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第11話  三歳児の日常(夜)





 悲報! 炎上訓練は的外れだった!




 これまで身体が燃える痛みに耐えて頑張ってきたのに、まさか精神力のトレーニングだったとは……。


 いや、それはそれでなにかの役には立つのだろうけれど、問題は私の目標が『日向ぼっこを楽しむ』ことだという点だ。


 もしも全身炎上トレーニングの成果が本当に『精神力の上昇』だったとするならば、私の身体が太陽光で燃えなくなったのは『MNDのステータスが上がって魔法防御力が上昇したから』ということになる。


 このまま精神力を上げていけばやがて太陽光で受けるダメージがゼロに近づいて煙すら立たなくなる可能性は高いけれど、しかし日光を私の身体が攻撃と見なす限り、日向ぼっこをした時に『気持ちいい』と感じられる可能性は低かった。


 たとえダメージがゼロだろうと、攻撃を受けていたら不快に感じるのではないか?


 前世で人間だったころ日光浴を気持ちいいと感じていたのは、それが肉体にとって有益な効果を持っていたからだと思うのだ。


 日焼けして皮膚が焼けるのはダメージかもしれないけれど、それ以上に免疫力を高めてくれたり、ビタミンDが生成されたり、精神を安定させる効果があったりと、太陽光を浴びることは生物として利益がたくさんあったから心地よく感じていたのだろう。


 つまり私が目指すべきは太陽光がもたらす不利益(ダメージ)を少なくすることではなく、太陽光から利益を得られる肉体を作ることである。


 今更ながらそんな根本的なことに気づいたよ……。


 吸血鬼に生まれた以上、それが難しい目標であることはわかっているが、どうにかして達成しなければ私が理想とする田舎暮らしは実現できないだろう。


 それ故に、私は新たな修行法を探す必要があった。


 日が暮れるまで日光浴をしながら新しい修行法について悩んでいた私は、夕食時に父様へと聞いてみる。


「父様、聖水を飲んでみてもいいですか?」


「……僕の胃に穴が開くからやめて?」


 教会で清められた水を飲み続ければ、いずれそこに含まれる栄養素的なナニカを吸収できるようになると思ったのだが、父様には全力で反対されてしまった。


「なんだ? 新しい修行か?」


 目の前でモリモリと肉を食べる母様の質問に、私は首肯して答える。


「聖なる力を自分のエネルギーに変えたいんです。これまで僕は日光耐性の獲得を目指していましたが、本当は日光から力を吸収する体質にならなければいけないのだと気づきました」


「うむ、志が高いのはいいことだ。メル、聖水を買ってやったらどうだ?」


 母様が援護射撃をしてくれたが、父様は首を横に振る。


「聖水を飲んでそんな力が手に入るなら、とっくに吸血鬼は日光を克服しているよ……薄めた聖水を吸血鬼に飲ませる行為はわりと有名なんだ……日光に当てるよりも酷い拷問として……」


