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第23話  5歳児とサバイバル





 森の中には冷たい空気が流れていた。


 家の近くにあるこの森は木々の葉っぱが黒いせいで日光がより多く遮断されていて、外界よりも2、3度低い気温が吸血鬼の身体に心地良い。


 吸血鬼はもともと闇に生きる種族だからね。


 私は日光浴が大好きだけれど、基本的には闇の中にいたほうが調子が良いのだ。


 特にこの森には【竜巣山脈の尻尾】から流れてくる魔力が充満しているからか、私の身体は絶好調である。



「すーはー……空気が美味しいや! これが森林浴ってやつ?」



 そんな感じで大自然を満喫しながら私はルンルン気分で森の中を進んで行く。


 今回の冒険には特に目的地なんてないけれど、当てもなく彷徨うというのも退屈なので、とりあえず【竜巣山脈の尻尾】を目指してみることにした。


 エキナセア大草原の北側に位置する【竜巣山脈】は、元は大陸よりも全長が大きい巨大なドラゴンだったとかで、その骸は中央大陸に横たわって大陸を二つに分けているらしい。


 竜巣山脈の北側には大陸の1/3を占める極寒の土地があり、南側には残り2/3を占める肥沃な土地がある。


 私が暮らしているエストランド領は肥沃な南側の土地にあり、大陸の西海岸を半分くらい埋め尽くす形で置かれた巨大竜の尻尾の先端あたりに位置していた。


 我が家からでも竜の尻尾はよく見えたし、森の中で道を見失ったとしても木の上まで飛行すれば方向を確かめられるから、山脈を目印にするのは賢い考えだろう。


 仮に迷ったとしても血液操作で体内の血を操って飛んで帰ればいいわけだし、安全マージンは十分に確保してあるのだ。


 行き先と最低限の安全策を考えたあとは、今回の冒険の目標を定めてみる。


 大目標は血液操作での戦闘方法を確立することだけれど、せっかくナイフ一本だけ持って森に入ったのだから、サバイバル的な遊びもしてみたい。


 だから今回の冒険の目標のひとつは『この森で快適に生きる方法を見つける』ことにしよう。


 かつてセレスさんから借りて読んだ吸血鬼の特性が書かれた本によれば、吸血鬼には毒などの肉体的な状態異常が効かないらしいし、火種を作ったり水を出したりする生活魔法が使える私にとってサバイバルの難易度は高くないのだ。


 なんなら父様から教わった薬学と錬金術で薬を作ることもできるから、豊富に薬の材料がある森でのサバイバルの難易度は間違いなくイージーモードだろう。



「ふん♪ ふん♪ ふ~ん♪」



 そんなわけで余裕たっぷりの私は木の棒を振り回しながら鼻歌まじりで森の中を歩いていく。


 ときどき焚き火用の薪や使えそうな薬の材料を採集しては、影の中のメアリーに預かってもらい、私の冒険はとても順調に進んでいった。


 え? メアリーに物を預かってもらうのはいいのかって?


