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第16話  日向ぼっこが恋しくて





 SIDE:ラインハルト



 友から送られてきた緊急の手紙に、私は顔から血の気が急速に引いていくことを自覚した。


 手紙の内容は緊急事態を告げる暗号。


 娘になにかあった時だけ送ることが決められていた文字列に、ひとり執務室にいた私は呪われた左手を右手で血がにじむほど握り締める。



 ――あまりにも早すぎる。



 娘の年齢はわずか3歳。


 この世を旅立つには幼すぎる年齢だ。


 つい先日、ノエル坊たちと元気に遊ぶ姿を見せてくれたばかりだと言うのに……創世神の呪いは子供のささやかな幸せすら許さないというのか!


 湧き上がってくる怒りと悲しみをどうにか抑え、それから私は王としての職務を消化することに全力を捧げた。


 今は子供の危機に駆けつけられない国王の地位が恨めしい。




 そして連絡を受けてから8日後。


 ようやく最低限の仕事を終わらせて、ひとりエストランド領まで全力で駆けつけた私は、ノックも忘れて友の家の扉を開いた。



「――アイリスっ!」


「ひゃっ!?」



 ちょうど玄関の近くにはリドリー殿がいて、花瓶を拭いていた彼女はそれを床に落っことした。


 ガシャンと陶器が割れる音が響き、リドリー殿が絶叫する。



「うわああああああっ!!? まだ買って半日しか経ってないのにいいいいいっ!??」



 無作法に扉を開いた私はその姿に罪悪感を覚えた。



「あ……す、すまないっ! それよりリドリー殿! アイリスはどこに!?」



 割れた花瓶の断面を見て「あ、贋作だ」と呟いていたリドリー殿は、私の姿を視認するとギョッとした表情になる。



「は、ハルト様っ?! えっと……アイリス様なら裏庭で坊ちゃまと日向ぼっこしていますが……」



 どうにも悲壮感がないリドリー殿の言動に、私は違和感を覚えた。


 リドリー殿は娘のことを可愛がってくれていたのだから、娘になにかあればこれほど平静にはいられないだろう。



「?! アイリスは無事なのか!?」



 彼女の両肩を掴んで確認した私の問いかけに、リドリー殿は何度も首を縦に振って答えてくれた。



「ひゃ、ひゃいっ!? あ、アイリス様なら今朝もステーキを12枚も完食されて元気に過ごしていらっしゃいましゅっ!」



 ガタガタと緊張して青褪めるリドリー殿の言葉に私は首を傾げる。



「ステーキを12枚も……?」



 呪いに臓腑も侵されている娘は小食だったはずだ。


 体調が悪い時には麦粥すらも啜ることが難しくなる虚弱な子だったはずなのだが……リドリー殿の発言と娘の姿が嚙み合わず、私は再び首を傾げた。


 いったい娘の身になにが起こったというのだ……?


 そんなやり取りをしていると玄関へと友が姿を現し、緊急の手紙を送ってきたその男は、私の姿を見て嘆息する。



「……うちの侍女を口説くのはやめてくれないかな?」



 そう言われて私は初めてリドリー殿の両肩を掴んで無作法にも顔を近づけている自分の姿に気付いた。



「ぬっ!? すまないリドリー殿!」


「い、いえっ! 眼福でちた!」



 私が肩を離すとリドリー殿は赤くなった顔を両手で覆い隠し「あ、アイリス様を呼んできましゅっ!」と踵を返して走り去っていく。


 その姿を見たメルキオルは肩を竦めて私に釘を刺してきた。



「彼女を側室にするつもりなら、まずはラウラを説得してね」


「……私は妻一筋だ」





 それから私は応接間へと案内され、なぜかとてもいい笑顔を浮かべるイザベラが淹れてくれたお茶を飲んで一息つく。


 彼女も落ち着いているということはアイリスの命に別状はないのだろう。


 ますます呼び出された意味がわからなくなった私は友へと説明を求める。



「――それで? どうして私は呼び出されたんだ? アイリスは元気なんだろう?」



 いちおう私も国王という重い役職を背負っているため、よほどのことがなければ呼び出されないはずなのだが?


