第110話 アイリスとキノコの賢者
SIDE:アイリス
朝食を終えてノエルたちと別れた私とシャルは、謎の授業を受けるために【骸骨亀】の頭にある灯台を目指した。
島の外周部を歩いて、船の墓場の向こうに灯台が見えてきたら、廃船の上へと飛び乗って移動を続ける。
生首のままだと持ちづらいからシャルを剣の状態にして背負っていたのだけれど……どうも幼い私が剣を持って歩いているとカモだと思われるみたいで、すぐに私とシャルは柄の悪い男たちに囲まれてしまった。
「へっへっへ……いけねえなぁ? こんなところを女の子がひとりで歩いちゃあ」
「そうそう! 悪い大人に捕まって売られちまうぜぇ?」
見た目からしてこの島に巣食う海賊たちかしら?
この一週間で改めてメアリーに頼んで島の情報を集めてもらったけれど、私たちが新生活をはじめたこの島は、御伽噺に出てくる【骸亀島】と呼ばれる島でもあった。
極悪人の巣窟。
海賊の根城。
死者たちに守られた宝島。
セレスの図書館から取り寄せてもらった本にはたくさんの異名とともに、島を目指す船乗りと海賊たちの物語が書かれていたけれど……どうやらそれは現実に存在する島だったみたい……。
「ゲヘヘ……お嬢ちゃん……今からおじさんたちと遊ぼうか?」
いちおう髪色を黒くして包帯を巻いておいたけれど、それでも私は商品として海賊たちのお眼鏡にかなってしまったらしい。
ゾロゾロと廃船の中から湧いてきた海賊たちを前に、私はシャルの柄へと手をかける。
「おっ! 殺るのか?」
嬉しそうに神気を漲らせるシャル。
この男たち相手ならそこまで切れ味はいらないと思うけれど……傷口は綺麗なほうが治しやすいので、私は彼女のやる気に水を差すことをやめた。
「ちょっとだけ、ね」
「おい! 無駄な抵抗すると痛い目に――」
海賊のひとりが私の腕を掴もうとしてきたので、私はシャルを抜いてそいつの首を素早く切断した。
「知らない男に触られるのは嫌い」
「相変わらずお主はおっかないのー」
しかし殺すほどではないので、私は海賊の首が地面に落ちる前に治癒魔法をかける。
「え? は? いま俺死んで……?」
「こ、こいつ島内の住人かっ!?」
そのまま硬直した他の海賊たちの間を走り抜けて、似たように斬ってから治してあげると、彼らは手にした武器を放り投げて散り散りに逃げ出した。
「あんなに弱いなら人攫いなんてしなければいいのに……」
「運も実力もないド三流の悪党たちじゃったなー」
シャルを背中へと戻した私は他の敵がいないか確認するため周囲を見渡す。
今いるあたりはちょうど巨大亀の首のあたりで、海面の下で首の骨に引っかかっているのか、他の場所よりも多くの廃船が集まっていた。
特に【骸骨亀】の首の根本に当たる部分には山のように廃船が重なっていて、その奥からは強力な魔力を感じる。
「そういえばノエルが【中層】より下もあるんじゃないかって気にしていたけれど……巨大亀の首の部分からなら甲羅の下に入れるんじゃないかしら?」
島を探索するうちにわかってきたことだけれど、この島の【表層】は巨大亀の甲羅の上に堆積した土の上に造られていて、【中層】はその土の中をくり抜いて甲羅の上に造られているみたいだった。
【中層】に建つあの巨大な塔の群れは、おそらく甲羅に生えた棘を利用したものだろう。
つまり骸骨になっている亀の中身が空洞なら、ノエルが言う通りこの島にはさらなる下層があるのだ。
敵の排除を終えて観光気分に戻ると、シャルも私の意見に同意してくれた。
「ふむ、神気を込めた糸で廃船の山が固定されとるな……それほど隠すつもりはないようじゃが、あの下に何かがあるのは間違いなさそうじゃ」
今日のところは用事があるから冒険するわけにはいかないけれど、暇な時にでもノエルたちを誘ってデートしてみよう。
「……こういうのにワクワクするのって……お義母様の性格が感染ったのかしら?」
そうして自分のスケジュールに大好きな彼と遊ぶ予定を追加した私は、手紙の用事を終わらせるために【骸骨亀】の頭へと足を向ける。
一〇分くらい海に浮かぶ廃船の上を移動すれば、一面に草と花が生えた離れ小島が見えてきて、その中央にはキノコの生えた大きな灯台が聳え立っていた。
「目的地は……あれで間違いなさそうね?」
「なんか見覚えがあるのじゃ! デジャヴというやつかの!」
シャルが見たことあるのなら、やはりここにいるのはシャルの知り合いなのだろう。
敵意がないことを示すためにも私はシャルを変身させて、生首を抱っこする形で離れ島へと上陸する。
潮風が吹く花畑の上を歩いて行くと、エストランド領へと戻ってきたような気がして、私は自分の中に芽生えた懐郷の気持ちに苦笑した。
すっかり故郷があの土地になってしまったみたい……お父様に知られたら泣いてしまうかしら?