 私の冒険は楽しさ優先だからいいんだよ。


 ガチガチの縛りプレイを現実でやるのは、ただのドMだと思う。


 そうしてアイテムを集めながら、どんどん森の奥に進んで行くと、私はようやく魔物とエンカウントした。


 木々の向こうから姿を現したのは緑色の肌を持つ醜悪な見た目のモンスター。


 尖った耳と鷲鼻に、小枝のような手足。


 首には骨や金属製品をくっつけた装飾品を巻き付け、手には粗末な棍棒を持ったその姿は、どこからどう見ても【子鬼族(ゴブリン)】だった。


 うちの領にもよく現れては村人たちに瞬殺されてるのを見たことがあるから間違いない。



「グギャッ!? グギャギャッ! ギャッ!」



 この世界の住人からゴキブリの如く嫌われる雑魚モンスターの代表格は、私の姿を見つけると嬉しそうに奇声を上げて襲いかかってきた。


 ゴブリンの大好物は子供だからね。


 5歳児が出会ったら襲われて当然なのだ。


 棍棒を振り上げてこちらへと走ってくるゴブリンに、私は冷静に血液操作を使用する。



「――グギャ?!」



 ろくに【体内魔力(オド)】を扱うこともできない『ゴブリンの血液』は、簡単に操ることができた。


 身体の内側を流れる全ての血液を掌握されて、哀れなゴブリンは指一本すら動かせなくなる。


 体内魔力をきっちり管理して他の人から操られないようにするのは、この世界の住人にとって呼吸をするのに等しいくらいの常識である。


 それなりの魔法使いなら人様の体内魔力を操って内側から爆発させるくらいのことは簡単にできてしまうからね。


 体内魔力の操作を少しでも乱すと体調不良を疑われるくらいだ。


 昔はよくリドリーちゃんが勉強疲れのせいか体内魔力の管理をミスってマーサさんから心配されていたっけ……。


 そんな懐かしい思い出に浸りながら、私はオドの管理すらできない雑魚を迅速に始末する。


 体内にある全ての血液を外側へと向けて操作してやれば、緑の子鬼は内側から爆発して汚い血花を咲かせた。



「血液ゲットだぜ!」



 え? 慈悲の心はないのかって?


 いやいやいや、この世界では『ゴブ・即・殺』が基本だから。


 というか現代日本の倫理観で生きていたら、こっちの世界ではすぐに死んでしまうよ。


 今でも日本で教わった倫理観は尊いと思っているけれど、何事にもTPOってやつがあるだろう?


 自分を殺しにくるやつは容赦なく始末する。


 それがこちらの世界におけるジャスティスである。


 マーサさんみたいに親しい人を殴るのは躊躇してしまうけれど、敵には容赦なく死をプレゼントできるのが私という吸血鬼なのだ。



「しかしゴブリン相手じゃ訓練にならないな……」



 あまりにも手応えがないモンスターに眉を顰める。


 まあ、最終的にはワイバーンを倒せるのが当たり前になる私たち田舎者には、ゴブリンなんてゴキと同等のスリッパでペチっとできる程度の魔物だから手応えがなくて当たり前なんだけど……これでは普段やっている血液操作の練習とあまり変わらなかった。



