第113話 吸血鬼の若君
SIDE:ノエル
「――んぎゃあああああああああああああああああっ!?!?!?」
バチバチと黒い雷を発しながら大広間の真ん中に浮かぶ金髪ドリルを見て、私は自分の魔力が籠もった血で輸血をしてしまったことを深く反省した。
吸血鬼が血を与えると【眷属】ができる。
どうやらそれはメアリーやゴリアテのような魔物だけでなく、同じ吸血鬼同士でも発生する現象だったらしい。
……いや、少なくとも私は吸血鬼を【眷属化】できるなんて聞いたことがないし、実際に私は赤ん坊のころ父様から血をもらっても平気だったのだが……目の前で起こっている現象が吸血鬼相手でも【眷属化】が成立することを証明していた。
「――ひぎゃああああああああああああああああああああっ!?!?!?」
黒い雷に巻き付かれ、破壊と再生の嵐に絶叫する金髪ドリル。
「そっかぁ……僕の血で輸血するとこうなるのかぁ……」
吸血鬼相手には【神聖魔法】を使えないからって、咄嗟に自分の体内にある血を分け与えてしまったのは失敗だったな……。
いちおう私の血に宿っていた【神聖気】には【燐気】をぶつけて中和したし……吸血鬼ならこれで完全回復すると思ったんだけど……。
「……うん、次からは気をつけよう」
そうして全てを見なかったことにして反省を終えようとした私の頭を、リドリーちゃんが、スコンッ、と裏拳で叩いてくる。
「気をつけようじゃありませんよ……どうするんですか、これ……」
力づくで現実逃避をキャンセルさせられた私は、同年代の女の子を【眷属化】してしまった事案に頭を抱えた。
「…………ノエル?」
ちゃ、ちゃうねんアイリス……これは故意にやったわけではなく、完全な事故やねん……。
だから私の顔を穴が開きそうなほど凝視しないで……。
そうしてうちの女性陣に責められて私が頭を抱えていると、会場を満たすバチバチが収まって白目を剥いた金髪ドリルが落ちてくる。
「おっと」
自然落下させるのは可哀想なので【血液操作】で受け止めてあげると、【眷属化】したせいなのか、金髪ドリルちゃんへの庇護欲のようなものが湧いてきた。
「……メアリー、この子の名前は?」
ぷるっ!
私が訊ねると、優秀なメアリーは当たり前のように『ロレッタ』という血文字を作ってくれたので、私はロレッタちゃんの身体を浮かべてリドリーちゃんへと預けた。
べつに私がお姫様抱っこしてあげてもよかったんだけど……ロレッタちゃんは特定の部位が大きいからアイリスの目が怖いんだよね……。
「じー…………」
婚約者の視線が痛いっ!
婚約者の視線が痛いですっ!
そうして私がアイリスの神聖気光線を浴びてジリジリ焼かれていると(おそらくエスメラルダさんが使うのと同じ耐性貫通系の能力と思われる)、ロレッタちゃんの獣面を剥いだリドリーちゃんが嬉しそうな声をあげる。
「あらかわいいっ! 坊ちゃま、坊ちゃま! この子、私の後輩にしてもいいですか!?」
……君は後輩が欲しかったの?
しかしリドリーの後輩ともなると苦労することは確実なので、ロレッタちゃんの未来を想像したアイリスは一瞬で嫉妬の感情を霧散させた。
「……かわいそうに……この子はもう平穏な生涯を送れないのね……」
まだリドリーちゃんの後輩にするかどうかは決まってないんだけどね?
すでに新人メイド育成コースを考えている二人に、私はやんわりとロレッタちゃんの人権を主張する。
「……いや、彼女にも親御さんがいるだろうから、僕たちだけで勝手に決めることはできないよ」
とりあえずこれは師匠かルガットさんあたりに相談かな?
と、私がロレッタちゃんの処遇を真面目に考えていると、会場の窓から蝙蝠の群れと大きな狼が飛び込んできて、蝙蝠の群れは執事の格好をしたイケメンに、狼は筋肉隆々の騎士みたいな格好をしたゴリマッチョへと姿を変えた。
黒髪赤眼のイケメン執事は先ほど会場を飛び出して行ったバイロンさんで、金髪赤眼のゴリマッチョは……ロレッタちゃんの父親だろうか?
