第114話 三公爵と大怪獣
SIDE:ノエル
それから私は師匠とリドリーちゃんが夜の海に咲かせる花火を観覧しながら、パーティー会場のテラス席でお茶会をすることになった。
私の左どなりにはアイリスが座り、アイリスは自分の左どなりへと白目を剥いて気絶したままのロレッタちゃんを運んできてくれる。
そして私の右どなりにはなぜかルガットさんが座って、私の対面にはバイロンさんと思われるイケメン執事と、ロレッタちゃんのお父様だと思われるゴリマッチョが座った。
……どうしてこんな大人たちとお茶会することになっているんですかね?
私は同年代の友達が欲しくてこの場へと足を運んだのに……。
いちおうロレッタちゃん以外にも同年代の吸血鬼はこの場にふたりいるのだが……ひとりはルガットさんの代わりにお茶を淹れているし、もうひとりはバイロンさんの後ろで執事のように直立不動の姿勢を取っていた。
なんとも気まずい席に迷い込んでしまった私はアイリスへとヘルプの視線を向けるが、彼女はロレッタちゃんを眷属にしたことをまだ少し怒っているのか、ぷくっ、とほっぺたを膨らませてそっぽを向いたまま私の太ももを抓っている。
そうして私がここから逃げ出す手段を見つけられないまま困惑していると、数字仮面を付けた白髪の女の子が全員分のお茶を並べ終わると同時に、イケメン執事が口を開いた。
「確かノエル君だったね? まずは自己紹介をさせてもらおう」
そう言って立ち上がった黒髪赤眼のイケメン執事は、ピシッ、と胸に片手を当てて、綺麗に一礼してくる。
「私の名はバイロン。プリメラーナお嬢様の右腕であり、執事を任されている者だ。そしてもしや君は私の派閥のメルキオルの元に生まれた――ノエル・エストランド君で間違いないだろうか?」
父様から子供が生まれた報せは受けていたのか、的確に私の名前を言い当ててくるイケメン執事。
「ああっ!? ご挨拶が遅れました! バイロン様がおっしゃる通り、メルキオルの息子、ノエル・エストランドでございますっ!」
バイロンさんがどれほど偉いのかよく理解していない私が慌てて立ち上がって自己紹介を返すと、
――ザザッ!
と、なぜか他のみんなも立ち上がって、私と同時に頭を下げてくる。
「?」
そして私が座ったことを確認してから、静かに腰を下ろす大人たち。
「???」
その不思議な行動に疑問符を浮かべた私に、ルガットさんが小声で忠告してくれた。
「ノエル様、この者たちに礼を尽くす必要などありませんよ? それとプリメラーナお嬢様の右腕はこの私です」
「黙れ腹黒! ……しかしその女の言う通り、君が私にへりくだる必要はないとも。なぜなら私とメルキオルはとても仲の良い師弟なのだからね? 私のことは是非、バイロンと気安く呼び捨てにしてくれたまえ」
まるで親戚のおじさんのように優しく微笑んでくれるバイロンさんに、ルガットさんが「チィッ」と舌打ちをする。
「……バイロンさんは父様の師匠なのですか?」
流石に呼び捨てにするのはどうかと思ったので、さん付けで対応させてもらうと、バイロンさんは少し悲しそうな顔をしたあと気を取り直したように破顔した。
「そうとも! いやぁ……懐かしい……彼はとても優秀な生徒でね? 君も若い頃のメルキオルにそっくりだ!」
父様に似ていると褒められて、私は素直に喜ぶ。
「いやぁ……それほどでもぉ……」
自分の頭に手をやってニマニマする私へと、満足そうに頷くバイロンさん。
そうして私が無事に派閥の長へと挨拶をしていると、となりにいる金髪赤眼のゴリマッチョがソワソワしながら立ち上がる。
「ぼ、坊主っ! 俺はプリメラ―ナお嬢の右腕にして第一の騎士! カプランという者だから、どうか覚えておいてくれっ!」
「あ、これはどうもご丁寧に」
急な挨拶に私が吊られて立ち上がると、やっぱりアイリスとルガットさんとバイロンさんも同時に立ち上がって一礼してくる。
……吸血鬼のお茶会だとみんなで立ち上がるのがマナーなの?