「少しは工夫してみるか」



 今回のメインは血液操作を使った戦闘方法の確立なので、試しにゴブリンが落とした粗末な棍棒を血液で作った手に持たせてみる。


 ブンブン振り回してみると、それなりに威力はありそうだし、これならゴブリンの頭をカチ割るくらいはできるだろう。


 まあ、内側から爆発させたほうが血液の回収もできて早そうだけど、何事にも検証は必要である。


 そうしてゴブリンの血液と換金できそうな装飾品を回収し、散らばった肉片をメアリーに食べさせてから、私は森の探索を再開した。


 森の中の地面はデコボコしていて歩きにくいので、ゴブリンの血液に乗って移動する。


 空中に浮いていると素材の回収に降りるのがめんどくさいので、そこらへんはメアリーに採集方法を教えてやってもらうことにした。


 選定して指示を出すだけで素材が回収されていくのは、オープンワールドゲームみたいでちょっと面白い。



「魔物~、出てこい魔物~」



 素材や獲物を探しながら森の中を彷徨っていれば、私が操る血の匂いに惹かれて次々と魔物が集まってくる。


 ゴブリンにウルフ、コボルトにオーク。


 本にもよく登場するメジャーな魔物とひと通り戦った私は、どうして母様があっさり冒険に送り出してくれたのかを理解した。



「なるほど……ここは初心者用の森なのか……」



 出てくる魔物はみんな体内魔力を操れない個体ばかりなので、内側から血液で爆発させて終了である。


 いちおう私は前世の記憶を持って生まれたことを活かして血液操作をゴリゴリに鍛えてあるから、初心者用の森くらいなら簡単に探索することができた。


 転生リード万歳である。


 しかしこのままでは血液操作で戦う練習にならないので、ここから先は血液爆発を封印して他の方法で戦ってみる。


 ちょうど茂みを掻き分けて【豚鬼族(オーク)】が襲いかかってきたので、私は道中で手に入れた三本の棍棒を血液で操って遠隔攻撃を繰り出した。



「食らえ! 棍棒乱舞!」



 三本の棍棒が次々とオークの頭に飛来し、鋭い牙が生えた豚の顔をタコ殴りにする。



「ぶ、ブキィイイイイイイイイッ!!?」



 あー……うん。



「ダメだこれ……」



 血液操作で操る棍棒はオークを出血させるくらいの威力はあるんだけど……中途半端な威力のせいで獲物がとても苦しそうだった。



「ぶ……ぶきぃ…………」



 こちらに手を伸ばして殺してくれと懇願するオークさんに合掌して、苦しまないように内側から爆発させてあげる。



「……ごめんなさい」



 本当にすまない……君の肉は昼食にして私の血肉に変えるから、どうか安らかに眠ってほしい……。


 うちの家は畜産農家だから、獲物が苦しんで死んでいくのはNGなのだ。


 たとえ相手が魔物だろうとも嬲るような殺し方はよろしくない。


 ゴブリンの棍棒では威力不足だと判断した私は空中に浮かべていたそれを捨てて、代わりにサッカーボールくらいの大きさがある石を持ち上げる。


 試しにそれを近くの木の幹に叩きつけてみると、私の胴体よりも太い木はメキメキと激しい音を立ててへし折れた。


 うむ、やはり質量こそパワーだな。


 その威力にひとまず納得した私は、へし折ってしまった木をメアリーに与えて自然破壊の証拠を隠滅する。


 そうして足元の影から伸びる触手にモリモリと樹木を食べさせていると、騒音に呼ばれたのか森の奥からノシノシ巨大なクマが歩いてきた。


 額には真っ赤な角が生え、四本の腕を生やしたクマの姿を目にして、私はゴクリとツバを飲み込んだ。



「このクマ……美味しいやつだ!」



 前に母様が狩ってくれたのを食べたことがあるけれど、ワイバーンの肉よりも美味しかった。


 王都の貴族にも出荷している【重肉竜】の肉には流石に劣るけれど、我が家で食べるお肉の中でも上位に分類される高級肉である。


 巨大な身体や鋭い爪なんてものはどうでもいい。


 いや、巨大な身体はお肉がたくさん採れるからありがたいけれど、体内魔力を管理できてない時点でクマの脅威度はゴブリンと同じレベルなのだ。


 美味しい肉を逃さないようにさっさと血液を掌握して捕縛し、そのまま血抜きして良質な肉を丸ごとゲットする。


 今夜の夕食は熊肉にしよう。


 しかし全長7メートルくらいある熊肉は多すぎるので、メアリーに手伝ってもらって解体することにした。


 これでも畜産農家の子供だから、解体のやり方は母様から教わっているのだ。


 そうしてナイフが通らないクマの毛皮に悪戦苦闘することしばし。


 メアリーに堅い部分を食べてもらいながら作業することで、どうにか熊肉を食べられる状態にして、ナイフで夕食に食べる分だけを切り取る。


 このクマはロース肉が美味しかったはずなので、4つある肩から背にかけての部分から、私は特に美味しそうな箇所を選んだ。


 少しよくばって1キロくらい取ってしまったけれど……こんなに食べ切れるだろうか?


 まあ、残しそうになったら食いしん坊の眷属に手伝ってもらえばいいので、私は確保した肉をメアリーに預けて、残りの4トントラックくらいありそうな肉は家まで届けてもらうことにする。


 熊肉は母様の好物だから、きっと喜んでくれるだろう。



「母様によろしくね、メアリー」


 ぷるっ! ぷるっ!



 影の中へと声を掛ければ、頼もしい眷属は膨れ上がった巨体の一部を切り離して家の方へと熊肉を輸送してくれた。


 影の中は空気がなく、微生物も存在していないため、道中で肉が痛むこともないだろう。


 メアリーにはつまみ食いの許可を出してあるため腕の一本ぐらいはなくなるかもしれないけれど、それくらいは輸送料金である。



「あんまりたくさん摘み食いしちゃダメだよ? 料理したお肉の取り分を減らされちゃうからね?」


 ぷるっ! ぷるっ!