ロレッタちゃんも金髪赤眼だし、どことなく顔立ちが似ている気がする。
そうして私が二人の男を観察していると、ゴリマッチョがこちらに鋭い視線を向けてきた。
「……おい、どういうことだ……お嬢の『血』が上書きされたぞ?」
ゴリマッチョの呟きに、イケメン執事も私を凝視してくる。
「……あ、あり得ない……お嬢様の血はラグナリカが生み出した『完璧な血』なのに……今の現象はこの世の法則から外れている……」
「……それじゃあ【邪術】の類か?」
「……いえ、そちらもあり得ませんよ……減らすことしかできない邪術使いは【眷属化】を使えなくなるはずです……彼らは創世神の意思に逆らえないのですから……」
しばらく二人は囁きあって何かを相談していたが、やがてゴリマッチョのほうが片手で髪をクシャクシャしながら大声を上げた。
「ああもうっ! しちめんどくせぇっ! わけわかんねえなら本人の身体に直接訊いてみるかっ!」
「!? おい待てっ!? お前はどうしてそう短絡的なんだっ!」
そして闘気を漲らせて近づいてくるゴリマッチョ。
「むむっ! これは強敵ですねっ!」
「……メアリーも入れて三人がかりならなんとかなるかしら?」
アイリスとリドリーちゃんが戦闘態勢を取ると、私たちの前に白い霧が集まって見慣れたメイドさんが現れる。
「――はいはい、そこまで!」
パンパンと手を叩いて現れたメイドさんに、イケメン執事とゴリマッチョは凄く嫌そうな顔をした。
「……ルガット……やはりあなたが黒幕ですか……」
「……この【腹黒女】が……今度はどんな陰謀を張り巡らせやがった……」
悪口を言われながらもルガットさんは私の頭を撫でて、二人に向かって勝ち誇った顔をする。
「陰謀とは人聞きの悪い。私はただ自分の『教え子』が、【エセ執事】と【筋肉達磨】からイジメを受けそうになっていたので、ひとりの大人として優しく助けに入っただけですよ」
ルガットさんの発言に、ゴリマッチョが眉を顰めた。
「……そいつはお前の弟子なのか?」
「私の弟子だなんて恐れ多い! この子はあくまで私の『教え子』です――」
そこまで言ってルガットさんは三日月のように口元を歪ませて、私の背中に抱き着いてくる。
「だってこの子は他ならぬ、お嬢様の愛弟子なのですから……ねえ? お嬢様?」
その呼びかけに呼応して、
「――そういうことだから、あんたたちもよろしくー」
いつの間にか私の隣へと現れた師匠が私のほっぺたを突っついた。
「あ、師匠! 来てたんですか!」
「「「「「――んなっ!?」」」」」
イケメン執事とゴリマッチョどころか、私たちの発言に会場中にいる吸血鬼たちが驚愕の声を上げる。
「?」
いちおうこれは師匠が主催しているお茶会なんだから、お偉いお嬢様が顔を出してもおかしくないだろうに……彼らはなにをそんなに驚いているのだろうか?
アイリスが力付くでルガットさんを私から引き剥がそうとする中で、師匠は私に向かって凶悪な笑顔を向けた。
「ここで最後まで勝ち残った若い吸血鬼には、ご褒美としてあたしが直接『お稽古』つけてあげることになってんのよ…………それで? あたしはまたあんたと戦えばいいわけ?」
……なにそのクソイベント!?
その言葉に危機感を抱いた私は、咄嗟に身代わりとなる生贄を用意する。
「そういうことでしたら僕はまだ修行中の身ですので……こちらのリドリーに教育をお願いします!」
「んなっ!?!?!?」
ドサッ、とロレッタちゃんを床に落として、二、三歩後ずさるリドリーちゃん。
彼女との戦いに興味を抱いたのか、師匠は凶悪な笑みを深めてメイドさんへと視線を向けた。
「へぇ……それはそれで面白そうねぇ……」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくださいっ! 私だって坊ちゃまと同じで修行中の身ですから! ほらっ! 今もこの通りっ!!!」
頭に乗った花瓶を必死で指差すリドリーちゃん。
しかし師匠は完全に楽しそうな遊び相手に照準を合わせてしまったらしく、パチッ、と指を鳴らしてルガットさんにリドリーちゃんの花瓶を撤去させた。
「腹に力入れなさい」
そう言って一瞬でリドリーちゃんとの距離を詰めた師匠が、メイドさんのお腹へとパンチを叩き込む。
「――っ!? ふんがぁああああああああああっ!!!」
すぐに命の危機を察して赤髪赤眼になったリドリーちゃんは、会場を揺らす師匠のパンチを腹筋で受け止めて三十メートルくらい床の上に足で二本の線を引いた。