「……おいこの【筋肉達磨】」
「……ちょっと部外者は黙っていてもらえますか?」
頭を下げながらバイロンさんとルガットさんが冷たい声を出す。
どうやら彼らはみんなプリメラーナ師匠の右腕で、師匠には右腕が三本あるらしい。
少しこの場のノリに慣れてきた私が着席すると、他のみんなも座って私はカプランさんへと話題を向けた。
「あのぉ……カプラン様?」
「な、なんだっ!? 俺のこともカプランと呼び捨てにしてくれて構わないぞ!?」
ソワソワしながらロレッタちゃんへと視線を行き来させるカプランさんに、私は内心で冷や汗をかきながら大事なことを確認しておく。
「それではカプランさん……実は僕、おそらくあなたの娘さんと思われる女の子を【眷属化】してしまったのですが……そちらにいるロレッタちゃんはどうしたらいいのでしょうか?」
ペチペチと私の太ももを叩いてくるアイリス。
未婚の女の子を【眷属化】するなんて事案としか思えない行為だが、しかしカプランさんは私の発言に赤い瞳を輝かせてガッツポーズする。
「それだっ! 俺が坊主に確認したかったのはそれなんだっ! ここにいる俺の娘であるロレッタは、先ほど君の眷属になったんだよなっ!」
「あ、はい……ちょっと出血多量で死にそうになっていたので……血液を分け与えようとしたら、つい……」
私の言い訳にカプランさんは「うんうん!」と大げさに頷いて、パシンッ、と大げさに太ももを叩いた。
「つまり坊主は娘の命の恩人ということだなっ! それなら何も問題はないっ! 命の借りは命で返すのがカプラン家の掟! ロレッタのことは坊主の【筆頭眷属】として、いずれは嫁にでもしてやってくれっ!」
「嫁ならもう間に合っているわ!」
カプランさんの言葉にアイリスは左腕を動かして、ゴリマッチョの腹筋へとボディブローを叩き込む。
「ぐふぅっ!?」
続けて私が持つシャルさんを抜こうとする美少女を目にして、椅子から転げ落ちたカプランさんは慌てて発言を訂正した。
「……じ、侍女っ! 坊主の侍女の間違いだった! 流石はお嬢の弟子だ……凄まじい子供を侍らせているな……というかそこにいるのはシャルティア様かっ!? いつの間に島へと帰っていたのだっ!?」
「さっきじゃ!」
今日のシャルさんはアルルさんにオシャレな鞘を着せられて静かにしていたので、バイロンさんとカプランさんはようやく師匠の元愛剣の存在に気づいたのか、アイリスが半分抜いた剣身に目を見開いて驚いていた。
「これはっ……真の主を見つけたということですか……」
「おいおい……マジでこの坊主……お嬢を越える才能の持ち主だぞ……」
大人から大げさに褒められて、私は再び照れた。
「いやぁ……それほどでもぉ……」
まあ、あの師匠に追いつくのに何百年かかるのかはわからないけれど、師匠を越える才能とか褒められると悪い気はしないよね?
