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第112話 カプラン家の第八公女

少し時間が遡ります。





SIDE:ロレッタ・カプラン



 私たちヴラド系吸血鬼は、冷たい砥石の上で磨かれる剣のような生涯を送ります。


 物心ついたころから太陽光を浴びる拷問を受け、魔力が枯渇するまで【血液操作】の鍛錬を行い、再生能力を磨くために子供同士で殴り合うのが私たちの苦痛に満ちた日常……。


 それもこれも我らの偉大なる始祖である【鮮血皇女】様が、実の子供を作らなかったことがすべてのはじまりです。


 たとえ永遠の時を生きる【不老種】でも、万が一の場合に備えて跡継ぎは選んでおくものなのですが……【金月神・ラグナリカ】様に創られた最後の始祖である皇女様は『吸血鬼として完璧な血』を持つが故に、女神が創造した血を薄めることに意味を見出さなかったのだとか。


 だから皇女様から直接血を分け与えられた三人の公爵たちは、今日も互いに自分の配下を争わせることで皇女様に見初められる吸血鬼を生み出そうとしているのです。


 皇女様の侍女として『影』を統べる【冷血】のルガット。


 皇女様の執事として『金』を管理する【鉄血】のバイロン。


 皇女様の騎士として『武』を磨き続ける【熱血】のカプラン。


 私のお父様も含めたこの三柱の大公爵たちは、口には出しませんが皇女様の跡継ぎを熱望しており、それ故に私たちは己の才覚を磨き抜くことを常に求められておりました。



『――美味いか? ロレッタ? 今日はジャンジャン食えって、大きく強くなれよ!』



 冷たい石棺の中。


 今日も私は幼い頃の温かい記憶に縋りながら、憂鬱な気持ちで目を覚まします。



「……はぁ…………」



 固くて狭くて冷たい不快な場所を寝床にすることで強い身体を作り上げる。


 寝返りを打つことすらできないこの石棺の中で寝ると、自重で圧迫された皮膚の血流が阻害されて寝ダコができるため、寝ながら再生能力を鍛えることができるのです。


 これがカプラン家における、最も寝心地の良いベッド。


 カプラン家で教えられるこの鍛錬法にはもう慣れましたが、寝心地と目覚めた時の不快感は最悪の一言で、私は今日も苦しい一日がはじまったことを呪いました。



「おはようございます、ロレッタ様」



【公爵】級吸血鬼の娘として付けられた侍女が私が目を覚ましたことを察し、石棺の蓋を開けます。



「くっ……」



 途端にカーテンの取り払われた窓から差し込む朝日が石棺の中にも侵入してきて、私は肌が焼かれる苦痛に顔を顰めました。


 カプラン家では窓を布で覆うことを禁じられており、私たちは少しでも太陽光への耐性を付けるため、朝日とともに起床して薄明かりに肌を焼かれながら生活するのです。


 本来は夜に活動する種族である吸血鬼が昼に生活するのはだいぶ変わっていますが、これも名家の子女として生まれた私に課せられた修行の一貫でした。


 まったく……愚神が浮かべた太陽なんて消え去ってしまえばいいのに……この光を嬉々として浴びる人間どもの気がしれません。


 石棺の中で深呼吸して肌が焼ける痛みに寝起きの弛んだ精神を慣れさせて、私は起き上がって侍女へと確認します。



「……今日の予定は?」



 すると侍女は手帳を広げ、それを長々と読み上げました。



「このあと六時に少量の血液を素早く召し上っていただきまして、六時五分から近接格闘術の訓練、八時から血液操作の訓練、九時三十分から礼儀作法の勉強をしながら休憩とし、一一時からは――」



 淡々とスケジュールを告げてくる侍女の言葉を片手で制し、私はいつものようにひとつだけ確認を取ります。



「――夜に時間は取れますの?」



 その質問に、普段は鉄面皮を貫く侍女の顔が、少しだけ悲しげに崩れました。



「……お嬢様……申し訳ございませんが、あの店はもう……」



 ……そうでしたわ。


 数日前に髑髏面を持つ新参者の吸血鬼に絡んだことで、私は【迷板亭】を使えなくなってしまったのです…………あの店はお忙しいお父様との温かい思い出がある唯一の店ですのに……。


