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第19話  ブラッディスライム




 吸血鬼が眷属化したスライムが生存した事例は、今までに存在していないらしい。


 なんでも眷属スライムが消滅してしまう理由は神聖気以外にもあるらしく、かつて完全な暗室を作って徹底的に神聖気を排除したうえで眷属スライムを飼育しようとした研究者がいたが、それだけ環境を整えても最長で20秒弱の生存が限界だったのだとか。


 そんな話を家への道すがら父様から聞かされた私は、腕の中でぷよぷよ揺れるスライムを持ち上げて訊ねる。



「つまり、この子は世界に一匹だけのスライムってことですか!?」


「……そうなるね」


「やったあ!」



 激レアスライムゲットだぜ!


 前からペットが欲しいと思っていたし、さっそく名前を付けてしまおう。



「いちおう言っておくけれど……このスライムを領外の人に見せたらダメだからね? 見る人が見ればその異常性に気づかれてしまうから……」



 世界に一匹だけのスライムにはしゃぐ私を父様がたしなめてくる。



「大丈夫ですって! メアリーを見せびらかしたりしませんから!」


「……もう名前まで付けたんだ…………」



 え? どうしてメアリーなのかって?


 見た目が『血まみれ(ブラッディ)』だからだよ。


 種族名はブラッディスライムで、個体名はメアリーだと第一発見者である私が決めた。


 眷属スライム自体は昔から知られているみたいだけど、日光に耐性を持つメアリーは間違いなく私が第一発見者だから、勝手に命名しても許されるだろう。



「今日からよろしくね、メアリー。君は世界で最強のスライムを目指すんだよ!」



 ぷにっ、ぷにっ。


 私の腕の中で返事をするように揺れるスライムを、私は「返事ができて偉いね~」と撫で撫でする。



「……スライムが人語を理解している? いや、まさか……そんなことはあり得ない……単細胞生物なのに……」



 ぷにぷにと的確に相槌を入れるメアリーの姿になぜか父様がまた頭を抱えてしまったが、賢いことはいいことだと思う。


 そして私は最初の眷属であるメアリーの育成を開始した。






     ◆◆◆






 SIDE:リドリー



 イザベラ様の授業を終えて、アイリス様といっしょに屋敷に戻ると、リビングを血だらけにして坊ちゃまが遊んでいました。


 床だけならまだしも、壁や天井にまでベッタリ飛び散った赤い血潮。


 あまりにも猟奇的な光景に私は血の海の真ん中にいる坊ちゃまを叱ります。



「こらっ! またこんなに汚して! 血液を散らかしちゃダメじゃないですか!」



 そして坊ちゃまの頭に拳骨をくれてやろうと近づくと、背筋に悪寒が走り、私は反射的に床を蹴って後ろに下がりました。



「っ!?」



 部屋中に膨れ上がった濃密な殺気。


 それは私が先ほどまで立っていたところに飛来してきて、人の形にまとまります。


 部屋中の血液を吸収して膨れ上がったシルエットは、最終的に私にそっくりな形となって私と同じファイティングポーズを取りました。


 ……強い。


 構え自体は私の模倣にすぎませんが、唐突に現れたその魔物からはマーサさんやアリアさんに匹敵するプレッシャーを感じます。


 いったいどこからこんな魔物が入り込んだのかと困惑しながら不定形の敵との戦い方を考えていると、睨み合う私と魔物の間に坊ちゃまが飛び込んできました。



「わーっ!? 待ってメアリーっ! リドリーは敵じゃないからっ!」



 そのまま坊ちゃまが血の魔物に抱きつくと、魔物は人形から球状へと形を変化させ、坊ちゃまの腕の中に収まります。


 ぷよぷよと触ったら気持ち良さそうな形状になった魔物は途端に殺気を霧散させ、私は坊ちゃまにジト目を向けました。



「……なんですかそれ?」



 また変なことを始めたらしいイタズラっ子に訊ねると、坊ちゃまは自慢気に赤いぷよぷよを見せつけてきます。



「さっき父様に教わって眷属化したんだ! ブラッディスライムのメアリーだよ!」



 ブラッディスライムという種族は聞いたことがありませんが、坊ちゃまの眷属という時点で油断できません。


 そうして引き気味にメアリーと呼ばれたスライムを観察していると、私の後ろからアイリス様が歩み出て、赤いぷよぷよを睨みつけました。



「……メアリーということは女の子なのかしら?」


「――ひゃっ!?」



 ブラッディスライムに襲われた時とは比べ物にならない殺気が室内に渦巻き、私は尻尾を丸めて硬直します。


 アイリス様は坊ちゃまのことが好きすぎて……他の女の影を感じると修羅になってしまうのです。


 神の血を引く絶対強者の威圧。


 それはもはや災害に近い恐怖を周囲へと振りまいて、ブラッディスライムのメアリーちゃんも私と同じように縮こまりました。


 あー……なんだか仲間意識を感じますね……。


 この領にはアイリス様の威圧を恐れない非常識な方々がたくさんいるので、いっしょに怯えてくれる存在は貴重なのです。


 そうして私がメアリーちゃんに同情していると、真正面からアイリス様の殺気を食らっているはずの坊ちゃまが飄々と質問に答えました。



「メアリーはスライムだからね。特に性別とかはないと思うよ? 名前の由来は遠い国に『ブラッディメアリー』という怪談があってだね――」



 ……前から思っていたのですが、坊ちゃまってめちゃくちゃ図太いですよね?


