第2話 バカと天才は紙一重
吸血鬼に生まれ変わった翌日。
石仮面も付けてないのに人間を辞めてしまった私は「まあ、いっか」と思っていた。
私ってばポジティブシンキングな性格だからね。
過去には囚われないタイプなのだ。
まあ、周りの人間からはよく頭が軽いと言われていたけれど、こんな時には便利な性格だと思う。
大丈夫、大丈夫。
私は昆虫食とかも平気な人間だったし、なんなら学生時代に行った海外旅行で牛の血液とかも飲んだことあるから、たぶん吸血鬼としても上手くやっていけるよ。
これからは人間を歩く血液袋だと思って生きていこう(サイコパス)。
まあ、冗談はともかく。
せっかく転生したのだから『今世こそは理想の田舎暮らしを実現しよう』というのが私の主なスタンスである。
そしてそんな楽観とポジティブシンキングで転生のショックを乗り越えた私は、早くも赤ちゃんライフに飽きていた。
ん~……ヒマっ!
赤ちゃんってやることなさすぎでしょ?
いや、最初はママンとパパンの言葉を聞いて言語の習得を目指そうとか思ったんだけどさ……なんかこの身体に搭載されている頭脳が優秀すぎて、秒で言葉がわかるようになっちゃったんだよね……。
「坊ちゃま~、オムツを交換しますよ~」
今も茶髪で獣耳を生やしたメイドさん(?)が、私のオムツを交換しに来てくれて、その言葉を理解した私は、ブビビッ、とオムツの中にクソをぶちまけた。
その音を聞いたメイドさんは緑色の目を丸くする。
「わっ!? すごいピッタリ! わたしってば冴えてるっ!」
ふふっ……メイドさんは自分のタイミングが完璧だったと解釈したらしいが、実際は違うのですよ。
目の前にいる赤ちゃんがファインプレイをしたのである。
自分……天才ですから(キリッ)。
リスみたいな耳と尻尾をもつ癒し系のメイドさんにオムツを交換してもらいながら、私は新しい肉体の性能について考える。
どうやらこの身体はガチで頭がいいらしい。
今もメイドさんが着ている服を見るだけで、その服の縫製の仕方とか、服を構成する布の形が脳裏で描けてしまうのだから、この身体は前世の私とは比べ物にならないくらい優秀な脳ミソを持っているのだろう。
頭がいい人ってやべえな……彼らにはこんな世界が見えていたのか……。
どうりで金持ちになるわけである。
そんな風に感心しながらも、私はこの頭脳を活かした将来の展望を早くも見定めた。
よし……せっかく頭がいいのだから、将来は魔法使いになろう。
これだけINTが高いなら私はさぞかし優秀な魔法アタッカーになれるはずだ。
それに魔法使いと言えば人里離れたド田舎に住んでるイメージがあるから、田舎に暮らすという私の目的とも相性がいい。
この世界に魔法があるかどうかなんて知らないけれど、どうせ暇なのだし、今のうちから魔力操作の練習をしておくのはアリだろう。
赤ちゃんのうちから魔力訓練をするのは転生したときのセオリーってやつだしな。
前世のサブカルチャーを思い出しつつ、新たな暇つぶしを思いついた私は、さっそく己の体内へと意識を向けて魔力を探してみる。
う~ん、う~ん、う~ん……。
魔力、魔力……。
うむ……まったくわからぬ!
いやいやいや、諦めるのはまだ早い。
もしかしたら魔法は気合いで出る可能性もあるから、お次は魔力感知をすっ飛ばして、いきなり魔法を使ってみることにする。
とりあえず丹田に力を込めて、お家に被害の少ないよう風の魔法から使ってみよう。
もしかしたら突風が生じて壁とか壊してしまうかもしれないが、その時はパパンとママンには心の中で土下座しよう。
そんな覚悟を決めた私は、爆風よ起これと内心で唱えながら気合いを発した。
「だあっ!」
バブリっ!
うん……出たわ。
魔法は出なかったんだけど……くせぇのが出たわ。
さっき出したばかりなのにまだ出るとは、赤ちゃんの身体って難しい。
どうりで世間の親御さんが苦労するわけである。
というかコレはどうしたらいいんだろうね?
恥も外聞もなく泣き叫ぶしかないのか?
優秀な私の頭脳はホカホカになったオムツの中身を鮮明に想像してしまい……その不快なイメージに私はママンかメイドさんが来てくれることを神に祈る。
壁を吹き飛ばそうとしたことは謝るから……早くオムツを交換してください!