そんな私の様子を見て、カプランさんはロレッタちゃんの椅子を自分の近くへと引き寄せる。
「……あ、あっぶねぇ……バイロンは父親が同じ派閥だし……ルガットは早くから取り入っていたし……もう少しで俺の派閥だけ出遅れるところだった…………よくやったロレッタ!」
「「チィッ!」」
白目を剥いたロレッタちゃんの頭をグリグリ撫でているあたり、カプランさんとロレッタちゃんは仲の良い親子なのだろう。
そんな微笑ましい光景をお茶を楽しみながら眺めていると、テラスの手すりに張り付いて師匠とリドリーちゃんの戦いを観戦していた吸血鬼たちが「おおっ! レジェス様だっ!」と一際大きな歓声を上げた。
それに吊られて水平線の上へと目を向けると、そこでは師匠とリドリーちゃんの戦いに巨大なアラクネ女騎士が乱入してきていて……東京タワーのようなサイズの大剣を振り回す怪獣の登場に、リドリーちゃんが涙目で助けを求めてきた。
『坊ちゃまあああああああああああああああああっ!!!』
私は専属メイドさんを救出できないものかと転移魔法を使ってみるが、リドリーちゃんの足元に発生させた魔法陣は師匠に拳で割られて、水平線から悲鳴が聞こえてくる。
「いぃいいいいいいいいいいいいいっやああああああああああああああああっ!?!?!?」
ま、まあ……ルガットさんの地味だけど効果的な修行を経験したおかげか、リドリーちゃんの動きもメキメキ良くなっているし……あれはしばらく放置しても無事に帰ってくるだろう。
いちおうリドリーちゃんが二人の怪物から襲われているわけではなくて、巨大アラクネ女騎士に師匠とリドリーちゃんが協力して立ち向かう形になっているから、たぶんきっと大丈夫である。
アイリスや母様が振るう剣よりも素早く振り回される東京タワーをリドリーちゃんは紙一重で躱し、図体の大きいアラクネ女騎士の懐に潜り込んで渾身の【破城正拳】を叩き込むが、アラクネ女騎士の全身は昆虫の硬さと人間の柔らかさを持つ甲殻に護られているらしく、リドリーちゃんの拳はその巨体を少しよろめかせるだけで終わった。
「す、すっげぇ……あのレジェス様にダメージ入れやがった……」
誰かがそう呟いたのと同時に、アラクネ女騎士がここまで聞こえる大声で笑いはじめて、リドリーちゃんへとさらに速度を増した斬撃を繰り出す。
「――ふははははははっ!!!」
「――ぬぁあああああああああああああああああっ!?!?!?」
一発でも掠れば粉微塵になりそうな暴力の嵐をヒラヒラと間一髪で躱し続けるリドリーちゃん。
「――うおらっ!」
やがて師匠がアラクネ女騎士の顔を殴ったことでその攻撃は止まったけれど、海面に大きな水柱を立てながら二、三歩下がった大怪獣は、完全にリドリーちゃんを獲物と定めて戦士の顔で笑っていた。
「――いいなそいつっ! すごくいいっ! おいプリメラっ!? そいつ私に寄越せっ!」
「――ダメに決まってんでしょっ! この子はあたしのなんだからっ!」
「――私は坊ちゃまの侍女ですううううううううううっ!」
「――なんだとっ!? この私の誘いを断るというのかっ!?」
そうそう。
今の発言のせいでアラクネ女騎士からさらなる猛攻を受けているけれど、リドリーちゃんは私のメイドさんである。
そんな特撮映画のような戦闘を眺めながら、アイリスがリドリーちゃんを指差してカプランさんへと確認する。
「……ノエルの侍女になるということは……あのリドリーの弟子になるということでもあるのだけれど……それでも本当にこの子をうちの侍女にするの?」
娘が怪獣とまともに殴り合うような侍女になることを想像したのか、カプランさんは少し遠い目になったが、何度か私とロレッタちゃんを交互に見てから深々と頷いた。
「……う、うむ……うちはお嬢の『武』を支える家系だからな……我が子が強くなるなら願ってもないことだ……ロレッタのことは少し心配だが……なるべく俺も時間を作って面倒を見に行くことにしよう……」
将来的には私の家の女主人となるアイリスはしばらくカプランさんの顔を見つめていたが、その真っ直ぐな瞳に嘘偽りは無いと判断したのか、最終的にはロレッタちゃんが侍女になることを認めてくれた。
「この子はあくまで侍女ですからねっ!」