 なんなんですか、その強メンタル。


 純粋な戦闘能力では私より弱いはずなのに、ラウラ様やアイリス様の威圧を受けても平然としている坊ちゃまを、私はちょっとだけ尊敬しました。



「そう……性別がないならいいのよ」



 浮気ではないと納得したアイリス様は殺気を霧散させ、坊ちゃまのウンチクを聞きながらメアリーちゃんを撫で撫でします。


 絶対強者に撫でられてビクビクするメアリーちゃんはとってもかわいそうで……私はこの魔物に優しくしてあげようと心に決めました。



「……こうして見ると可愛いですね、この子はなにを食べるんですか?」



 私もアイリス様といっしょにメアリーちゃんの撫で撫でに加わります。



「スライムだから有機物ならなんでも食べるよ。さっきから実験していろいろ食べさせてたんだけど、この子は僕に似て好き嫌いがないみたい」


「……そんな研究をひとりで?」



 ひとり遊びをするとすぐ死にそうになるから私が心配すると、坊ちゃまは首を横に振ってリビングの隅っこを指さしました。



「ううん、父様もいっしょだよ。メアリーの生態が気になるらしくて、いっしょに研究していたんだけど……」



 坊ちゃまが指さした先では、確かにメルキオル様がいらっしゃいました。


 リビングの隅っこに寝転んでブツブツ意味不明なことを呟きながら頭を抱えていらっしゃいます。


「……ははっ……新発見だ……眷属スライムは血球ひとつひとつが生命を持った群体生物だったんだ…………それなら眷属化で消滅するのも急激な進化にアストラル体が耐えられなかったからだと仮定できる…………つまり……ノエルが使う【眷属化】は魂を保護する精神力まで強化しているということで……スライムに自我が芽生えたことにも説明がつく……ああっ!? 僕はなんて知識を教えてしまったんだっ!!?」



 ……ああなったメルキオル様はしばらく使い物にならないので、代わりに私が坊ちゃまの面倒を見るしかないでしょう。


 いえ、べつにメアリーちゃんのプニプニ感が病みつきになってるわけではなくて……私には保護者としての責任があるのです。



「仕方ないですねー、それじゃあここから先は私が監督してあげますから、まずはその子を抱っこさせてください」


「えー……」



 そして大人気なく坊ちゃまからメアリーちゃんを奪い取った私は、そのなんとも言えないプニプニ感をしばらく堪能しました。






     ◆◆◆






 SIDE:ノエル



 メアリーは問題なく我が家の一員として迎えられた。


 いきなりペットを拾って帰ったから最初は反対されるかと思ったけれど、母様に見せる前にメアリーが生ゴミの処理に使えることを見つけておいたのは正解だった。


 うちは畜産業をメインでやってるからね。


 家畜を解体する時に出る脂とかクズ肉の処理とか、メアリーが活躍できそうなところはたくさんあるのだ。


 私を説教しようとしたリドリーちゃんに襲いかかった時はヒヤリとしたけれど、今ではその魅惑のプニプニボディで家族全員から愛されるマスコットと化している。



「うむ、お前はなかなか賢いな、その調子で肉と(あぶら)の違いを覚えるのだぞ?」



 さっそく解体の助手に使おうとメアリーに芸を仕込む母様。



「はわ~……メアリーちゃんを枕にすると最高です~……なんて素晴らしいフィット感!」



 スライム枕に頭を預けて恍惚の表情を浮かべるリドリーちゃん。



「いい? ノエルに近づく女を仕留めるのもあなたの仕事よ? 眷属ならあらゆる害悪から主人を守らなければいけないの」



 絶対服従の姿勢を取るメアリーに眷属としての心得を勝手に教えるアイリス。



「……な、なんという学習速度だ……それぞれの個体が取得した情報を共有している……?」



 部屋の隅でうめきながらメアリーの冷んやりボディで頭を冷やす父様。


 他にも裏庭でメアリーと模擬戦をするマーサさんとか、メアリーをベッドにして本を読むセレスさんとか、メアリーに礼儀作法を教えようとするイザベラさんとか……。


 私は自分の膝の上に乗るメアリーを撫でながら、飼い主として増殖しまくるメアリーに話しかける。



「……ちょっと増えるペース早すぎない?」



 そんな懸念にメアリーは困ったようにプルプルしたあと、血液の手を作って、机の上に母様が置いた大量のクズ肉を指し示した。



 ああ……食べた分だけ増えるのね…………。






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― 新着の感想 ―
増えすぎないといいな
[一言] 増えすぎって、管理できてないような
[一言] 壁に耳あり障子にメアリー
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