そして30分後。
「あぎゃああああああああああああっ!!!」
優秀な脳ミソが完璧にオムツの中身の感触を記憶したあたりで、私は恥も外聞も捨てて泣き叫ぶことを選択した。
おかしいな……前世の記憶を持って天才児に生まれた私は苦労をかけない大人しい子供になるはずだったのに……これだと普通の赤ん坊と変わらないような……。
◆◆◆
生後2日で自分の人格がポンコツだと悟った私だが、それからも魔力訓練は続けた。
なにしろ恐ろしくヒマだったからね。
マジでそれくらいしかやることがなかったのだ。
そして訓練を始めて17日が経ったころ、ついに私は魔力らしきモニャモニャを感知することに成功した。
おお……感じる、感じるぞ!
私の皮膚の下で温かいなにかがモニャモニャしているのを感じるっ!
こ れ が 魔 力 か っ!
と、ひとしきり感動した私は、さっそくモニャモニャを自分の意思で動かしてみることにした。
不思議とこのモニャモニャを意識した瞬間から自分の意思でこれを動かせる自信が湧いてきたため、動かすことは可能だと思う。
やり方は前世の漫画知識で知っているのだよ。
念能力の修行みたいにすればいいのだろう?
全身を巡る血液を意識して、身体中の魔力をグルっと巡らせるのだ。
いわゆる『テン』である。
そして優秀な頭脳を駆使して完璧にイメージを整えた私は、気合いとともに魔力を操作した。
「だあっ!?」
ブババッ!
今度は鼻血がドバッと出た。
それはもう天井に届くくらいドバッとだ。
というか今もまだ出続けている。
ブババ!
ブバババッ!
どうしよう……止め方がわからないんですけど……?
まるで噴水の如く吹き出す鼻血に、流石にこんなに血を出したら失血死するのではないかと私が不安を抱いたころ、ベビールームの扉を上げたメイドさんが絶叫した。
「ぼ、坊ちゃまあああああああああああああああっ!??」
まあ、そうなるよね。
誰でも赤ちゃんが噴水みたいに鼻血を吹き出していたら絶叫するよ。
私が薄れゆく意識の中でそんなことを考えていると、メイドさんの叫びを聞きつけたママンが神速でベビーベッドまで駆けつけてきた。
あれ? ママン?
いま瞬間移動しませんでしたか!?
人智を超越したママンの動きに驚いて、私の鼻血がピタっと止まる。
そのまま抱き上げられた私は常軌を逸した鼻血ブーをかましてしまったことで、悪魔憑きと思われるのではないかとピクピクしていたのだが、青白くなって痙攣する私にママンは自分の腕を差し出してくれた。
「飲め」
クールに短く命令しながら、ママンは私の吸血歯に腕を押し付けて血を流してくれる。
血の匂いに反応して牙をニョキニョキさせた私は、遠慮なくママンの腕に噛みついた。
チュー、チュー、チュー……。
大人しく血を吸う私にママンは嘆息し、血まみれになったスプラッタな部屋を見て再び嘆息した。
「もう血液操作に目覚めるとは……お前は早熟なのだな」
うちのママンはかっこいい系のワイルド美人さんです。
それにしても気になるのは『血液操作』という単語である。
私は皮膚の下にあるモニャモニャを魔力だと思っていたのだが……どうやら実際は血液を感知していたらしい。
まあね、私ってば吸血鬼だから……血液を操れてもおかしくないよね?
おそらく全身を巡る血液をムリヤリ動かしてしまったから、粘膜の薄い鼻から大量の血液が吹き出してきたのだろう。
魔力の訓練をしていたはずが間違えて全身の血液を操ってしまうなんて……少し間違えれば死んでいたよ……。
運良くメイドさんが来てくれたから助かったけれど、発見が遅れていたら私はそのまま失血死していただろう。
命の恩人であるメイドさんとママンに感謝である。
まったく……どこのバカだよ、魔力操作の練習をして死にかけるなんて……。
私ですよねわかります。
そんなことを考えながら吸血を続けて、ようやく血色を取り戻した私はベビーベッドへと戻される。
赤子の容態が落ち着いたことにママンは3度目の溜息をつくと、今度は腕を組んでなにかを悩み始めた。
「……しかし困った……赤子のうちから血液を操ってしまうとなると、また同じことを繰り返すか? ……対処法をメルに相談してみるか……」
あ、いえ……同じミスは繰り返さないから大丈夫ですよ?
自分、天才なんで(キリリッ)。
しかしそんな私の内心が伝わるはずもなく……その日から私のベッドの周りには、メルと呼ばれたパパンの指示で、大量の血液が並べられることになった。
血液を操りたいなら自分の血ではなく、そちらの血液を操れということだろう。
そしてベビーベッドの周りに置かれる血液入りの壺、壺、壺……。
その中心にいる私はなんだか邪神に捧げられる生贄みたいになっていて……生臭い匂いに耐えながら新鮮な血液を用意してくれるメイドさんに、私はボソッと文句を言われた。
「もー……坊ちゃまは手がかかりますねー……」
……面目ない。
どうやら頭脳がどれだけ優秀でも、それを扱う精神がクソだと意味がないらしい。