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第125話  ルガット先生による吸血鬼講座 ②





SIDE:ノエル



 新たな商売をはじめてみたり生活物資を買い物しているうちに、この島に来てから二週間の時が流れた。


 つまり今日はルガット先生による二回目の吸血鬼教育の日。


 前回と同じ【蓋門島・中層】の尖塔へとアイリスとシャルさんに付き添われて訪れた私は、白髪の美人吸血鬼メイドさんから恭しく授業の開始を宣言される。



「それではノエル様、本日は前回のおさらいからはじめましょう」



 地下空間の内側に描かれた動く空の絵を眺めながら優雅に美味しいお菓子に舌鼓を打っていた私は、返事をしながら机に置いたスマリー(注・スマートメアリーの略、スマートフォンと同等か、それ以上の機能を持つ)を操作する。


 授業に集中するため無振動モードにしようとすると、その直前にスマリーが、ぷるっ、と震えた。



『そちらに骨と魚が行った。見かけても攻撃はやめておけ』


「???」



 なにやら授業の直前になって謎のメッセージを受信してしまったが、母様はちょっとスマリー音痴なところがあるから誤爆かなにかだろう。


 私は首を傾げながらも『気をつけます』と無難な返事を送り、今度こそスマリーを静かにさせて影の中へと返す。


 そうして私が授業を受ける準備を整えると、ルガット先生に姿見の前へと誘導されて『修行の成果を見せてみろ』と手の平で促された。


 暇な時間を見つけては地味な修行を繰り返していた私は、堂々と鏡の中央へと自分の姿が映るようにして、そこでここ一週間の頑張りを披露する。



「――【絶影】」



 鏡の中から私の姿が一瞬で消え去る。


 普段は自分の影を参考にしてこの修行を行っていたから、お菓子を食べながらその様子を見守っていたアイリスとシャルさんが興味深そうに鏡の近くまで寄ってきた。



「モグモグモグ……へぇ……ノエルがやっていた修行ってこういうものだったのね? 確かにノエルはそこらへんが不自然だったから納得だわ……モグモグモグモグ」



 ちなみにアイリスたちは私の護衛ということで、リドリーの代わりに付き添ってくれていた。


 アイリスの謎発言にシャルさんも同調する。



「モグモグモグ……うむ。妾やアイリスとは違って、どちらかと言えば吸血鬼はこっち寄りじゃからな……モグモグモグモグ」



 なにやら納得した様子のアイリスたち。


 そんな二人へと向かってルガット先生が唇の前に人差し指を立てると、二人は素直にお菓子のあるテーブルへと戻って行く。



「……これって【変身術】の修行なんですよね?」



 二人の物言いを疑問に思って先生へと訊ねると、白髪のメイドさんは困ったように苦笑した。



「あの二人はもともと完璧に近い存在ですから、生まれながら『正しい在り方』というものを心得ているのです。これはそのうち『解る』ものですから、今は気にせず修行を続けましょう」