 それこそ何十年にもわたって聖水を飲まされた吸血鬼がいるらしく、そんな吸血鬼でもデイウォーカーにはなれなかったらしい。


「ダメかー……いいアイデアだと思ったんだけどなー……」


 半日かけて絞り出したアイデアが不発に終わって私は落ち込んだ。


 肩を落とす私へと父様が優しく声を掛けてくれる。


「ノエルはもう十分に日光を克服しているよ? だからそろそろその修業は終わりにしたらどうかな?」


「いえ、太陽光には絶対に打ち勝ちたいので」


 きっぱりとした私の宣言に、今度は父様が肩を落とした。


「……子供を拷問し続けてるみたいで辛いんだけど…………」


 すまない父様。


 私はどうしても気持ちいい日光浴がしたいのだ。


 落ち込む父様とは対照的に、母様は私が修行を続けることに大賛成らしく、うんうんと頷きながらアドバイスをくれる。


「修行の方向性に悩んでいるならセレスに相談すればいいんじゃないか?」


「セレスさんに?」


 意外な名前が出てきたことに私が首を傾げると、母様はすでに仕事を終えて帰宅しているメイドさんを全力で推してきた。


「あいつはうちで1番の物知りだからな。私やメルも迷った時にはあいつに相談するんだ。あとで家の場所を教えてやるから訊ねてみるといい」


 そんなわけでセレスさんの家を訪ねてみることになった。





     ◆◆◆






 そして夕食後。


 母様にセレスさんの家の場所を聞いた私は、リドリーちゃんといっしょに月明かりに照らされた夜道を歩いていた。


 私もリドリーちゃんも夜目が利くので、特に灯りは持っていない。


 セレスさんの家は村の東側にあるらしく、私たちは人気がまったく無い方向へと進んでいた。


「――ねえ、リドリーはセレスさんと話したことある?」


 道すがら私が尋ねると、リドリーちゃんは首を横に振る。


「いえ、簡単な業務連絡なら何度か受けたことはありますが、会話をしたことはほとんどありません」


「だよね? 僕もセレスさんとは挨拶くらいしかしたことがないんだ」


 かれこれ3年も同じ屋根の下で暮らしているのに、ろくに話したことがないほどセレスさんは謎多き人だった。


 というか早朝に出勤してきたら、彼女は退勤まで父様の研究室に引き籠もっているので話す機会自体が少ないのだ。


 彼女について私が知っていることは、種族がダークエルフということと、あとはとても無口だということくらい。


 そうしてセレスさんについて考えながら歩いていくと、東の村はずれに一軒の掘っ建て小屋がポツンと佇んでいるのが見えてきた。


 小屋の目の前まできた私は、人が住むにしては小さすぎるその建物に困惑する。


「母様に聞いた場所はここのはずなんだけど……?」


「これは……農作業用の道具置き場でしょうか……?」


 目的の場所にあった小屋の大きさは二畳ほどしかなく、流石にここにセレスさんが住んでいるとは思えなかった。


 もしもここで生活しているとしたらミニマリストとして極まりすぎだろう。


「……とりあえずノックしてみようか?」


「……そうですね」


 いちおう小屋の扉にはドアノッカーが付いていたため、ダメ元で私は扉を鳴らしてみる。



 ――カン、カン、カン。



 真鍮製のドアノッカーを鳴らすと扉が勝手に開いて、小屋の中に明かりが灯った。


 そして中にあったものを見た私とリドリーちゃんは、しばらく硬直する。


「……階段?」


「……どうやら地下に降りるみたいですね?」


 リドリーちゃんが言う通り、小屋の中にあった階段は地下深くと向かっていた。


 それも階段の奥が見えないほど深くまで続いている。


 扉が開いたということは入っていいのだろうと判断した私は、先陣を切って地下への階段を降りていく。


 背後で扉が閉まった音にリドリーちゃんが軽く悲鳴を上げたが、私としては秘密基地を探検するみたいなワクワク感が勝り、恐怖はまったく感じなかった。


 私たちの移動に合わせて小屋の中に生じた魔法の光も移動して、足元を優しく照らしてくれる。


 そうして地下へと降りること10分くらい。


 地上へ戻るための登り階段を想像するとウンザリしそうになったあたりで、ようやく私たちは終着点を見つけた。


 階段の終わりにあったのは一枚の扉。


 重厚な木材で作られたその扉は、私たちが近づくと勝手に開き、その先にあった廊下へと私たちは歩みを進める。


「これって魔法陣ですか?」


 廊下の床に描かれた図形を見てリドリーちゃんが首を傾げたので、錬金術の勉強で魔法陣の基礎を齧っていた私は頷いた。


「浄化の魔法が掛けられてるみたいだ。ここを歩くだけで汚れが落ちるんだよ」


 どうやらセレスさんは綺麗好きらしい。


 浄化は【神聖魔法】に分類されるから普通なら吸血鬼はダメージを受けるが、50メートルくらい続く廊下全体に薄く浄化の魔法が掛けられているらしく、私の身体からは煙が上がることすらなかった。


 せいぜい皮膚がヒリヒリしたくらいだから、おそらく父様でも通れるように設計されているのだろう。


 便利な機能に関心しつつ浄化の廊下を歩き切ると、再び現れた扉に今度は文字が刻まれていた。


『この先、火気厳禁』


 特に火種になるような物は持っていないので、軽くノックしてから扉を開けると、その先の光景に再び私たちは硬直した。


「これは凄い……」


「なんですかここはっ!?」


 その先にあったのは広大な図書館だった。


 奥行きを見通すことすらできない空間に、高さが30メートルくらいある本棚が迷路のように並んでいる。本棚の中には本や巻物や木簡、石版など、文字を使って記された文献が雑多に収められていた。


