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第99話  蓋門島 ③





SIDE:ノエル



 師匠から無事に学生証を受け取ったあと。


 再び昇降機に乗って上へと戻った私たちはルガットさんから【表層】の観光案内を受けていた。



「――島の中央に建築されたこの城は通称【物見櫓】と呼ばれておりまして、その名の通り、島全体と外海を見渡せる島の天辺に建てられております」


「「「「おお~っ!」」」」



 古城の屋上から見える絶景に私たちはテンションを上げる。


 遮る物のない青い空。


 三六〇度見渡す限りのオーシャンビュー。


 オレンジの屋根と白い石材が映える美しい街並み。


 その景色はなんとも地中海的な趣きがあって都会が苦手な私の感性に刺さりまくった。



「んんっ! ここは素晴らしい田舎町な予感っ!」



 沖にあるのがいいのか、それとも生活排水による悪臭がまったくないおかげか、島の空気は新鮮そのものである。


 離島での生活にもちょっと憧れてたんだよね……人間関係が濃厚そうだから前世では諦めていたけれど、エストランド領で人付き合いに慣れた今の私なら悪くないかもしれない。


 エストランド領とは別種の美味しい空気と静かで美しい街並みに、隣に立つリドリーちゃんもティーポットから解放された尻尾をフリフリしている。



「確かに人の少なさはエストランド領とどっこいどっこいかもしれませんね。島の外には多くの人の気配を感じますが、島の上には数百人程度しか暮らしていないみたいです」



 瞬時に半径数キロメートルの気配を読み取るリドリーちゃんのおかげで人口密度がそれほどでもないことも保証されて、私は急にはじまった学生生活への期待値を高めた。



「さっそく物件に行きましょう、ルガットさん!」



 新居を見たくてソワソワする私に、メイドさんは苦笑してガイドを中断してくれる。



「かしこまりました。普通は危険な場所をきっちり教えておくのが教育者の務めなのですが……皆様には必要なさそうですし、この島の観光案内だけ渡しておきますね?」



 なにやら大事な説明をスキップしてしまった気もするけれど、彼女が必要ないと判断したなら大丈夫なのだろう。


 差し出された分厚い本をアイリスが受け取って、私たちは古城を下りて島の中央広場から伸びる坂道のひとつへと入る。



「【表層】には七つの地区がありまして、それぞれを賢者たちが好き勝手に法律を作って管理しております。皆様の住まいがあるのは【鮮血街】。その名の通り我々吸血鬼のトップである【鮮血皇女】様が支配する地域ですが、これと言って特に法律はありません」



 ルガットさんの解説にリドリーちゃんが遠い目になる。



「……つまりは無法地帯ってことですか?」


「端的に言ってしまうとその通りなのですが……この街で騒ぎを起こすと我々吸血鬼たちによって血祭りにあげられますから、この島でも治安が良い地区なんですよ?」


「……なんて物騒な…………あ、いえ、エストランド領も似たり寄ったりでした……」



 うちの領も舐めた客人は血祭りにあげてるからね。


 治安の良さは武力で獲得するのが、この世界における田舎のルールなのだ。


 そうして我が家のルーツを感じながら白い坂道をおおよそ島の半分くらいまで歩き、なにやら美味しそうな食べ物の香りが漂ってきたところで、ルガットさんは坂道の左側にある立派な建物の前で立ち止まった。



「こちらがお嬢様より譲渡された物件になります」



 手の平で指し示されたのは三階建てのアパルトマン。


 一階部分は店舗となっているらしく、大きなガラス張りの窓と、オシャレな細工が施された木製の扉が印象的である。


 洗練されたデザインの外観に私が見入っていると、すかさず白髪メイドさんはやり手の不動産販売員のごとく、物件のアピールポイントを教えてくれた。



「坂道の下には飲食店が並んでおりますし、皆様が自分たちで店舗を経営するにしても誰かにここを貸し出すにしても、この立地なら多くの集客が見込めるでしょう」



 続けてルガットさんは店の横に設置された白い外階段を差し示す。



「住居部分は二階と三階になります。どちらの階も造りは同じで、他の階への移動はこちらの階段からになります」



 外階段は三階まで真っ直ぐに続いていて、その途中の踊り場に二階への入口もあった。


 どうやら二階と三階はフロアを丸ごと貸し出すタイプの賃貸住宅になっているらしい。



「入学にあたって学生に与えられる支給品は三階のほうに搬入しておきましたので、後ほど皆様でご確認ください」



 支給品ということは筆記用具とか質の高い植物紙を貰えるのだろうか?


