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第21話  アイリスの使命




 SIDE:アイリス



 夢を見ていた。


 炎に包まれた王都と、積み上げられた屍の山。


 大人になった私は黄金の装飾が施された一振りの剣を手に取り、ノエルやリドリーたちとともに、王城を呑み込もうとする巨大な邪神と対峙していた。


 大魚の姿をしている邪神は身体から生える無数の触手で人々を捕まえては、鋭利な牙が並ぶ口へと獲物を運んで魂ごと咀嚼している。


 体表に並んだ千を超える邪眼からは濃密な呪詛が放たれ、呪詛に当たったものは一瞬で腐り落ちた。


 煙と呪詛と腐った血肉の匂い。


 そして傷つき地に臥せる最愛の彼と友人……。


 それは夢だとわかっているのに耐えがたい吐き気と絶望を私に与えて……そこでまた私は夢から現実へと引き戻された。



「――…………はっ……はっ……っ!?」



 忘れていた呼吸を慌てて再開すると、魂の奥底から美しい声が湧き上がってきて、私の心を不安にさせる。



『――稚魚が放たれた――』



 ……またそれか。


 最近、いつも決まった夢を見る。


 きっとこの夢はただの夢ではないのだろう。


 力を持って生まれた者の使命と、最悪の未来を回避するための警告。


 だいたいそんなところか……。


 神の血を引く【半神(デミゴッド)】は、生涯で一度だけ祖神から世界を守る使命を与えられるという。


 おそらく夢に見た大魚の邪神は、私が討つべき宿敵で、そう遠くない未来に現れる世界の敵だ。



「どうした? うなされていたようだが?」



 声を掛けられたことで、私はようやく自分が義母様との修行中に気絶したことを思い出した。



「……いえ、なんでもありません」



 汗だくになって震える身体をどうにか鎮め、再び剣を手に取り、草原から身体を起こして義母様と向かい合う。



「もう一本お願いします!」


「うむ! その意気や良し!」



 ノエルに命を救ってもらった私は、誰よりも強くならなければいけない。


 いずれ現れる宿敵を、ひとりでも倒せるように……。






     ◆◆◆





 SIDE:ノエル



 セレスさんのところにメアリーを半分ほど残して帰宅した私はリドリーちゃんに『ごめんなさい』をして、マーサさんに行商人を引き渡してから自室で読書することにした。



「ありがとうございますぅ、坊ちゃまぁ…………オラァッ! てめぇはこっち来いやぁっ!」


「ひっ!? ひぃいいいいいいっ!!?」



 マーサさんに連行されていく行商人さんには冥福をお祈りしておく。


 この辺りの地域では元冒険者の領主を舐めた行商人がよく現れるので、彼らを教育することは必要なことなのだ。



「飲み物でも用意しましょうか?」



 気を利かせたリドリーちゃんが提案してくれるが、私は丁重にそれを断った。



「大丈夫だよ。喉が渇いたらメアリーを飲むから」


「……メアリーちゃんを、飲む……?」



 そして私は首を傾げるリドリーちゃんを残して自分の部屋へと引き籠り、乗って良し、飲んで良し、仕事を任せて良しの頼れる眷属に命令した。



「メアリー、読書モード」



 ぷるっ、ぷるっ。


 私の命令に従い、昨日からセレスさんに仕込まれていたらしいメアリーがソファの形になってスタンバイする。


 そこに私が飛び込むとプルプルの血液に全身が包まれて、メアリーが私を読書しやすい体勢に全自動で調整してくれた。


 仰向けになった私の目前に借りてきた二冊の本が掲げられたので、少し迷ってから『影世界の渡り方』のほうを選ぶ。



「先にこっちを読んでみよう。影の世界とか面白そうだ」



 私の選択に応じてメアリーは本のページを開き、読まないほうの本は机の上へと置いてくれた。


 紙に血液の身体が染み込まないか少し心配だったが、そこらへんはセレスさんから厳しく仕込まれているらしく、メアリーが触れたページは綺麗なままである。


 そうして全自動でページまでめくってくれる快適な環境で読書に耽り、二時間くらいかけてひと通りの内容に目を通す。


 セレスさんに借りた『影世界の渡り方』には実に興味深い知識が記されていた。



「へー……吸血鬼って影に潜れるんだ……」



 それどころか影を操ったり、影に命を与えることなんかもできるらしい。


 ざっと影の利用法を見た限りでは逃走や潜伏なんかにも便利そうな技術だった。


 うむ、影を支配する技術は是非とも欲しい……いかにも吸血鬼って感じだし……。


 有用そうな技術に魅了された私はメアリーにお願いして本を机に置いてもらってから、本の知識を実戦してみることにする。