 私に問いただされた友は珍しく言葉を濁した。



「あー……うん……アイリス嬢は元気なんだけどね……むしろ元気すぎるのが大問題というか……」


「ノエル坊にそそのかされてイタズラ娘にでもなったのか?」



 確かに王女の教育というのは友にも難しいのかもしれない。


 それなら父として私が説教してやろうと嘆息していると、応接間の扉がノックもされずに開いて元気な娘の声がした。



「あっ! パパだーっ!」



 ……まったくノックもせずに扉を開けるとは……娘には王族としての礼節を再教育しなければいけないようだ。


 娘が無事だったことにひとまず安心し、そして娘のほうへと振り返った私はそこにいた女神の姿を見て愕然とした。


 腰まで流れる艶やかな銀髪。


 極限まで整った顔立ちの中で輝く愛らしい蒼い瞳。


 神秘的な光を纏った新雪の如き肌を持つ幼い女神は、私のほうへと駆け寄ってきて、そのまま飛び上がって抱き着いてくる。



「パパーっ!」



 胸元へと飛び込んできた女神様を抱きとめて……そこで私は初めて女神が娘と同じ声を発していることに気が付いた。



「……アイ……リス?」



 は? え? なにが起こった!?


 どこからどう見ても健康的な娘の姿に私の頭が混乱する。



「みてみて! わたしキレイになったんだよ!」



 ……うむ、確かに美しい。


 溢れてくる涙で視界が霞んでよく見えないが、すでに目に焼き付いた娘の姿は絶世の美女と呼べるほど美しかった。



「お、お前……呪いはどうしたんだ!?」



 真っ先に思いついた疑問が口から零れ出ると、娘は元気良く答えてくれる。



「のえるが吸ってくれたの!」


「……は? 吸って……??!」



 確かにノエル坊はアイリスの血を吸おうとしていたが……それは止めるように釘を刺しておいたはずだ。


 そんなことをすれば親友の子供の魂が滅ぼされてしまう!


 創世神の呪いを吸った吸血鬼の末路を知っている私は慌ててノエル坊を探すと、彼はアイリスに続いてのんびりと応接間に入ってきた。



「お菓子はどこですか!?」



 いつも通りの挨拶をしてくる親友の子供に、膝から力が抜ける。


 そしてちょうど同じ高さの目線になった私の前にノエル坊が立ったので、私はアイリスを抱きしめるのとは反対の手で彼の身体に異常がないか確認した。



「ノエル坊……呪い……呪いは……?」



 手足を確認し、肌に触れたり服を触ったりしてみるが、どこにも異常は見られない。


 すでに何度も確認された後なのか、慣れた様子でボディチェックを受けたノエル坊は、私が手を離すと笑顔で意味不明なことを言ってきた。



「甘くて美味しかったです!」


「は?」



 そうしてアイリスの手を掴んで、二人で外へと駆けていく子供たち。


 その姿にイザベラが苦笑した。



「私たちがしつこく説教しましたから、呪いの話題が出ると逃げてしまうのですよ」


「……甘くて美味しかったというのは?」



 その質問にはメルキオルが反応する。



「僕にもちょっと信じがたいんだけど……うちの子は創世神の呪いを甘いお菓子みたいに感じているらしくて……だから今ではアイリス嬢の呪いを……毎日オヤツ感覚で吸っているんだ……」



 あまりにも常軌を逸したその答えに、私は喜びを通り越して頭痛がしてきた。


 我がミストリア王家が1200年以上も探し求めてきた呪いの対策を、三歳児がオヤツ代わりに解決する?


 ……そんなことがありえるのか?