 すでに私たちの物になっているらしい物件に踏み入ることなく、大まかな説明を終えたルガットさんはその場で一礼する。



「荷解きや新生活のための買い物などもあるでしょうから、ノエル様の授業は一週間後からといたしましょう。若者の冒険に老人が口を出すのも無粋ですから、私はこれにて失礼させていただきます」



 そして必要最低限のことだけを言って霧になるルガットさん。



「冒険か……」



 確かに今からはじまるのは大冒険かもしれない。


 新居となる家の中を冒険して、その後は家の周りを冒険して、生活が落ち着いたら地面の下にある学術都市を冒険するのだ。


 そして今いるここが【表層】で学術都市が【中層】ということは、この島にはさらなる下層が存在している気配がするから……若者の好奇心を刺激するルガットさんの配慮に、私は心の中で感謝した。


 私と同じく新生活に胸を高鳴らせたのか、アイリスが腕に抱きついてくる。



「これから忙しくなりそうね!」


「うむっ! 冒険と言えばバトルじゃからなっ!」



 シャルさんも新天地への冒険心を高めたのか、意気揚々とやる気を漲らせている。



「……お願いですから島を両断するのはやめてくださいね?」



 リドリーちゃんだけは年上として大人ぶっていたけれど、彼女の獣耳が嬉しそうに疼いているのを目敏い私は見逃さなかった。



「まあ、冒険するにしてもなんにしても、生活基盤を整えないことにははじまらないから、まずは家の中を確認しておこうか?」



 鍵を取り出して言った私の提案に、みんなも異議なしと頷いてくれたので、私は外階段を上って二階の入口まで足を進める。


 一階の店舗部分は透明なガラス窓からだいたい中が見えたけど、手前にお客さんを入れる大きなスペースと、奥に厨房や倉庫として使う空き部屋があったくらいで、他に目ぼしい物は特になさそうだった。


 おそらく箱だけ造って『いつか使おう』と放置していた物件を師匠はくれたのだろう。


 店舗部分からは誰の手も入っていない新居っぽさが感じられ、商売をはじめるには一から設備を作る必要がありそうである。


 日本料理を出す飲食店を経営しようか、趣味に極振りした魔道具ショップを作ろうか、それともリドルリーナ商会の蓋門島支店にしようかと私は妄想を膨らませながら階段を上りきり、師匠から貰った鍵束から数字の『2』が刻まれた鍵を選んで、ドアノブの上にある鍵穴へと差し込む。


 すぐに鍵に刻まれた魔力回路が活性化して、ドアに刻まれた回路と反応し、ガシャコンッ、と何重ものロックが外れた音がした。



「……まるで宝物庫みたいな厳重さね?」



 ざっと見たところ壁の内側にも複数の結界が貼られているし、たとえレールガンで撃ったところでビクともしそうにない。


 本気になったリドリーちゃんかシャルさんでなければ破れそうにないその有り様に、私とアイリスは呆れながら扉を開ける。


 すると室内からザラザラと音を立てて大量の金銀財宝が流れ落ちてきて……私たちはルガットさんが玄関前で帰った理由を悟った。


 流石に大量の金銀財宝が学生への支給品ということはないだろうから、おそらくこれらは師匠の放置物だろう。



「……これは掃除が大変そうじゃな…………」


「……うん……ここは『宝物庫みたい』じゃなくて……『宝物庫そのもの』だね……」


「……これだけの宝物を平然と渡すなんて……あの御方の金銭感覚はどうなっているのかしら……?」


「……よかった……プリメラーナ様が言う巨万の富を受け取らなくて、本当によかった……」


 どうやら私の師匠は私以上に、金銭感覚がいい加減らしい。





     ◆◆◆





 とりあえずリドリーちゃんの収納に金銀財宝を放り込んで宝物庫を掘り進めることしばし。


 私たちはようやく二階の間取りを把握することができた。



「これは一時的に預かるだけですからね!? ここにあった金銀財宝はぜんぶ坊ちゃまの資産ですからねっ!?」


「いや、リドリーよ……大海にコップの水を注いだところでなにも変わらんのではないか?」


「人のお財布を大海とか言わないでください!」



 リドリーちゃんがしつこく釘を差してくるけれど、もともと押し付けるつもりでいた私は生返事をする。



「あー、はいはい……財宝は後でメアリーにでも渡しておいてよ。ゴリアテに送って新月教団の活動資金に当ててもらうから」


「ホッ……それならいいのです」



 胸を撫で下ろしているところ悪いけれど、新月教団の活動資金はリドルリーナ商会が管理・運用しているため、けっきょく彼女の資産になることは変わらない。


 そしてアイリスに目配せをしてリドルリーナ様への献金を確定させてから、私は寝室の窓を開いて空気の入れ替えをした。



「二階からだととなりの建物が邪魔で海が見えないか……そうなると僕たちの部屋は三階がいいかな?」



 内部の間取りは収納付きの3LDK。


 玄関から入ると短い廊下があって、奥には広めのリビングが、廊下の左側にはシングルサイズのベッドが置かれた小さめの部屋が二つと台所が並び、右側にはトイレと倉庫、そしてリビングから入れる中くらいの部屋にはダブルベッドが置かれていた。