今もきっと王都でクーデターの処理に追われているだろうお父様のことを思い出しながら、私は灯台の入口へと手をかける。
……まあ、知らない王族が悪党の巣窟に潜んでいるというのも大問題なので、私はお父様の代わりにこちらの問題に対処するとしましょう。
うちの家系の『お姫様』って……いったいこの先にはどんな曲者が待っているのかしら?
「行くわよ、シャル」
「うむ」
深呼吸して気持ちを落ち着けてから扉を開くと、中からモワッと胞子と濃密な【燐気】が溢れ出てくる。
咄嗟に呼吸を止めて薄暗い灯台の内部を見渡すと、円形の内壁にはズラリとキノコが生えており、その中央にはひとりの少女が佇んでいた。
彼女の足元には人形をしたキノコの塊があって、少女はそれを冷たい蒼い瞳で見下ろして呟く。
「……えっちぃ目で見られるのは嫌い…………」
おそらくアレはスティングが言っていた乾物屋の店主だろう。
壁に並ぶキノコには、その全てに人形をした苗床があり、その材料を知った私はいつでも戦えるように身構えた。
痴れ者の処理を終えた少女は、自分のテリトリーへと入ってきた私へと振り返る。
「っ!?」
彼女を正面から見た私は、その姿に思わず息を呑んだ。
蒼い瞳に、長い銀髪。
私によく似た顔立ちと、全身を冒す呪いの傷跡。
身体のところどころにツギハギしたような糸の痕があるけれど、その姿は間違いなく、小さいころに王宮で目にしたものだった。
「……し、始祖王様?」
それはミストリア王国で唯一、王位についた最初で最後の女王。
蒼月神ミストリアが生んだ一粒種にして、創世神の呪いを強く受けてしまったせいで、たったの五十年たらずで天に召された本物の【半神】。
王家の霊廟で眠っているはずの偉人の登場に、私は咄嗟に【追憶の瞳】を発動させて、彼女の過去へと目を向ける。
「っ!?」
……いや、違う! この人は始祖王様じゃない!
それどころかこいつはミストリア王国で最も偉大な先祖の死体を盗んで――
「――覗き見されるのは嫌い」
同じ蒼眼を黒く光らせた彼女の呟きとともに、私の魔眼の力が弾き返される。
「なっ!?」
「ぬおっ!?」
そして唐突に発生したキノコの津波が抵抗する間もなく私とシャルを飲み込んで、目の前に怪しく輝く蒼い瞳が現れた。
「でも……かわいいのは好き!」
それから私は……とてつもなく酷い目に遭った……。
◆◆◆
SIDE:ノエル
ルガットさんの授業を終えて新居に帰ると、ドレスが山のように積まれたリビングでアイリスがぐったりしていた。
「先に帰ってたんだ? それにしてもかわいい格好してるね?」
「あらあらまあまあ! ずいぶん女の子らしくなっちゃって!」
普段の彼女なら決して着ることがないフリフリのピンクドレス姿を不思議に思って私とリドリーちゃんが反応すると、アイリスは遠い目をして今日の授業の様子を教えてくれた。
「……半日くらい着せ替え人形をやらされたのよ…………」
「……オシャレの授業でも受けてきたの?」
「ええ、まあ……九割くらいはそんな感じだったかしら……あんなに酷い拷問がこの世にあるとは知らなかったわ……」
女の子からしたらドレスの試着とか楽しそうなものなのに……どうやらうちの母様に教育された我が婚約者様は男らしい性格に育ってしまったらしい。
フリフリドレスから着替える余力もないのか、アイリスはソファでぐったりしたままリドリーちゃんへと仕事を頼む。
「リドリー、ドレスの片付けお願い……いちおう賢者様の手作りだから丁重に……」
「それはもちろん構いませんけれど……アルル様という賢者様はどんな人だったんですか?」
