第104話 神対応と離島の夜
SIDE:ノエル
テーブルには懐かしのごちそうが所狭しと並んでいた。
ピザにパスタ。
グラタン、パエリア、ガーリックトースト。
鉄板の上で肉汁を飛ばす熱々のハンバーグに、フライドポテトと唐揚げの山。
最後に人数分のステーキを持ってきてくれたオーナーさんへと、パエリアを頬張りながら私はサムズアップする。
「素晴らしいですよレイラさんっ! この料理は本物以上ですっ!」
よくぞここまで日本の料理を再現してくれたものである。
むしろこの店の料理は写真に載った姿を忠実に再現しようとしているせいか、実際にファミレスで口にする料理よりもクオリティが高かった。
美味しい味に夢中になってテーブルの料理を攻略していく女性陣たちも、私の言葉に同意してくれる。
「なんですかっ! この美味しい料理は!? 神々の料理ですか!?」
「おいっ! 早く食べるのじゃリドリーっ! ぜんぶアイリスに食われてしまうぞ!?」
「はしたないわよ、シャル。もっとよく味わって食べなさい」
メアリーの触手を六本操って豪快に食事をするシャルさんの横で、テーブルマナーを守って綺麗に食べているはずのアイリスが、誰よりも高くお皿を積み上げていることが不思議だった。
夢中になって食事をする私たちへとレイラさんはこんな提案をしてくれる。
「そんなにこの料理が気に入ったなら、このメニューが作られた世界の研究をしている第一人者を紹介してあげようか?」
「っ!? 是非ともお願いします!」
それはつまり地球の研究者ということだから、元地球人として純粋に興味が湧いた。
レイラさんが注文用紙に書いてくれたメモを受け取って、私はそれを失くさないように影の中にいるメアリーへと預ける。
ここに行けば私の愛車を探す手がかりも見つかるかもしれないし、貴重な情報をくれた幽霊さんへと私は深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。生活が落ち着いたら行ってみます」
「ええ、君が持っている知識があったら、そいつに教えてあげてね?」
パチッ、とウインクしてくるレイラさんに、私は自分の正体が見透かされたことを察した。
ヤバいなこの島の人たち……めちゃめちゃ勘が鋭いわ…………。
師匠といい、ルガットさんといい、レイラさんといい……千年以上の時を生きているような存在は、ちょっとした言動だけでこちらが異世界人であることを見抜いてくるらしい。
今のところは友好的な人たちだけにしかバレてないから大事には至っていないけれど、島にいる間はもっと言動に気をつけたほうがいいだろう。
なるべくお口をチャックしておこうと心に刻んだ私は、寡黙な吸血鬼となるため大きく切り分けたハンバーグを口の中へと放り込む。
「んん~っ! コーラ飲みたい!」
流石にあちらの飲み物までは再現できていないみたいなので、リドリーちゃんに代用コーラを要求すると、彼女は突き出した私の手を、ペチッ、と叩き落とした。
「……飲食店であんなもの出したら出禁を食らいますよ! いちおうアレは呪物の類なんですから!」
そうだね……もっと言動には気をつけたほうがいいよね……。
エストランド領では当たり前にしていたことができないのは悲しいけれど、しかしそうして余所の土地での生き方に慣れていくことも、立派な吸血鬼になるためには必要なのだろう。
そしてまた少し大人になった私はコーラを我慢しながら食事を再開しようとして、
「――ちょっと! どうして新参者の吸血鬼がこの席を使っているのですかっ!?」
新たに店へと入ってきたひとりの少女に絡まれた。
甲高い声音のほうへと視線を向けると、そこにはゴージャスな金髪をドリルみたいに巻いた赤眼の女の子がいて、私のことをまるで汚物でも見るかのように睨みつけている。
真の紳士を目指している吸血鬼としては、ここで立ち上がって麗しいレディへと挨拶をするべきなのだろうが、ちょうど自分の言動を反省していた私は余計なことを言わないようにフライドポテトを食べ続けた。
ちなみに女性陣は美味しい料理に夢中なため、振り向きもせずにディナーを続けている。
そうしてポテトを齧りながら私だけが黙って少女へと視線を向けていると、額にビキビキと青筋を走らせた金髪ドリルが自動で爆発した。
「ああんっ!? このロレッタ・カプランを無視するとはいい度胸ですわねっ!? 仮面の意匠が持つ意味も知らない新米吸血鬼のクセにっ! いいでしょう……大公爵の愛娘に楯突いたこと、死ぬほど後悔させてあげますわっ!」
なにやら私がテーブルに置いた仮面を指差して怒りはじめたドリルは、パチッ、と指を鳴らしてカウンターにいたレイラさんの注意を引きつける。