愛情深い婚約者から釘を刺され、私はロレッタちゃんに性的な命令をしないことを心の中で固く誓う。
「……う、うん…………」
いや、今のロレッタちゃんはまだ少女だから私のストライクゾーンからは外れているけれど……将来的にはアイリスと同じくらい大きくなりそうだから、確かに少し心配ではあったのだ。
そんな私の下心を察したのか、すかさずルガットさんがアイリスへとひとつの提案を出した。
「そういうことでしたら、私の娘のグレースもノエル様の侍女としていかがでしょうか? この子にはそちらのロレッタを見張るようにキツく言い聞かせておきますので、監視の目があったほうがアイリス様も安心できるのでは?」
ルガットさんから紹介されて、赤文字で『Ⅶ』と書かれた数字面の少女が頭を下げる。
「…………」
彼女の髪色はルガットさんと同じ白髪で、グレースと呼ばれた少女もルガットさんと同じくらい胸元に将来性を宿していた。
私の視線を読み取ったらしく、ルガットさんからの提案に悩むアイリス。
「……それはライバルが増えるだけのような?」
すると今度はバイロンさんが後ろに立っている黒髪の若執事を手の平で差して、新たな提案を出してくる。
「それなら私の子供のアルフォンスもいかがでしょう? この子ならノエル君の執事にもピッタリですし……猫避けにも使えますから、正妻である貴女も安心できるのでは?」
「むむっ!」
その提案には心惹かれるものがあったのか、アルフォンス君へと視線を向けるアイリス。
しかしアイリスが全身の観察をはじめると同時に、アルフォンス君の胸元から『ブチッ』と布が破れる音がして、
「きゃっ!?」
「「なっ!?」」
甲高い悲鳴とともに、ポヨン、と膨らんだ若執事の胸元に、私とアイリスは驚愕させられた。
片手でテーブルナイフをくるくる回しながら、ルガットさんが忠告してくる。
「騙されてはいけませんよ、アイリス様……そこにいるアルフォンスも立派な『猫』ですから。お嬢様の執事を自称するその【エセ執事】は、娘にも男らしい名前を付けているのです」
「チィッ」
……なんでそんなハニートラップみたいな子を仕込んでくるんですか?
「むむむっ!」
ロレッタちゃんひとりのほうが安全なのか、それとも人を増やして監視させ合ったほうが安全なのか、しばらくアイリスは悩んでいたが、彼女が最終的な答えを出す前にこの修羅場とも呼べる会話に乱入してくる者がいた。
「――三人ともノエルの眷属にしちゃいなさいよ?」
激戦の末に気絶したリドリーちゃんを担いで、いつの間にか水平線の上から私たちが座るテーブルの横へと移動していた師匠は、ちょうど目の前にあったバイロンさんのお茶を、グビッ、と飲み干して、続けて暗い夜の海から地響きとともに迫ってくる大怪獣を親指で差す。
「ちょっと厄介なのに目をつけられたから、しばらくリドリーはあたしが預かるわ。あいつわりとしつこいから、諦めるまでこの子の代わりが必要でしょう?」
「むむむむっ!」
なおも悩むアイリスへと、師匠はトドメのアドバイスを囁く。
「……眷属にしたほうが『自分の子供』って感じがして、子作りのライバルになる可能性は格段に落ちるわよ?」
「! そういうことなら受け入れましょう!」
「そう……じゃあ、代わりもできたことだし、この子はあたしが預かって行くから」
さらり、とリドリーちゃんを攫っていくことを宣言する師匠に、私はジト目を向けた。
「……ちゃんと返してくださいよ?」
主人として引き抜きを心配する私に、師匠はニヤリと笑う。
「それはほら! リドリー次第ってことで!」
「ちょっとぉ!」
私は慌ててメイドさんを返してもらおうとするが、神出鬼没な師匠は、パッ、とリドリーちゃんとともに姿を消して、
「――そいつを寄越せっ! プリメラぁあああああああああああああっ!!!」
ちょうど海から飛び上がったアラクネ女騎士が、パーティー会場へと手を伸ばした。
「「「「――あっ……」」」」
会場にいる全員がアラクネ女騎士の蛮行に呆気に取られた声を出し、甲子園球場くらいありそうな巨大な手の平が上から降ってくる。
ぷるっ!!!
――ズッガァアアアアアアアアンッ!!!
そして大きな赤いクッション越しに伝わる凄まじい衝撃とともに、吸血鬼たちのお茶会は強制終了させられた。