「「「「「――おおっ!?!?!?」」」」」
師匠の剛腕に耐えきったメイドさんの勇姿に、会場中の吸血鬼たちが拳を握る。
お腹から薄く煙をたなびかせるリドリーちゃんは、すぐに次なる一撃に備えてファイティングポーズを取って、それを見た師匠は嬉しそうに肩を回した。
「良い感じに仕上がってるじゃないっ! 魔力を込めてないとはいえ、あたしの全力パンチを受け切ったこと褒めてあげるわっ!」
「……いま魔力を込めてないとか言いましたか?」
素の身体能力だけで放たれた拳で震度三くらいの地震が起こったことに冷や汗を流すリドリーちゃん。
すでに逃げ腰になっているメイドさんに悠然と歩み寄りながら、完全に戦る気になった師匠は全身に魔力を纏いはじめる。
「まずは5%くらいの力で行くから……せいぜい死なないように気をつけなさい?」
たった5%の力で、すでに天地が鳴動していた。
「……遠慮しておきますっ!」
「逃がすかっ!!!」
雷の速度で窓から逃げ出すメイドさんと、それを上回る速度で追いかける師匠。
私たちも二人の姿を追いかけて海を見渡せる会場のテラス席へと移動すると、ちょうど水平線の上から師匠に襲われて涙目になったメイドさんの悲鳴が聞こえてくる。
「――いぃいいいいいいいいいいっやぁあああああああああああああっ!?!?!?」
泣き喚きながらも師匠の拳打を的確にいなしているあたり、流石はリドリーちゃんと言ったところか……会場にいる若い吸血鬼たちも彼女の善戦っぷりに湧いていた。
「――すげぇっ! すげぇよ、あの獣人っ! 皇女様とまともにやり合ってやがるっ!」
「――行けっ! 殺れっ!」
「――俺たちの日頃の恨みを晴らしてくれっ!」
「――おい馬鹿っ! 公爵様たちの前で流石にそれはマズいだろっ!」
「――だけどこんなチャンス滅多にないわよ!? いつもは勝ち残っても皇女様からボコボコにされるだけでしょう!?」
「――いや、ちょっと待て……というか今日のお茶会ってこれで終わりか?」
「「「――っ!?」」」
なにやら若い吸血鬼たちの視線が私へと向けられる。
「――こ、皇女様のお茶会なのに……」
「――ま、まったく痛い思いをしていないだと……」
「――もしかしてだけどさ……あの髑髏面の子が参加してくれたら、これからずっとこういう流れになるんじゃない?……【血液操作】で勝負したら、ずっとあの子が勝ち残るわけだし……」
「――なん、だと……っ!?」
口々に騒ぐ彼らの言葉は聞き取れなかったけれど、なぜか彼らは手を合わせ、仮面の下から涙を流して私に頭を下げてきた。
「――ありがとうございますっ! ありがとうございますっ! これで開催が発表されるだけで血尿が流れ出るクソイベントから解放されますっ!」
「――救世主だっ! あの御方は俺たちヴラド系吸血鬼の救世主だったんだっ!」
「――若様ありがとうっ! 生まれて来てくれてありがとうございますっ!」
「「「――若様っ! 若様っ! 若様っ!」」」
……これまたワチャワチャしていて彼らの言葉はほとんど聞き取れなかったけれど……どうやら私の呼び名は『若様』で定着したらしい。
集団芸の代表をちゃんとこなしたことで、私は彼らの仲間として認められたのかもしれない。
同年代の子供たちと仲良くなる流れを作ってくれたルガットさんの差配に感謝しつつ、私は三人の大人たちに囲まれて困惑する。
「ルガット! 貴様はどうしてこんな大事なことを隠していたんだっ!」
「お嬢様に弟子ができたなら私たちにも伝えるのが筋でしょうがっ!」
ゴリマッチョとイケメン執事にルガットさんは責められているようだが、彼女はそれを無視して飄々とした態度で私の頭を撫で続けた。
「これから先は新たな時代がやってきますから、あなたたちのように情報収集能力の欠如した者は淘汰されていくでしょうね? なにを言われようと、この子と最も親密な関係を築いている吸血鬼は私ですから」
「「っ!? この腹黒がっ!!!」」
私を囲んで喧嘩する三人の大人たち。
「なにやら負け犬の遠吠えが聞こえますねぇ……いいんですか? この子の優しい先生にそんな態度を取って?」
「「ぐっ!?」」
「オーッホッホッホッ! いいですかノエル様? ここにいる【エセ執事】や【筋肉達磨】と仲良くしてはいけませんよ! 無能と馬鹿が伝染りますから!」
「「ぐぬぬぬぬっ!!!」」
そしてはじめて吸血鬼のお茶会に参加した私は、田舎者らしく、なるべく存在を消しながら首を傾げた。
……ところでロレッタちゃんはどうしたらいいんですかね?