 その現実を思い出した私は、【血流闘法】で強化した拳を石棺へと叩きつけます。



「――おのれルガット!」



 あの夜のことはなぜかほとんど覚えていないのですが……【迷板亭】で皇女様の意匠の髑髏面を勝手に使う吸血鬼をこらしめてやろうとした私は、気がつくとカプラン家の強襲部隊とともに路地裏に転がされていたのです。


 なぜか店を摘み出されたことまでは覚えているのですが……それ以上のことを思い出そうとすると全身が震えてきて、



「――うぐっ!? 赤いプルプルがっ!? 赤いプルプルいやああああああああああああっ!?」


「お、落ち着いてくださいロレッタ様! ここには赤いプルプルなどおりませんっ!」



 ……あの夜のことを思い出そうとするたびに錯乱する私の状態を見たカプラン家の主治医からは、こんな診断を受けました。



『圧倒的強者による精神の蹂躙』



 おまけにあの夜の情報は徹底的に消されていたらしく、それらの情報からカプラン家の上層部は【冷血】のルガットが関与しているのではないかと判断したのです。


 お父様と同じ【公爵】級の吸血鬼が相手ならば【迷板亭】の出入り禁止を取り消すことができないことにも説明がつきますから、あの夜の一件は深追いしないようカプラン家の吸血鬼全体に命令が出されておりました。


 いちおう翌朝にもう一度だけ私兵の部隊を派遣してくれたのですが……その者たちも私と同じように錯乱して、記憶喪失の状態で帰ってきたのだとか……。



「……最悪ですわ……どうしてこんなことに…………」



 ……つまりあの髑髏面は【冷血】の縁者ということですの?


 そうして厳しい修行生活の仲にある唯一の癒やしの場所を失ってしまった私へと、さらに侍女は申し訳なさそうに追加の情報を伝えてきます。



「……ロレッタ様。どちらにしろ本日は空いたお時間を作れません。今宵は皇女様が主催する例の『お茶会』がありますから」


「……ああ、そうでしたわね」



 ……あまりにもクソイベントすぎて記憶から消そうとしていましたわ…………。


 我らが始祖である【鮮血皇女】様は、定期的に吸血鬼の若者を集めた『お茶会』を開催しており、そこで最後のひとりになるまで戦い抜いた吸血鬼は、偉大なる皇女様から直接指導を受けることができるのです。


 いちおう子供の教育の一貫ということで殺しは禁止されておりますが、それでもこの戦いの宴に参加した者の中には精神を病んでしまう者も現れるほど危険な『お茶会』です。


 同年代の吸血鬼たちが集まって、互いの血が入り混じったお茶を飲むことで友好を深める。


 はるか【神古紀】の時代から戦い続けてきた【鮮血皇女】様は、わりと本気でそれが若者の仲良くなる方法だと思っている節があるため、私たちは定期的に拳で殴り合うことを強要されておりました。



「……どうして皇女様ってこう……血の気が多いのでしょうか……」



 怖くてこれは口にできませんけれど……皇女様ってとんでもない戦闘狂ですよね?


 神古紀の存在はみんな頭がおかしいのかしら?


 だってあの御方が主催するイベントは必ず大量の血が流れる地獄になりますから……。


 私たちヴラド系吸血鬼は、だいたい両手の指で数え切れないほど、あのメスガキを殺してやろうと思ったことがあります。


 まあ……皇女様は超強いので絶対に殺すことなどできないのですが……。



「……我慢してくださいませ……これはヴラド系吸血鬼なら誰もが通る道なのです……」



 幼い頃に同じ経験をしたのか、遠い目になる私の侍女。


 その圧倒的な強さは純粋に尊敬できますけれど……しかし基本的に皇女様が考えるイベントはクソというのが我々の共通認識でした。


 そしてろくでもない予定を告げられて再び私は嘆息し、吸血鬼として生まれたことを呪います。


 意気消沈する私に、侍女は優しく頭を撫でてくれました。



「そう気を落とさないでくださいロレッタ様……きっと今回のお茶会で勝ち残ればカプラン様からも褒めていただけるはずですから」


「っ! ……そうですわよね!」



 普段は公爵としての仕事が忙しくて、実の娘とも滅多に会話できないお父様ですけれど……彼女の言う通りここで私が活躍すれば、また【迷板亭】に連れて行ってくれるかもしれませんっ!