「オーナーっ! どこにいるんですのオーナーっ!」
どうやら彼女にはレイラさんの姿が見えていないらしく、店中の客たちの注目を集めたドリルに、レイラさんは嘆息しながら近づいてきた。
「あー……はいはい。なんですか? カプラン家のお嬢様?」
ドヤ顔で腰に手を当てて、ドリルはイキり散らかす。
「ここにルールをわきまえぬ不届き者がいますわっ! 上位者が奥の席を使うのがこの店のルールでしょう!? 今すぐカプランの名の下に、どちらが上なのかを教育して差しあげなさいっ!」
明後日の方向を向いてキャンキャン喚き散らす少女にしぶしぶ近づいてきたレイラさんは、ドリルとシャルさんを交互に見てからすぐさま行動を起こす。
「かしこまりました」
そう言ってドリルの襟首を摘み上げるレイラさん。
「ちょっ!? はっ!? なにをしておりますのっ!?!?」
そのままレイラさんは少女を持って入口まで飛んで行き、ポイッ、とまるで虫でも摘み出すようにドリルを外へと放り投げた。
静かに扉が閉められて、レイラさんがシャルさんの横へと転移してくる。
「大変失礼いたしました、シャルティア様。公爵の分際が喧嘩を売ってきましたが、いかがいたしましょう?」
必要ならば出禁にしますが、と続けて聞いてくるレイラさんに、シャルさんは適当に答える。
「ん? そんなことはどうでもいいのじゃ! それよりこの唐揚げというやつをもっと持ってくるのじゃ!」
「御意のままに」
そしてスッと消えて厨房へと追加の注文を告げに行ったレイラさんを見送ったあとで、私はテーブルに乗った生首へと確認をする。
「シャルってさ……もしかしてすごく偉いの?」
その質問にグラタンを貪っていたシャルさんは顔を上げて、
「今さらなにを言っておるのじゃ主君……妾は世界一偉いに決まっておるじゃろう」
「――あっ!? シャル様!? それに顔を突っ込むのはやめてください! うわっ……髪の毛にチーズが絡んで酷いことになってる……」
シャルさんのやらかしに気づいたリドリーちゃんは、急いで周囲を見渡して店の隅にあった掃除用のバケツを持ってきて、魔法で洗ったバケツに水を張って生首をそこへと突っ込んだ。
「ぬおっ!? いきなりなにをするのじゃっ!?」
「こらっ! 抵抗しないでください! これ固まったら絶対取れなくなるやつですからっ! チーズが柔らかいうちになんとかしないとっ!」
「うぷっ!? ま、待つのじゃリドリーっ! 剣に戻ればっ……剣に戻ればすぐに取れ――っ!?」
使命感に燃えるリドリーちゃんと、溺れるシャルさん。
「……料理が冷めたらもったいないわね」
アイリスはライバル二人がいない隙に、シャルさん用に届いた唐揚げを頬張っている。
そしてジャブジャブとバケツで丸洗いされる世界一偉い生首を眺めて、熱々の唐揚げを影の中の眷属へとお裾分けしながら、私はしみじみ呟いた。
「公爵相手でも客を守ってくれるなんて……この店サービスいいなぁ……」
◆◆◆
「ありがとうございました~♪」
カランコロン。
と、レイラさんのほくほくした笑顔に見送られ、オヤツ用のピザを持って店を出た私たちは新居へと帰る。
かれこれ三時間近くも食事を続けていたせいか、すっかり夜が更けた【学食通り】は人影も少なくなって落ち着いた雰囲気になっていた。
食事中に隣のテーブルにいた【合成獣】の紳士から聞いた話によれば、このあたりの店は食事をメインに提供しているため、酒飲みは【学食通り】で食事を取ったあと別の区画へと移動していくらしい。
「混雑するのが夕方だけなら快適に過ごせそうだね?」
夜間の住環境を心配していた私が星空を眺めながら話しかけると、ピザの箱を山のように持ったアイリスが同意してくれる。
「ええ、先ほどから襲ってきている連中もたいした腕ではないみたいだし、これなら落ち着いて暮らせると思うわ」
人狩りが平然と行われている島だけあって治安はそこそこ悪いのか、私たちが店を出た直後から黒づくめの格好をした盗賊たちが頻繁に襲撃を仕掛けてくるのだが、雷の速度で動くリドリーちゃんによってほとんどが私たちの視界に入る前に撃退されていく。
主人の手を煩わせることなく外敵を排除してくれるとは、リドリーちゃんも立派な戦闘メイドさんになったものである。
「――おいっ! これは俺たちがカプラン様の配下と知っての狼藉かっ!?」
「――な、なんでこいつは頭に陶器を乗せたまま高速で動けるんだっ!?」
「――いやあああああああっ!? こないでっ!? こないでえええええええええっ!?」
「――せいっ!」
ごつんっ!