ドレスを空間魔法で収納しながらメイドさんが確認すると、アイリスはソファから起き上がって深々と嘆息した。
「意外と悪い人ではなかったわ……ミストリア王家の霊廟から死体を盗んで自分の身体にしているみたいだけど……たぶん悪い人ではなかったわ……」
どうやらアイリスが会った賢者様は墓荒らしだったらしい。
「……それは完全に極悪人じゃないですか?」
「……いちおうちゃんとした基礎教育もしてくれたのよ……アルル師匠はミストリア王国の誰よりも、魔眼と燐気の扱い方に精通していたの……」
「……アイリス様が師匠認定するほどですか…………」
呆れたリドリーちゃんによって生首状態の私がソファに置かれると、今度はアイリスがこちらの様子について訊ねてくる。
「……ところでノエルもまた変わった格好をしているわね? 今日はどんな授業を受けて来たの?」
私は久しぶりに別行動していた婚約者へと、授業の様子を話して聞かせた。
「それが【変身術】について習ったんだけどさ……僕が編み出した修行法にリドリーがいちいち文句を付けてきて――」
「――当たり前じゃないですかっ! 今のご自分の姿を鏡で見てみてくださいよっ!」
「まあ、今の僕は鏡に姿が映らないんだけどね?」
「ああっ、もうっ! 坊ちゃまのドヤ顔がウザいっ!」
「……ずっと生首でいるわけじゃないわよね?」
流石に自宅に生首が二つもあるのは嫌なのか、我が家の治安を心配するアイリス。
「修行が終わったら元に戻るよ!」
そうして私たちが今日の出来事を楽しく雑談していると、台所の扉が開いて頭にリボンを着けたシャルさんとスティングさんがメアリーを連れて現れる。
「凄いぞ、主君っ! 今夜はご馳走じゃっ!」
「おいっ! 小僧っ! 貴様は眷属にどんな教育を施しているのだ!? 次から次へと便利な機能を発揮しやがって……うっかり料理を作りすぎてしまったではないか!」
美味しそうな晩御飯を運びながら憤慨するスティングさん。
ぷるっ!
完全に餌付けされたメアリーが自慢気に震え、続けてシャルさんが私の姿を見て瞳を輝かせた。
「おおっ!? 主君も生首になっておるではないかっ!?」
「ふふんっ! どうだいシャル? これが【変身術】の基礎ってやつだよ!」
「……いや、それは上位吸血鬼たちが使う高等技術では……貴様はいったいどんな化け物から『基礎』を習ってきたのだ……?」
呆れた顔で私の変化を観察しながらも、テキパキと料理を並べてくれるスティングさん。
シャルさんが騒ぐだけあってメアリーの機能を使って専属料理人の作ってくれた料理の数々は素晴らしいクオリティで、それからしばらく私はアイリスに介助してもらって、美味しい夕食に舌鼓を打った。
さらに豪華な食事の後には、アイリスがソファの下から光る箱を出してくれる。
「そういえば……アルル師匠からノエルにお土産があったんだったわ…………」
「えっ!? ほんとにっ!?」
そう言ってアイリスが神聖気で作った箱から取り出した呪いの塊は、とろけるように美味しいチョコレートケーキの味がした。
「!? なんて物を食べているんだっ!?」
ケーキを独り占めする私にスティングさんがドン引きしているけれど、これは限られた人しか食べられないやつだから味見は遠慮してもらいたい。
そして一日かけてしっかり吸血鬼の基礎教育を学んできた私は、美味しいデザートをすべて平らげて、これを贈ってくれたアルルさんへと感謝した。
「アイリスの師匠っていい人だね!」
「え、ええ――」
今日の授業内容を思い出したのか、アイリスが遠い目をして呟く。
「――この世の禁忌を何千と犯した【死霊術師】だけどね…………」




