めて地下室の階段を上がっていく。
「ひ~ひっひっひ! さあ、お前たち! こいつを寄こしたやつらを探すんだよ! グルの実なんて古い手を使いやがって……わしを舐めたやつらを八つ裂きにしてやるんだ! いくつも目玉を潰された代償を払ってもらわないとねぇ!」
そんな魔女の発言を聞いて、私は父様から教わった知識を思い出した。
ああ……さっき食べた紫色の果実の名前は【グルの実】か……珍しい果実だからド忘れしていたよ。
確か遅効性の猛毒がある美味しい果実で、状態異常が効かない吸血鬼はともかく、普通の人が口にすると酷いことになるから気をつけるようにと教わったことがある。
冒険者の中にはこの実の果汁を肉とかに付けて魔物狩りに使う人もいるらしいから、私はそういうエサと勘違いされたのだろう。
子供を生き餌にするとは酷い冒険者である。
服に付いた紫の果汁を見下ろして納得した私は、魔女の足音が遠ざかっていくのを確認してから折れた首の骨を再生させる。
赤ん坊のころから再生能力のお世話になってきたことで、この程度の外傷なら自由にオンオフできるようになっていた。
「いたた……酷いことするなぁ……」
冷たい地下室の床から起き上がり、首をコキコキ鳴らして骨の位置を整えてから、哀れな子供のロールプレイを終了する。
「……ところでメアリー、魔女が操る目玉を食べた?」
焚き火をしている時にそれらしき物をメアリーが捕食しているのを見た気がするので訊ねると、影の中からテヘペロする感情が伝わってきた。
「もー……気をつけないとダメだよ? まあ、今回は相手が悪い魔女だったからいいけれど……」
ぷる、ぷる……。
素直に反省する眷属を許してから影の中に手を突っ込んで撫で撫でする。
「だけどバレなかったのは偉いね! 人様の目玉を食べる時は、絶対にバレないようにするんだよ? バレなければ犯罪じゃないから!」
ぷるっ!
ペットの教育は主人の義務だからね。
こういう機会に他人との付き合い方を学ばせておくのだ。
こんな機会が他にもあるのかは知らんけど……。
そして眷属への教育を終えたところで、私は改めて魔女の家の地下室を見渡してみる。
20を超える精肉された身体と、床に転がる生首の山。
前にいた人が残したものなのか、微かに糞尿の匂いが漂っている。
ちょうど檻の中から手が届く位置に綺麗な金髪の生首が転がっていたので、私は興味本位に手を伸ばし、その顔を覗き込んで嘆息した。
「……綺麗な人……こんな人の首をチョンパするなんてもったいない……」
その生首は本当に綺麗だった。
これまで見てきた中でも一、二を争う整った顔立ちに、闇の中で薄っすらと輝く黄金の髪。
この人も創世神の呪いを受けていたのか、顔のところどころが昔のアイリスと同じように腐っているけれど、元の顔の美しさは絶世の美女といったレベルである。
きっと生前はモテモテだったことだろう。
ひとつの美しい遺伝子を人類が喪失したことに嘆く私へと、生首がパチリと目を開いてしゃべりだす。
「ほう! 妾の腐れ顔を褒めるとは、なかなか見どころのある童ではないか!」
「ふぁっ!?」
手にした生首から唐突に話しかけられたことで、びっくり系が苦手な私は驚愕して尻もちをついた。
………………ホラー映画だね?
2024.06.27 ノエルの発言の一部を変更しました。
元の台詞の問題点をご指摘いただき再考してみたのですが、より面白い台詞を思いついたので変更しました。
変更前「だけどバレなかったのは偉いね! 人様の物を盗る時は、絶対にバレないようにするんだよ? バレなければ犯罪じゃないから!」
↓
変更後「だけどバレなかったのは偉いね! 人様の目玉を食べる時は、絶対にバレないようにするんだよ? バレなければ犯罪じゃないから!」
……メアリーちゃんの脅威度が上昇しました。