 巨大な図書館に入ると再び光の球が目の前に浮かんで案内を始めたので、私とリドリーちゃんはキョロキョロしながら光球を追いかける。


「うちの領にこんな場所があったなんて知らなかったよ」


「これだけ大量の本を集めようと思ったら……いくらするんでしょう?」


 口々に感想を言いながら本棚の迷宮を進んで行くと、やがて私たちは周囲を本棚に囲まれた広場へと辿り着いた。


 広場の真ん中にはソファやベッドが幾つも置かれていて、そのうちのひとつにセレスさんが寝そべって本を読んでいる。


 私たちが近づいていくと、彼女は片手を上げて短く挨拶した。


「よっ」


 ……意外とノリが軽い。


 普段のメイド服姿ではなく、白いワンピース姿になった彼女は完全にオフモードらしい。


 褐色肌を持つスレンダーな体型のダークエルフ美少女は足をパタパタさせながら読書に勤しんでいた。


 普段のイメージとあまりにも違う姿に、リドリーちゃんが困惑しながら質問をする。


「……セレスさん、ですよね?」


「ん」


 本から目を離すことなく、最低限の単語で返事をするセレスさん。


 しかし声音は優しい響きだったため、リドリーちゃんは怯まず質問を続けた。


「ここはいったいなんなんですか?」


「私の部屋」


「…………部屋?」


 どうやらこの領主の家が何十軒も入りそうな広大な空間がセレスさんのマイルームらしい。


 リドリーちゃんは首を傾げていたが、私はその言葉に衝撃を覚えた。


「もしかして趣味で作ったんですか?」


 私の質問にセレスさんは初めて本から顔を上げる。


「ん、静かな田舎で本に囲まれて暮らすのが私の夢だった」


 珍しく長文を話したセレスさん。


 自慢気に胸を張る褐色肌の美少女に、私は尊敬のまなざしを向けた。


 素晴らしい!


 彼女こそ私が背中を追いかけるべき先駆者のひとりである。


 私は彼女みたいに本の虫というわけではないけれど、この地下空間を埋める大量の本からは確かなロマンを感じた。


「素敵な夢ですね!」


「そうでしょう!」


 瞳を輝かせる私の言葉にセレスさんは親指を立てて、私と彼女は魂で分かりあう。


 彼女は同志だ。


 理想の田舎暮らしを実現させた先達に、私は尊敬の念を抱いた。


「セレスさんと坊ちゃまが共鳴している……」


 リドリーちゃんには呆れられてしまったが、私もいずれはこういった趣味全開のマイホームを手に入れたいものである。


 そんな風にセレスさんと分かり合ったところで、彼女は本にしおりを挟んで寝ころんでいたソファから身体を起こした。


「それで? 何の用?」


 同志から簡潔に訊ねられ、私はここに来た用事を思い出す。


「そうでした、実はセレスさんに相談したいことがありまして……」


 私がそう切り出すとセレスさんはあっさり頷いた。


「言ってみ?」


 相談に乗ってくれるらしいので事の経緯をかいつまんで説明すると、彼女はしばし顎に手を当てて悩んだあと、ヒョイっと指を振って本棚から一冊の本を呼び出した。


 宙に浮かんで飛来した本は私の手に収まる。


 本の表紙に目を走らせると、そこにはこう記されていた。



『吸血鬼の特性と血怪秘術について』



 おそらくこの本の中に答えがあるということなのだろう。


「貸してあげる」


「ありがとうございます!」


 笑顔で知識を分けてくれた先達に私は頭を下げて感謝する。


 あまり読書の邪魔をしても悪いので、簡単に挨拶して帰ろうとすると、最後にセレスさんが声を掛けてくれた。


「本が読みたくなったらまた来るといい、リドリーも」


 顔を見合わせる私とリドリーちゃん。


 リドリーちゃんも本には興味があったのか、その瞳はキラキラと輝いていた。


 私たちは手を振るセレスさんへと元気良く返事をする。


「「はいっ!」」


 そして私は田舎暮らしの頼れる先達と仲良くなった。







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