 流石に【公爵】級の吸血鬼が直接来ればオーナーも出禁を解除してくれるでしょうし……そこに一筋の光明を見出した私は、それから『お茶会』がはじまる夜に向けて、身体を温めるため厳しい鍛錬に打ち込みました。





     ◆◆◆





 ――そして夕方。


 完全に西の海に日が沈んだことを確認してから、お父様の意匠である獣の仮面を付けた私は島の【表層】にあるカプラン屋敷を出立します。


 目的地である【白猫館】は、【鮮血街】と【可憐街】の境にある建物です。


 上位の吸血鬼たちは太陽光を修行に利用するため島の【表層】に屋敷を構えることが多く、皇女様が支配する【鮮血街】で暮らすことは吸血鬼たちにとって一種のステータスとなっており、それ故に吸血鬼が催す大きなパーティーも【表層】で行われることがほとんどでした。


 坂道が多い島の【表層】では馬車を使えませんから、私は侍女に先導されて徒歩で会場へと向かいます。



「――ロレッタ様!」



 会場の前まで着くと、そこにはすでにカプラン派閥の若い吸血鬼たちが集まっていて、私はお父様の娘として厳粛な対応をします。



「気安く名前を呼ぶんじゃありませんわっ!」



 ゴッ、と全力の頭突きをぶち込んで差し上げますと、私の名前を呼んだ男子は、頭から血を吹いて仰向けに倒れました。



「おおっ!? 流石は【石頭】の姉御だぜっ! これなら他の派閥のやつらもイチコロだっ!」


「誰が【石頭】ですかっ!」



 ゴッ!



「ぐはぁっ!?」



 そしてもうひとつ額から血を吹く噴水が増えたところで、私は鼻を鳴らします。


 ふんっ……こちとら名家の子女として幼少の頃より鍛えているのですから、そこらの男子に遅れは取りません。


 さっそく気合いを入れた私は、この場に集まった八歳から一二歳の吸血鬼たちの注目を浴びて、これからはじまる戦いへの指揮を上げます。



「あなたたちっ! 今日は死ぬ気で戦いますわよっ! まずは憎きルガットとバイロンの派閥のやつらを血祭りにあげて、最後のひとりを決めるのはそれからですっ!」


「「「――押忍っ!!!」」」


「皇女様と戦いたくないからって、手を抜いたらぶっ殺されますわよっ! 皇女様にっ!」


「「「――お、押忍っ!!!」」」


「アルフォンスとグレースは私が戦りますから、あなたたちは他の雑兵どもを掃除しなさいっ!」


「「「――押忍っ!!!」」」



 バイロンとルガットの子供たちを統べるライバルの名前を出して作戦を伝えてから、私は決戦の場となる【白猫館】へと入場します。


 会場ではすでに徒党を率いたバイロンの実子であるアルフォンスと、ルガット派閥の若きエースであるグレースが待ち構えていて、



「灰になる準備はできているかい?」


「……今日こそ殺すっ!」



 いつものように二人はさっそく【血液操作】で威嚇してきます。



「それはこちらの台詞ですわっ!」



 もちろん私も二人をぶち殺すくらいの気合いで【血液操作】を飛ばしました。


 ぐぬぬぬぬっ!


 うちの派閥は人数こそ多いものの……基本的に【血流闘法】を得意としている子が多いので、こういった遠距離戦では押し切れません。


 そうしてほとんど拮抗する実力で【血液操作】によるメンチ合戦を繰り広げていると、私は会場の隅に見慣れぬ子供を発見しました。



「うーむ……これはどうしたものだろう……」



 ひとりだけ三つの派閥から外れて、呑気にメンチ合戦を見学している黒髪の子供。


 その子の顔には見覚えのある『髑髏面』がくっついていて――



「――ああっ!? 貴様ぁああああああああああああああっ!?!?!?」



 私は思わず憎きそいつへと向かって駆け出しました。


 練り上げた魔力を血液に乗せて頭部へと集中させ、鍛え上げた【血流闘法】の技を繰り出します。


 喰らえっ――【金剛頭突き】っ!



「うおらっ! 死にやがりませっ! この痴れ者がぁっ!」



 皇女様の意匠を無断で使用しているだけでなく、私から【迷板亭】という癒やしの場を取り上げた痴れ者に、そして必殺の一撃が叩き込まれ、



 ――ゴッ!!!



