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第22話  近所の森の冒険





 メアリーにピッタリな住処を見つけた翌日。


 ペットの管理体制を整えた私は、引き続き自分の戦闘能力の低さに頭を悩ませていた。


 頼れる眷属ができたのはいいものの、相変わらず私自身は弱いままである。


 メアリーには影の中を守るという大事な役目もあるし、眷属は強いけど本体が弱い吸血鬼というのも格好悪いので、やはりワイバーンを倒せるくらいの戦闘能力は確保しておきたかった。



「そんなわけで強くなりたいのですが……どうしたら強くなれますか?」


「そう言われましてもぉ……」



 母様と父様に相談を終えた私が次に頼ったのは、朝の洗濯をしていた乳母のマーサさんである。


 なんでもマーサさんは元ヤンらしく、喧嘩がメチャ強いという噂をリドリーちゃんから聞いていた。



「例えば僕もリドリーみたいに格闘技を覚えれば強くなれませんかね?」



 期待を込めた瞳で私が訊ねると、マーサさんは少し困った顔をしたあと洗濯物を置いて、私の前で仁王立ちをする。



「それでは坊ちゃまぁ、私のお腹を全力で殴ってみてください……才能があるか確かめますのでぇ」



 なんともヤンキーっぽいイベントに私は狼狽えた。



「……痛いかもしれないけど大丈夫?」



 前世で女性のお腹は大切にしろと教わっていたし、幼児の力でも全力パンチは痛いだろうと心配する私に、マーサさんは首を横に振る。



「そうやって私を心配してる時点でダメだと思いますぅ……格闘で強くなるには拳を振るうのがコミュニケーションくらいに思っていないとぉ……」



 さっそくダメ出しされた私はその指摘に納得した。


 そういえばリドリーちゃんも拳骨するのが私との正しいコミュニケーションみたいに思ってる節があるし、格闘技の才能には笑顔で他人をぶん殴れるイカれた部分も含まれるのかもしれない。



「なるほど……確かに僕には向いてないかもしれませんね……」



 昨日の夜もマーサさんが嬉々として行商人を教育する姿を見て『もうやめてあげて』って思ってしまったからね。


 自分が戦闘に向いていない性格をしていると気付かされてしまったが、マーサさんは格闘技の代わりに強くなるためのアドバイスを私にくれた。



「べつに剣術や格闘で強くなる必要なんてないと思いますよぉ? 大切なのはいざという時に敵をぶっ殺す技術なのですからぁ。わざわざ剣や拳で戦わなくてもぉ、坊ちゃまは得意な血液操作で敵を殺す方法を考えてみてはどうでしょうかぁ」



 物騒だが的確なアドバイスに私は頷いて更なる助言を求める。



「血液で敵を殺す方法ですか……そういう技ってどうすれば磨けますかね?」


「それはもちろん、敵を殺して殺してぶっ殺しまくるのが1番ですよぉ」



 ウフフ、と笑うマーサさん。


 なるほど……実戦あるのみか。


 考えてみれば私はまだスライムしか相手にしたことがないのだし、確かにワイバーンを倒すことを目標にするならば、少しずつ強い魔物と戦っていくというのは正しい順序かもしれない。