 間取りを確認したアイリスが狭い室内に困惑する。



「島だとこれくらいの部屋のサイズが普通なのかしら?」



 島国での生活に慣れた私は、大陸でしか暮らしたことのないお姫様に肩をすくめた。



「土地が狭いから色々と詰め込んでるんだよ。ちょっと窮屈に感じるかもしれないけれど、これくらいの広さのほうが掃除しやすくて暮らしやすいんじゃないかな?」



 そう言って掃除に関しては几帳面なリドリーちゃんへと目線を向けると、さっそく精霊魔法で清らかな水を発生させて彼女は深々と頷く。



「そうですね。ゴリアテちゃんに比べたら豆粒みたいなものですから、二秒もあればピカピカにできると思います」



 言葉通りに素早く室内の埃を纏めて、どす黒くなった水をメアリーに食べさせるリドリーちゃん。


 掃除に関しては本当に几帳面な彼女は、月に一度はゴリアテを丸洗いしてくれているため、もはやセレスさんやイザベラさんでも比較にならないほどの洗浄能力を獲得していた。


 というかリドリーちゃんには部屋の広さとか関係なかったか……。



「……相変わらず神がかっているわね」


「……こやつは掃除の鬼なのじゃ」


「……ゴリアテに掃除は必要ないんだけどね?」



 我が眷属には自動洗浄機能が付いていることを言っても、リドリーちゃんは堂々と胸を張る。



「そこは気分の問題です!」



 ……気分で富士山サイズのお城を丸洗いできるのは、世界広しと言えどもこの子だけではないだろうか?


 嵐を巻き起こして掃除を行うメイドさんの姿を頭から振り払い、私は引っ越し作業において最も大事な話し合いをする。



「ま、まあ……掃除に関してはリドリーに任せておけばいいとして……先に部屋割りを決めておこうか? ルガットさんによれば三階も同じ間取りみたいだし、みんなはどこの部屋がいいかな?」



 たとえ狭くともアイリスとリドリーちゃんなら私と同じ階に住んでくれると思って話を振ると、彼女たちはすぐに希望の部屋割りを教えてくれた。



「私は主に料理を担当することになると思うから、台所の横にあった小部屋を()()()()()()()()もらおうかしら」



 あくまでその部屋は倉庫代わりで、言外に寝室は私といっしょだと主張するアイリス。



「……それじゃあ私は玄関近くの小部屋をもらいますね? もしも賊が坊ちゃまの寝室を襲ってきたら、保護者として叩き出さなければいけませんし」



 そこそこ成長してきた子供たちを放置できないため、ひとりで二階を独占する計画を破棄するリドリーちゃん。


 消去法で大きな部屋を譲られた私は、素直にそれを受け入れる。



「じゃあ僕とシャルが主寝室だね?」


「うむっ! 当然の差配じゃな!」



 私の部屋ではシャルさんも暮らすことになるし、どうせアイリスもちょくちょく泊まりに来るだろうから、遠慮なく一番大きな寝室をもらうことにする。


 あっさりと部屋割りを決めた私たちは空気の入れ替えをしたまま二階を後にして、今度は外階段を上って三階へと向かう。



「上も片付けたらさっそく私物の整理をしようか?」


「ええ、キリの良いところまでやってしまいたいし、それから晩御飯に行きましょう」


「風に乗って美味そうな匂いがするのう! 近くに良い店がありそうじゃ!」


「三階は財宝まみれじゃないといいのですが……」



 そして思い思いに会話しながら三階の扉を開けると、



「ふがっ! ふがっ!! ふんがーーーーーーーーっ!!!」



 今度は金銀財宝の代わりに鋼鉄製のロープでグルグル巻きにされた青年が、パンツ一丁で床に転がされた状態で私たちを出迎えた。





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― 新着の感想 ―
変態だーーー!?(◉◇◉;;)
・・・・美味しい血液を持つ不死人だろうか?(宝物カテゴリー)
プリメラーナ様の名前の長音がよくハイフンになってて表示されてるフォントでは違和感あるんですけど、もしや実はプリメラ=ナみたいな感じの名前でしたり?
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