 有り得ないほど硬かった髑髏面の頭に、私は逆に脳ミソを揺らされることになりました……。



「……うきゅぅ…………」



 額が割れてピュー、ピューと、大量の血液が吹き出します。


 私の頭突きが効かないなんて…………こ、この男は何者ですのっ!?


 そして揺れる視界で事の成り行きを見守っていると、私が敗れたことを目にしたカプラン派閥の吸血鬼たちが【血液操作】を髑髏面へと集中させました。


 およそ八〇の吸血鬼たちが発する全力の思念。


 普通の年若い吸血鬼ならばこれだけで血祭りに上げられるところですが……しかし髑髏面の男はそんな思念の大波の中でも平然としており、それどころか髑髏面を見た他の派閥の者たちが【血液操作】を集中させても、そいつは一滴の血も流さず平然と立っておりました。


 ……こ、こんなの有り得ませんわっ!?


 まだ子供とはいえ総勢二〇〇名の吸血鬼が全力で思念を飛ばしておりますのよ!?


 それをたったひとりで耐え切るだなんて……そんなのお父様でもできるかどうか……。


 なにか自分が根本的なことを間違えている気がしましたが……脳ミソが揺れているせいで思考が上手くまとまりません。


 やがて収束された【血液操作】の大波へと不快感を示した髑髏面は自然な仕草で手を動かします。



「――ちょっとやめてよ」



 まるで顔の周りを飛ぶハエを払うような感覚で発せられた『まったく気合いの入っていない適当な思念』は、そのまま私たちが【血液操作】で制御している体内の血を一滴残らず支配下に置いて、髑髏面と私たちの間にある才能の差を、ほんの一瞬でわからせてきました。



「「「「「――っ!?!?!?」」」」」



 全身にのしかかるそのプレッシャーから感じ取れるのは、ときどき皇女様が遊び半分で発する【血液操作】と同等の――『完成された吸血鬼』が発する神の如き精神力。


 一個人では決して太刀打ちできない自然災害に近い圧倒的な力を前に、そしてようやく私は『彼』が何者なのかを認識します。



 ――【鮮血皇女】様だけに使うことが許された髑髏の意匠が齎す意味は、彼が正統な皇女様の『跡継ぎ』だということ……。



 ときどき調子に乗った若い吸血鬼が格好つけて付ける飾りではなく、彼の仮面には本物の権威が宿っていたのです。


 そんな大物に喧嘩を売るどころか頭突きまでかましてしまった私は、全身にのしかかる【血液操作】の力に押しつぶされて意識を失っていきます……。


 小さく聞こえてくる跡継ぎ様たちの声は、愚かな私の処刑方法でも検討しているのでしょうか……。



「やるな主君っ! どいつもこいつも蟻ん子のように地べたを這いつくばっておるわ!」


「……坊ちゃま? 私、ちゃんと『ハメを外すな』って言いましたよね?」


「……いや、これは僕がやったんじゃなくて……おそらく異世界の『ダチョウ』がよくやる集団芸の一種だよ……髑髏面には『どうぞどうぞ』の主役を決める目印みたいな役割があったんだ……」


「なにわけのわからないこと言ってるんですか!?」



 申し訳ございませんお父様……私は決して敵に回してはならない相手に喧嘩を売ってしまいました……。


 カプラン家はもう終わりかもしれませんわ……。



「ノエルっ! なんかこの子、出血多量で死にかけてるわよっ!?」


「ええっ!? なんでっ!?」


「うむ、割れた(ひたい)が下になっとったのが原因じゃな! 主君のトドメで大噴射しておったわ!」


「ちょっ!? シャル様気づいてたなら言ってくださいよっ! この子血を失いすぎて灰になりかけてるじゃないですかっ!」



 そして深い絶望とともに、私が完全に意識を失う直前…………



「そんなことより輸血っ! 輸血っ!」


「あっ!? 待って!? あなたの血を分け与えたら――」



 …………私の中にとんでもない『力』が流れ込んできました。







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― 新着の感想 ―
そう言えば、吸血鬼って神聖魔法で回復出来ないんだっけ? だから輸血しようになったのかな??
皇女さま頭おかしいから同じように頭おかしくないと普通に地獄やろな...
ドリル眷族一丁上がり!
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