 これまでで最も具体的なアドバイスをくれたマーサさんにお礼を言って、私はさっそく魔物と戦ってみることにした。


 まず最初にするべきことは……母様から許可をもらうことだな。


 父様に言ってもダメって言われる可能性が高いし、こういう危ないことをする時は母様から許可を取るのが最適解である。


 そんな判断を下した私はさっそく裏庭でアイリスと戦う母様の元へとダッシュした。


 裏庭に着くと、ちょうど休憩中だったらしく、白目を剥いて気絶したアイリスと爽やかな汗をかいて水を飲む母様の姿が目に入る。


 母様は私が近づいていくと、機嫌良さそうな顔で声を掛けてきた。



「どうしたノエル? お前も戦いたくなったのか?」



 戦闘種族の血が滾っているのか、剣を差し出してくる母様からの誘いを私はやんわりと断る。



「いえ、少し血液操作で魔物と戦ってみたくて……森まで冒険に行ってもいいでしょうか?」



 草原ではなく森を選んだのは、影が多くていざという時に逃げやすいからだ。


 母様は私のお願いに少し考える仕草をしたが、アイリスと戦ってテンションが上がっているのか、わりとあっさり森に行く許可をくれた。



「……ふむ、メアリーがいっしょなら問題ないだろう……私も小さい頃はひとりでダンジョンに潜って無茶したものだからな……極限下での殺し合いが望みなら、リドリーとアイリスは邪魔になるから気づかれる前に行くといい」



 ……そこまでの冒険は望んでませんよ?


 しかし息子が『冒険したい』と言い出したことに喜んだ母様は、尻尾をブンブン振りながら見送ってくれる。



「5日経っても戻らなければ探しに行ってやるから、お前の冒険を楽しんでくるといい」



 いちおう日帰りの予定だったのだけど……母様の中では泊りがけで行くことになっているらしい。



「それとこれは餞別だ。持って行け」



 最後に母様からナイフを投げ渡された私は、両手でキャッチしてお礼を言う。



「ありがとうございます! それでは行ってきます!」



 子供を喜んで冒険に行かせるとか滅茶苦茶な母親だけど、私とメアリーのことを信頼してくれているのだろうし、ここはありがたく好意を受け取っておこう。


 生まれた直後はポンコツだった私も5歳になったことでしっかりしてきたからね(確信)。


 いつまでもリドリーちゃんに迷惑をかけ続ける天才児ではないのだ。


 それに外泊も有りというのは面白そうなので、私は成り行きに任せてみることにした。


 腰の後ろにナイフを装着し、笑顔で見送ってくれる母様に手を振ってから、私は北西の森を目指して田舎道を走る。


 小川を飛び越え、草原を走り抜け、そして先日父様といっしょに来た森の端まで辿り着いた私は影の中に潜む眷属へと指示を出した。



「いいかいメアリー? 僕の命が本当に危なくなるまで戦闘には手を出しちゃいけないよ? 本当の強さというものは実戦の中でこそ磨かれるんだ」



 テンションが上がってそれっぽいことを口走る私に、影の中から赤い腕を伸ばしたメアリーが親指を立ててくる。


 装備は母様にもらったナイフと村人の服だけ。


 期間は最長で5日間。


 その間にワイバーンを倒せるようなアイデアが思い浮かんだなら帰ればいいし、そうでなければ冒険を続ければいい。


 成り行きで始まった冒険だけど、吸血鬼になってから初めての完全な自由行動に、私の心はかつてないほど高鳴っていた。


 そこらへんの地面からちょうどいいサイズの棒を拾って、私はそれを剣に見立てて森の奥を指す。



「さあ、冒険の始まりだ! 鬼でもヘビでも出てくるがいい!」



 今の私は誰かに見られたら確実に黒歴史になるほどハイテンションだった。


 あー……やっぱりこういう時は剣が欲しいな……。


 剣術の才能は無いと言われてしまったが、怪物とは剣で戦うのが男のロマンというものだろう。


 槍とか弓もかっこいいけれど、1番かっこいいのはやはり剣である。


 初めて冒険へと旅立つ記念すべき瞬間に、自分の手に剣が無いことを残念に思う。



「……どこかにちょうどいい剣が落ちてないかな……使えなくてもコレクションにすればいいし……」



 そしてそんな未練がましいことを呟きながら、私は森の奥へと向けて最初の一歩を踏み出した。





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― 新着の感想 ―
スライムの親指 とはww
[一言] 餞別のナイフ主人公が吸血鬼じゃなかったら。話の流れ的に自決用かと思った
[一言] 血液で剣作ればいーのにー
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