 現実にそれを目にしていても、頭が理解することを拒んでしまう。


 夢だと思って頬をつねってみたが、赤くなるほど引っ張っても普通に痛かった。


 その痛みで全てが現実だと悟った私は親友を睨みつける。



「……お前の息子……ちょっと非常識すぎるだろ…………」



 礼よりも先に言ってしまった苦言に、メルキオルは弾んだ声で私の肩を叩く。



「……君が正しい認識を持ってくれて嬉しいよ!」



 そして問題児の子育てに悩む私と親友は、二人で仲良く頭を抱えた。





     ◆◆◆





 SIDE:ノエル



 応接間から逃げ出した私は、裏庭に設置したデッキチェアに寝そべって日向ぼっこを再開した。


 危ない、危ない……もう少しでまた説教されるところだったよ……。


 アイリスの血を吸ってからというもの、事あるごとに大人たちから説教されたため、私の耳は激しく呪いの話題を嫌っていた。



「まったく……父様たちは心配しすぎだよ。これだけ吸って異常がないんだから大丈夫なのに……」


「ねーっ!」



 いっしょに逃げてきた幼女からの相槌に、私はほっこりする。


 初めてアイリスの血を吸ってからというもの、私は彼女の血を吸いまくった。


 もちろん彼女が貧血にならないように調整はしたが、極少量の血液と、大量の呪いと、それなりの神聖気を吸い続けた私は、やはり創世神の呪いは私の魂には効かないということを確信した。


 だって毎日かなりの量を吸っているけど、まったく身体に異常がないんだもの。


 むしろ呪いを吸っていたほうが調子がいいくらいである。


 さらにはアイリスの血のおかげで神聖属性への相性が良くなった私は、遂に太陽光を気持ち良く感じることができるようになったため気分も上々だった。



「あ~、いいね~……身体がポカポカ温まってくるよ~……」



 こうして全身に光を浴びながらデッキチェアに寝転んでいると、皮膚からジワジワと太陽光が持つエネルギーが身体の中へと染み込んでくるのがわかる。


 これだよ、これ……私が田舎暮らしに求めていたのはこういう心地良さなのだ。


 清らかな空気と豊かな自然がもたらす解放感。


 都会では決して味わえない極上の贅沢に、私は日光を克服するために頑張ってきた自分の努力を心の底から称賛した。


 よくやったぞ、私! これで日向ぼっこが楽しめる!


 そうしてかわいい婚約者といっしょに日光浴を楽しむ私へと、飲み物を持ってきたリドリーちゃんが優しく声を掛けてくる。



「よかったですね、坊ちゃま。完全に日光も克服したみたいですし……これで変な修行も終わりにできますね!」


「そうだね」



 リドリーちゃんと見つめ合って私は微笑み、理想の田舎暮らしに向けて最初の一歩を踏み出したことを噛みしめる。


 そして続けて私が放った言葉で、なぜかリドリーちゃんの笑顔が凍り付いた。



「それじゃあ次はなにをしようか?」


「…………次?」



 なに言ってんだこいつ……と、鋭い目つきで見つめてくるリドリーちゃんに、私はしっかり頷く。



「日光浴を楽しむことなんて初歩の初歩だよ。充実した田舎暮らしを送るためには、他にもやらなきゃいけないことがたくさんあるんだ」



 きっとこれからも私は頼れるメイドさんに迷惑をかけて、世話を焼かれまくるだろう。


 今はそれがなにより喜ばしい。


 前世では他人との関わりなんて五月蝿いとしか思わなかったけれど、今の私には関わり続けたいと思える人たちがたくさんいるのだ。


 そしてそんな人たちと幸せな生活を送るためにも、私は理想の追求を続けるつもりだった。


 お風呂も欲しいし、娯楽も欲しいし、不労所得も欲しい。


 他にもペットを飼うとか、秘密基地を作るとか、芸術を嗜むとか、前世でできなかったことが山ほど残っている。


 私が理想とする田舎暮らしを実現するためには足りない物が多すぎて……どれから手をつけたものかと悩みながら、私は頼れる専属メイドさんに微笑んだ。



「だからこれからもよろしくね、リドリー」



 私が信頼の視線を向けると、リドリーちゃんは感涙しながら頷いてくれる。



「坊ちゃまは……本っっっ当に、手がかかりますねー…………」



 もはや恒例となりつつある台詞に癒やされて、私はこれから始まる田舎暮らしに思いを馳せた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

これにて第一章完結です。


次は閑話を挟んでから第二章に行く予定です。


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[良い点] 最高に面白かった!! 続きが気になります!
[一言] 他の王族も治せるね
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