「……はい」



 なにやらこの修行には【変身術】以外の意味もあるみたいだが、アイリスとシャルさんが何も言わないところを見るに、これは私が自分で理解するしかないということだろう。


 それが感覚的なものであることを察した私は言われるがまま【絶影】を続けた。


 ときどきルガット先生に突かれたりすると鏡の中に自分の姿が現れそうになるが、その度に自分の足を影の世界に浸して『影と一体化するような感覚』を身体に馴染ませていく。


 そうしてどんどん自分の身体を影に近づけていくと、やがてルガット先生が満足したように頷いて、鏡の中を指し示した。



「この状態です」



 そこには鏡の中で揺れる人形の蜃気楼が写っており、それを見たアイリスとシャルさんも後ろから感想を言ってくる。



「モグモグモグ……確かに良い感じね。かなり安定しているわ」


「モグモグモグ……うむ、それなら主君にピッタリじゃ!」


「どういうこと?」



 思わず聞き返そうとすると集中が途切れて鏡の中の蜃気楼が崩れたので、慌てて私は【絶影】の制御に戻った。



「……見学の皆様はお静かに」



 咀嚼音を響かせる観客を黙らせて、ルガット先生が私の肩を掴んで耳元で囁く。



「この鏡の像が揺らめいている状態こそ、最も吸血鬼が変身しやすい状態です。試しにこのまま少しだけ【変身術】を使用してみましょう」


「やっていいんですか!?」



 これまで先に進むことは禁止されていたから嬉しく思って確認すると、ルガット先生は厳しく釘を差してくる。



「ただし、変身していいのは私が見守っている間だけです。余所でも勝手に【変身術】を使用したら……その時はリドリーを連れて来ていっしょに怒りますからね?」



 勝手にリドルリーナ様のポジティブキャンペーン活動を展開している私は、先生の言葉に真剣に頷いた。



「もちろんやりませんとも!」



 ただでさえ拳骨をもらう要素があるのに、これ以上罪を重ねてしまったら、私の頭はこの世から消滅してしまうだろう。


 しっかり私がリドリーちゃんの拳骨を恐れていることを確認したルガット先生は、私の目を見て嘆息する。



「……よろしい。それでは続けましょう」



 先生の許可を得た私は意気揚々と拳を握る。



「まずは何に変身したらいいですかね?」



 蝙蝠か狼か、それとも知り合いの誰かか。


 これまで他の吸血鬼たちの【変身術】を目にしてきた私はそれを思い出しながら妄想を膨らませ、続けて告げられたルガット先生の言葉に困惑する。



「最初に変身するものは『自分自身』です」


「……自分自身?」



 意味がわからなくて首を傾げる私へと、ルガット先生は人差し指を立ててくる。



「?」



 不思議に思ってその指を凝視していると、すぐにルガットさんの指から小さな手と頭が生えてきて、それは私に語りかけてきた。



「真似してみてください。これが最も簡単な変身です」



 目の前でとても丁寧なお手本を見せてもらった私は、【変身術】の正しいやり方を理解する。



「ああ、そっか」



 吸血鬼は血に宿る遺伝子を読み取って変身しているのか。


 それならば動物や他人に化けるよりも、自分に化けるのが簡単だということにも納得できる。


 ルガット先生のお手本を参考に、自分の血に宿る設計図を意識した私は、それを目の前に掲げた指先に再現させてみた。


 種族固有の魔術というだけあって、それに必要な魔法の術式が自分の中に備わっていることは本能的にわかった。


 そして自分の血液からの遺伝子の抽出と、人差し指への遺伝子の転写は簡単に終わり……私の指先に小さな私が現れる。



「……ぷぁっ……あぁああっ…………」



 ルガット先生と同じ様にしゃべらせようとしたのだが、指先に現れた私をしゃべらせることはなぜか上手くできなかった。



「あれ? 完璧に模倣できたと思ったんだけど……」



 どんなに丁寧にしゃべらせようとしても人差し指の私は奇妙な音しか発することができない。



「ぷあっ……ぷぁああ……」



 優秀な頭脳を使ってお手本の技を完璧に模倣したはずなのだが……ルガット先生と私の技のどこに違いがあったのだろうか?



「ダメじゃな、これは」


「ええ、ダメダメね」



 いつの間にかお菓子を食べ尽くして私の近くに来ていたアイリスとシャルさんにもダメだしされて、さらに優しいルガット先生にまで困った顔をされてしまう。



「……これでもまだ自覚できませんか……上手く行けば今日で全ての教育が終わるかと思っていたのですが……どうりでメルキオルが教育をためらっていたわけです……」



 冷や汗を流しながら眉間を揉みほぐすルガット先生。


 その『とんでもない問題児を抱えた女教師』のような姿を目にして、私は我慢できずに唇を尖らせる。



「……どのあたりがダメダメなんですかね?」



 これまで戦闘以外は器用にこなしてきた自覚のある私が拗ねて見せると、アイリスたちは三人で顔を見合わせた。



「……こういうのって口で説明していいものなのかしら?」


「……やめておいたほうがいいでしょうね。本来は本能的に気付くものですから」


「……そうじゃな、無理に変えようとすると島ごと消し飛びそうじゃ」



 シャルさんの発言に深々と頷くアイリスとルガット先生。



「……なにそれ怖い」



 前回の授業で変身に失敗すると身体の中身が飛び出ることがあるとは聞いていたけれど……島ごと消し飛ぶってどういうこと?


 どうやらこの三人には私が知らない世界が見えているみたいなのだが、それを理解できない私は頭上に大量の疑問符を浮かべることしかできない。


 そして最終的に三人は説明を諦めてしまい、ルガット先生が今日の授業を締めくくった。



「これより踏み込んだ内容はプリメラーナお嬢様の監督がなければ無理です。お嬢様の授業までまだ半月ほどの時間がありますから、引き続き【絶影】の基礎修行を続けましょう。それまでノエル様は絶対に、私の監督なく【変身術】を使わないように」


「そこらへんは私も監視しておくわ」


「うむ、主君はすぐに無茶するからな……妾もしっかり見張っておくのじゃ」



 なにやら私を監視することで満場一致したアイリスたち。


 ちょっと上手くできなかったのが悔しかったからこっそり練習しようかと思っていたのだが……どうやら今回は冗談抜きで無茶をしてはいけないらしい。


 特に普段は呑気なシャルさんが真面目な顔をしているあたり、私がここで努力と根性を発揮してしまうと島が消し飛ぶとかいうリスクが本当に発生してしまうのだろう。


 どうしてただの吸血鬼でしかない私の修行にそんなリスクがつきまとうのか不思議に思いながら、それでも中身が大人な私は女性陣の忠告をしっかり呑み込む。



「ちぇっ……ようやく僕も蝙蝠に変身できると思ったのに…………」



 その呟きを聞いたシャルさんは、とても不思議そうに首を傾げた。



「……主君は吸血鬼をなんだと思っているのじゃ?」


「なにって、そりゃあ……」



 少し考えて、私は自分の吸血鬼観をざっくりまとめてみる。



「……やたらと肉体的な弱点は多いけど、社会を裏から牛耳る強大な種族?」



 その答えを聞いたアイリスたちは、三人で私を見つめながら声を揃えた。



「「「ああ…………」」」



 …………いや、なんで今ので納得したの???






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― 新着の感想 ―
確かに吸血鬼って、何だろうか 日光に貧弱で 状態異常につよくて 再生力がある 飲んだ血で成長する? ……ふむ?
なんすかね? 概念的なものが前世の記憶に引っ張られちゃってるとか?
前話でメルキオルが言ってた「大きな異常」ってのが、さらに謎になってきましたねー 続きが楽しみです!! そして向かったはいいけど何時着くのか分からない狂骨様(笑)
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