「えっと……まずは影に魔力を浸透させて……」



 そして本に書かれていた【影魔術】の術式を思い出しながら室内の影へと魔力を浸透させると、



「――うわっ!?」



 私とメアリーの身体は影の中に落っこちた。


 トプン、と水に落ちるような感触がして、視界が闇に包まれる。



「――?!」



 声を出そうとしても口から音が出なくて困惑したが、すぐに本に書かれていた影世界の特性を思い出して私は納得した。


 影の中には空気がないのだ。


 吸血鬼は呼吸する必要がないから問題ないけれど、これが普通の人間なら窒息して死んでしまうだろう。


 私は知識と現実を摺り合わせて落ち着きを取り戻し、初めて入った影世界の観察をしていく。


 見た目は見渡す限りの闇だ。


 だけどその闇にはちゃんと奥行きがあって、横の空間はどこまでも闇が続いているのがわかった。


 上には先ほどまで私がいた自分の部屋が見えて、床を透明にしたような不思議な光景がある。


 さらに下へと目を向けると、そこにはどこまでも闇が続いていて、本能的にあまり下には行かないほうがいいとわかった。


 観察を終えたら、続けて私は周囲の影へと魔力を馴染ませて、影を操る練習をしてみる。


 周り全体が影なので少しわかりにくいが、影を操作するのは血液を操るのと似た感覚で問題なく行うことができた。


 ひと通り実験を行ったあとは影を操作して自分とメアリーの身体を浮上させ、部屋の中へと戻る。


 波打つ床から自室に戻ると、そこにはリドリーちゃんが仁王立ちしていて、私を怒った目で見降ろしていた。



「……今度はどんな危ないことをやっていたんですか?」



 額に青筋を浮かべるメイドさんに、私は笑顔で状況を説明する。



「いや、セレスさんから面白い本を借りてね……ちょっと影の世界を探検していたんだ」



 私の正直な解説に「は~っ……」とリドリーちゃんが嘆息する。



「そういうことする時は、まず私に言ってください! 放置していると坊ちゃまはすぐ死にそうになるんですから!」


「……この世界にはそこまで危険はないから大丈夫だよ」



 実際に影の世界には何もいなかったし。


 そうして影の中から這い上がった私に、リドリーちゃんはジト目を向けて、机の上に置いておいた書籍を突き付けてくる。



「先ほど私も軽く目を通しましたが……ここに『運が悪いと邪神や邪神の先兵と出会うことがある』と記載されているのですが?」



 あー……うん。



「……そういうこともあるみたいだね?」



 本によると、影の領域は『あらゆる影が映る面』に存在しているのだが、本来そこは別次元から侵略してくる邪神を捉えるための空間らしい。


 簡単に言ってしまえば邪神ホイホイである。


 もともと【神古紀】に創られた吸血鬼はこの空間で邪神や邪神の眷属を始末する仕事をしていたらしく、それ故に吸血鬼は影の空間と相性が良くて邪気への耐性が高いのだ。


 だからリドリーちゃんが言うように、運が悪いと影の中に捕らわれた邪神関係者と出会う可能性は確かにあった。



「だけど、ほら……僕って運がいいからさ……大丈夫じゃないかなって……」



 指をツンツンして言い訳する私に、リドリーちゃんの拳骨が落ちる。



「はい! ギルティ!」


「あいたっ!?」



 まったく……このメイドさんは体罰上等なのだから困ったものである。


 まあ、そういう時はだいたい私が悪いんだけどさ……。



「危ないことをする時は私の監視下で行うこと! これはラウラ様が決めた鉄の掟です!」


「……はーい」



 メイドさんに諭された私は素直に返事をした。



「それじゃあ私も影の世界の探検とやらに加わりますから、影の世界について教えてください!」



 説教を終えたリドリーちゃんは凄く瞳をキラキラさせながら聞いてきたのだが……いっしょに遊びたかっただけじゃないよね?


 しかし私は大人なので遊びたい盛りのリドリーちゃんを仲間に加えてあげることにした。



「影の世界は影が映る面ならどこにでも存在しているんだ。そして面が地続きになっているところなら影の中からどこへでも移動できるみたい」


「それは泥棒とか暗殺に便利そうですね……」


「実際そういったことを生業とする人たちがよく使っているらしいよ? 影に入れば平面を渡って移動できるから、ドアの下の隙間から部屋の中に侵入するとか、壁面を伝って窓から侵入するとかできるんじゃないかな?」



 私が悪用方法を指摘すると、リドリーちゃんは手を叩いて褒めてくれた。



「流石は坊ちゃまです! ろくでもないことを考えさせたら世界一っ!」



 それって褒め言葉?