路地裏から響いてくる戦闘音をBGMにして、私たちは食後の穏やかな空気を楽しむ。
「おっ! 最後の賊が討たれたのじゃ! 三〇人で襲ってきて五分ももたんとは情けない連中じゃのう」
シャルさんが言う通りちょうど戦闘が終わったらしく、建物の屋上に出てきたリドリーちゃんが盗賊のリーダーと思われる人物を掲げる。
「アイリス様~、この人たちどうしますか? そこらへんに転がしとくのもマズイと思うんですけど?」
盗賊の後処理に困っているらしいリドリーちゃんが確認すると、私よりもそういったことに詳しいフィアンセは、平然と影の中を指差した。
「あとのことはメアリーに任せておきなさい? 二度と襲う気になれないように、恐怖を刻み込んでリリースしてくれるから」
「はーい」
そして影から伸びてきた赤い手に賊のリーダーを渡すリドリーちゃん。
いちおう私は自分の影にいる眷属へと注意しておく。
「傷を残したらダメだからね? ちゃんと健康体で返してあげるんだよ?」
ぷるっ!
影の中に現れた魔眼と乱杭歯の口が三日月のように歪んでいたけれど……これで彼らはちゃんと魔法による治療を受けることができるだろう。
「……知っとるか、主君? 治癒魔法で傷を治されることほど恐ろしいことはないのじゃぞ?」
「? リドリーのパンチだと骨の二、三本は逝ってるから、治してあげたほうが親切じゃない?」
私は真っ当な意見を言ってみるが、しかしアイリスはシャルさんのほうに同意する。
「メアリーが治癒魔法を使うと大半の人間は絶望するのよ。うちの暗黒騎士たちからも『治療してくださるのはありがたいけれど、終わり無き苦痛のはじまりを予感するからやめてほしい』ってクレームが来ていたわ」
「……ビジュアルの問題かなぁ?」
そんな会話をしていると、すべての賊をメアリーが回収したことを確認したリドリーちゃんが合流してくる。
「…………」
「……どうしたの? 怪我でもした?」
珍しく神妙な顔つきになっているメイドさんを心配すると、彼女は頭の陶器を指差して震える声を出した。
「わ、私……気づいてしまいました……この修行はゆっくり効いてくる遅効性の毒みたいなものなのです……朝から何度も陶器の数を変えられているせいか、微細なバランスの変化を求められて……いつもは使わない筋肉まで鍛えられて……身体の芯からミチミチ変な音がするんです……」
修行の意味を理解して青ざめるリドリーちゃんの後ろから白霧が湧いてルガットさんが姿を表し、四つめの陶器を追加した彼女は弟子の耳元で嬉しそうに囁く。
「これ、向こう一ヶ月は続けますから。寝ている間も休めるとは思わないように」
そしてまた霧に戻るルガットさん。
「……た、助けて……坊ちゃまぁ……アイリス様ぁ……このままだと私はずっと立ったまま眠ることになっちゃいます……」
インナーマッスルを鬼のように鍛えられるリドリーちゃんは可愛そうだが、しかし師匠たちの修行を止めることはできないので、私とアイリスは合掌して、ちょうど到着した新居の外階段へと踵を返した。
「い、いやっ……いやあああああああああああああああああぁっ!?!?!?」
逃げ場はないと悟って背後で崩れ落ちるリドリーちゃん。
私はそんな彼女に申し訳ないと思いながらも、二階の扉をノックしてさっそくできた隣人を呼び出す。
「スティングさーん!」
敵地に潜伏しているつもりなのか最初は返事がなかったが、大家特権でしつこくノックを続けると、ようやく不機嫌な青年が顔を出した。
「…………なんの用だ?」
ガチャリ、と扉を少しだけ開けて、隙間から様子を窺ってくるスティングさんに、私は【迷板亭】でもらってきたお土産を手渡す。
「たぶん晩御飯まだですよね? これ、ピザっていう料理なんですけど、美味しいので是非とも食べてみてください!」
お裾分けは田舎におけるコミュニケーションの基本。
そして扉の隙間からピザ箱を捩じ込まれたスティングさんは、良い匂いのする箱と私の顔を交互に見てから表情を失くした。
「……俺は自分が【吸血鬼ハンター】だと言ったよな?」
「言われましたけど、なにか?」
田舎者のお裾分けは半強制なのである。