 念のため食べすぎないように注意すると、よほど熊肉が美味しいのか足元のメアリーからゴキゲンな感情が伝わってきた。


 初めての冒険で狩った獲物を家族に贈ることができて私も大満足である。


 そして私は初心者用の森の冒険を、心ゆくまで楽しんだ。





     ◆◆◆





 SIDE:リドリー



 メアリーちゃんが運んできたお肉を受け取って、ラウラ様はとても嬉しそうに解体作業を開始しました。


 ノエル坊ちゃまをひとりで『あの森』に行かせたと聞いた時はラウラ様の正気を疑いましたが、どうやら坊ちゃまは元気でやっているみたいです。


 ……いや、少し元気すぎるんじゃないですかね?


 私はメアリーちゃんが吊るしたお肉を嬉々として切り取っていくラウラ様に、恐る恐る確認しました。



「……それって【暴虐悪王熊(デモンズベア)】のお肉ですよね?」


「ああ、なかなか良い型だ。あいつを冒険に出したのは正解だったな!」



 好物のお肉が送られてきてラウラ様はウキウキです。


 しかし私の知識が確かならば、デモンズベアは小さな街をも滅ぼす危険がある災害指定モンスターだったはずでして……凄腕の冒険者でも尻尾を巻いて逃げ出す強大な魔物を倒して送ってきた坊ちゃまに私は首を傾げました。


 ……たしか坊ちゃまはワイバーンより強くなりたいとか言っていたはずなのですが……なんで普通にワイバーンの数倍も強い魔物を倒しているのですか?



「坊ちゃまはこれをどうやって狩ったのでしょう? メアリーちゃんは手伝いました?」



 ぷるぷると触手を横に振って否定するメアリーちゃん。


 やはり坊ちゃまはひとりでこの怪物を狩ったのですか……。


 もしかしたら私が知らないうちに、坊ちゃまは危ない魔法とかを覚えていたのかもしれません。


 要注意です。



「……セレスさんに禁術でも教わったのでしょうか?」



 いつの間にそんな悪さをしたのかと警戒する私に、しかしラウラ様はあっさり坊ちゃまがデモンズベアを倒した方法を教えてくださいました。



「いや、ノエルがこいつを倒すのに禁術なんて大層なものは必要ないぞ? あいつの血液操作はメルよりも強力だから、体内魔力を操ることができない生物は血液を支配するだけで仕留めることができるだろう」


「……それが本当なら世の中のほとんどの生物は坊ちゃまの相手になりませんね」



 体内魔力の【完全統制法】なんて私もこの領に来て初めて教えられた技術です。


 知性の乏しい魔物は体内魔力の管理なんて考えないでしょうし、普通の人はそんなもの知覚することすらなく生きているのですから、大半の生物は坊ちゃまの前に無力ということになります。



「そうか? 体内魔力を支配してるやつなんてザラにいるぞ?」



 ラウラ様によれば一流の冒険者ならだいたい完璧に操れるそうですが、この御方が言う一流というのは歴史に名を残すレベルの英雄のことを指しているので当てにしてはいけません。


 お仕えする主人が非常識の塊であることを再認識した私は、うちの領に来る高位冒険者からも恐れられる人外魔境――【刻死樹海】を冒険する坊ちゃまのことを思い、遠い目をして呟きました。



「坊ちゃまも、ちゃんと人外だったんですねぇ……」




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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、その辺の植物を眷族かして、根っこのネットワークで森を支配して、さらには水の流れにメアリーちゃん混ぜ合わせて、国を支配?
[良い点] 世界()の常識や畜産農家的NG、初心者用の森とかいつも以上にツッコミどころがあるところ [気になる点] >この世界の住人にとって呼吸をするのに等しいくらいの常識である この世界じゃなくてこ…
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