「だけど問題なのは空気だね。影の世界には空気がないから、僕は大丈夫だけど、リドリーは呼吸ができないと思う」


 私がそんな問題点を指摘すると、リドリーちゃんは堂々と胸を張った。



「ご安心ください! こんなこともあろうかと、私は空気が無い場所でも活動する方法をセレスさんから教わっておいたのです!」



 できる従者の決まり文句『こんなこともあろうかと』を発動するリドリーちゃんに、私は感動した。



「……立派になったね、リドリー」


「……ええ、まさかこんな技術を使う日が来るとは思いませんでしたよ」



 万能なことを褒めたらジト目を向けられてしまったが、なんでもできるメイドさんというのは素晴らしいと思います。


 そして魔法で身体の周りに空気の層を作ったリドリーちゃんに、私は最低限の注意事項を告げた。



「とりあえず影の中を渡って一階まで降りることを目標にしよう。リドリーなら影に潜るコツもすぐに掴めると思うけど、影があるところからじゃないと出入りできないから気をつけてね」



 影の世界に入る時の感じは空間魔法の感覚に似ていたから、見本を見せればリドリーちゃんならすぐに再現できるだろう。



「えっと……こんな感じですか?」



 案の定、影に魔力を浸透させて入口を作る方法を見せてみれば、リドリーちゃんはすぐに影魔術の基礎【潜影】を修得した。



 二人で影の世界を探検する準備が整ったので、私とリドリーちゃんは同時に影の中へとダイブする。


 再び水に落ちるような感覚がして、影の世界に舞い戻ると、そこではずっと影の中にいたメアリーがグロテスクなクジラと格闘していた。


 全長50メートルくらいありそうなクジラの全身には気味の悪い巨大な眼球がいくつも付いていて、身体中から生やした無数の触手と、幾重にも牙の生えた四つに割れる口でメアリーへと噛み付いている。



「「――っ!??」」



 私とリドリーちゃんは抱き合って悲鳴を上げるが、影の中には空気がないので無駄に終わった。


 飼い主たちがそんな馬鹿な行動をしている間にも、メアリーは赤い触手で着実にクジラの身体を貫き、戦闘を有利に進めていく。


 どうやらクジラの噛み付き攻撃をメアリーは無効化しているらしく……やがてクジラは完全に動かなくなった。



 ぷるっ! ぷるっ!



 ほめて、ほめて~、と近づいてきたメアリーを私はとりあえず撫でておく。


 どうやら戦闘中にクジラの肉体を吸収したらしく、戦闘を終えたメアリーはちょっとしたマンションくらいまで大きくなっていた。


 たくましい眷属と怪物のインファイトを目にした私とリドリーちゃんは、しばらく硬直してから互いに目を合わせて首肯する。


 そして私の影操作で地上まで戻ると、完全に影の中から身体を抜いて安堵した。



「坊ちゃま……影の世界のことはもう忘れましょうか……」


「そうだねリドリー……世の中には知らないほうが幸せでいられる知識もあるよね……」



 まったく子供が怖がる知識を教えるとか、セレスさんには困ったものである……。



 あんなの見ちゃったらベッドの下が怖くなるだろうがっ!


 SAN値が直葬されそうな影の世界は永久封印だよっ!



 だけどメアリーは影の世界を気に入ったみたいだし、勝手にエサを取ってくれるなら飼育にも最適なため、私は床から触手の先端だけを覗かせる眷属へと指示を出す。



「メアリー……今日から僕の影を守ってくれるかい? 君が足元にいてくれると安心できるんだ……もちろん狩った獲物は食べていいから」


「私の影もお願いしますっ!」


 ぷるっ! ぷるっ!





 そしてその日の夜、私はアイリスから変なことを訊かれた。



「『……稚魚が食べられた』らしいのだけれど……ノエルはなにか知らないかしら?」


「? なんの稚魚?」



 アイリスは魚の養殖にでも興味があるのだろうか?






アイリスの使命、完。

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― 新着の感想 ―
勇者くん(稚魚)がバグ技使って魔王城まで直行しようとしたばかりに……
[良い点] シリアスがシリアルになるのありがてぇ
[一言] 創世神「うちの勇者(邪神の卵)が始めの街で初狩りされたんだが。」 双月神「宿敵にこんな事言うのアレだけど私達も困惑してる。さっき警告したばっかなのに…」
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