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閑話  製氷機リドリー





 それは夏が近づいてきた暑い日のこと。


 いつもの如く私が日光浴をしていると、リドリーちゃんが声を掛けてきた。



「坊ちゃま~、お水を飲む時間ですよ~」



 私の専属メイドであり、敏腕マネージャーであるリドリーちゃんは、暑くなるとこまめな水分摂取を促してくる。


 吸血鬼は冷や汗をかくことはあっても暑さで汗をかくことはないので水を飲む必要はあまりないのだけれど、それでもリドリーちゃんが生み出す魔法の水は美味しいので、私は素直に差し出されたコップを受け取った。



「ありがとう、リドリー」



 お礼を言ってから、私は喉を鳴らしてコップに満たされた水を飲み干す。


 日光で温まった身体の中に冷たい水が流れていく感覚が気持ちいい。


 プハッ、とひと息で杯を干した私は、コップをリドリーちゃんに返しながら首を傾げた。



「前から思ってたんだけどさ……リドリーがくれる魔法水って毎回温度が違うよね?」



 ちなみに私が魔法で水を出しても、そんなことにはならない。


 水を出す魔法と温度を変える魔法は別物なのだ。



「え? そうなんですか?」



 私の指摘にリドリーちゃんも首を傾げる。



「……気づいてなかったの? 今日みたいに暑い日は冷たい水が出てくるし、冬に顔を洗う時とかは温い水を出してくれるでしょ?」


「あー……言われてみれば、そんな気もします」



 そして顎に人差し指を当てて空を見上げたリドリーちゃんに、私はひとつ思いついたことを伝えてみた。



「もしかしてリドリーってさ……気合いで氷とか出せるんじゃない?」



 冷たい水が出せるということは、さらに水を冷やして凍らせることもできるのではないだろうか?



「……なに言ってるんですか坊ちゃま。氷魔法なんて使えたら、私は貴族様のお抱え魔法使いにでもなっていますよ」



 リドリーちゃん曰く、氷魔法を使える魔法使いは少ないため、世間では魔法で氷を出せるだけで仕事には困らないと言われているらしい。


 そんな高等技術が自分に使えるわけがないと否定するリドリーちゃんに、私はしつこく頼み込んだ。



「お願いリドリー! 少し試してみるだけでいいから! 氷の作り方は僕が教えてあげるから!」



 実を言うと私は自分で氷を作ることができる。


 父様から教わった錬金術の知識を用いれば水を凍らせることくらいはできるのだが、しかしそれを実行するためには面倒くさい魔力操作が必要だった。


 私の周りにいる魔法が得意な人たちも、氷を作るのはめんどくさいから滅多にやらない。


 いや、球体魔法陣とか本当にめんどくさいんだよ……少しでも歪むと暴発するし、魔道具にするのも難しいから……。


 そんなわけで不人気な氷魔法なのだが、魔法を感覚で使うリドリーちゃんなら簡単に氷を出せるかもしれなかった。



「それじゃあ、まずは温度と分子の運動について説明するね?」


「ええー……」



 このメイドさんはイメージさえ固めれば『なんとなく』で魔法を使えてしまう天才なので、私は渋るリドリーちゃんに水が凍る原理を解説しまくる。


 そしてリドリーちゃんが「どこでそんな知識を覚えたんですか?」と私の解説に疑問を抱いたあたりで、私は彼女に氷魔法の使用を促した。



「はい! それじゃあやってみて!」


「……だから無理ですってば」


「いいから、いいから」



 渋るリドリーちゃんの耳元で、私は彼女のやる気に火を点ける情報を呟く。



「……とある島国にはね? 氷を使ったお菓子があるんだよ?」



 私から三歩離れて、空のコップを天へと掲げたリドリーちゃんは、珍しく真剣な顔で魔法を使った。



「――出でよ、氷っ!」



 コップに残った魔法水を呼び水にして、リドリーちゃんに懐いた精霊たちが自然魔力(マナ)を操り空中に氷を発生させる。


 そして、ゴスッ、と私とリドリーちゃんの間に直径1メートルくらいの氷塊が落ちて、それを目にした私は思わずガッツポーズした。



「よしっ! これで今日から好きなだけ氷が使えるっ!」


「……ほ、ほんとにできました」



 自分の所業に唖然とするリドリーちゃん。


 いや、ほんと君は精霊に愛されまくってるよね?


 精霊と相性の良いエルフのイザベラさんやダークエルフのセレスさんでも、ここまで精霊が魔法の行使を手伝ってくれることはない。


 しかも魔法を使えば使うほどリドリーちゃんの周りには精霊が寄ってくるのだから、彼女の魔力はよほど精霊たちにとって美味しい魔力なのだろう。


 特に自然現象の再現が得意な精霊たちならば氷を作るのなんて息をするよりも簡単にできるだろうし、こと氷を作ることにおいてリドリーちゃんは最高の適性を持っていると言えた。


 地面に刺さった氷を血液操作で持ち上げて、私は有能すぎるメイドさんに仕事を頼む。



「今日から眠る前にこれと同じくらいの氷を部屋の中に出してくれないかな? このごろ暑くて寝苦しかったんだ」



 アイリスがベッドに潜り込んでくると余計に暑くなるからね。



「まあ、それくらいなら別に構いませんけど……お菓子の件はお願いしますよ?」



 ちゃっかりしているメイドさんに、久しぶりにかき氷を食べたくなった私は親指を立てた。



「それならアイリスの家に行こう。あっちの家にはたくさん甘い物があるから」



 かき氷なら蜂蜜とかでもできるし、イザベラさんが作ったジャムをかけても美味しいだろう。


 私の誘いにリドリーちゃんはニヤリと笑った。



「……婚約者に貢がせるとは、坊ちゃまも隅に置けませんねぇ」



 おそらく彼女はまだ気づいていないだろう。


 リドリーちゃんは抜けてるところがあるから仕方ないけれど、彼女はもう少し自分が使う魔法の非常識っぷりを認識したほうがいいと思う。


 簡単に氷を発生させたリドリーちゃんの魔法は、たまたま通りがかったセレスさんに目撃されていたのだ。



「先に言っとく……ごめんね、リドリー」


「? 氷のお菓子は嘘だったんですか?」


「いや、それは本当だけど……」


「???」



 思いつきで氷魔法なんて使わせてしまったけれど……これから彼女には数多くの仕事が舞い込むことだろう……。



「氷のお菓子なんて初めて食べますよ! どんな味がするのかとっても楽しみです!」



 すれ違う村人たちが聞き耳を立てていることにも気づかず、氷菓子の話題を繰り返すリドリーちゃんに、私は心の中で合掌しながら生暖かい笑顔を向ける。



「……きっと忘れられない味になると思うよ?」



 それから夏が終わるまで、リドリーちゃんのお給料は3倍になったらしい。





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― 新着の感想 ―
一家に一台リドリー?
[良い点] お給料という表現にわびさびを感じますわ~
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