第99話 蓋門島 ②
SIDE:ノエル
「――キャハハハハッ! やっぱり禁忌を犯した馬鹿を爆発させるのって楽しいわぁ♪」
上から響いてくるろくでもない笑い声を聞きながら正面入口に『プリメラーナ研究所』と書かれた尖塔へと入り、内側に設置された昇降機で頂上まで昇ると、そこには炎に焼かれて上半身だけになった何かとダンスを踊る師匠の姿があった。
かわいい顔を凶悪な笑顔で台無しにした師匠は、楽しそうに死にかけのそれへと話しかける。
「――ねえ? 今どんな気持ちぃ? 長年の研究成果といっしょに仲間もろとも爆発四散させられて、今どんな気持ちぃ?」
おそらくその何かは師匠の共同研究者だったのだろう。
腸を零して黒焦げになった物体を師匠は人形のように振り回して、完全に息の根が止まったことを確認したところで、粗雑に、ポイッ、と放り捨てた。
「……なにやってんですか師匠?」
そのあまりの光景に私たちがドン引きしていると、師匠は燃えながら片手を上げて歓迎してくれる。
「おっす弟子ども! よく来たわねっ! 思ったよりも早かったじゃないっ!」
そのまま師匠が片手を振ると、崩れた壁の瓦礫が蝙蝠になってあるべき場所へと戻り、室内で燃えていた炎が消えた。
再生された尖塔の頂上は、円形の壁一面に本棚がある書斎のような場所だった。
残された複数の死体を師匠は顎でしゃくって、ルガットさんへと指示を出す。
「こいつらは【死霊術師】どもに売っといて。それなりに知識はあるから少しは門の制御に役立つでしょ」
「かしこまりました」
当然のように死体を白い霧で包み、影の中へと収納するルガットさん。
どうやら彼らは死んだ後もこき使われる悲惨な末路を迎えるらしい。
死体が片付くと師匠は円形の部屋の奥に設置された執務机へと歩いて、その引き出しを漁りはじめる。
「え~っと? どこにやったかしら? 確かここらへんに入れといたんだけど……?」
そうしてしばらく執務机よりも大きな道具を引きずり出しては床に捨ててを繰り返した師匠は、やがて肩まで腕を引き出しに突っ込んで、
「あっ! あった!」
と、三枚のカードを引っ張り出した。
静かにルガットさんが散らかされた道具を執務机へと押し込む中、師匠は私たちへと金色のカードを投げてくる。
高速で飛来したカードをリドリーちゃんとアイリスは器用にキャッチするが、私は掴みそこねて額でキャッチするハメになった。
「あいたっ!?」
サクッと頭蓋骨まで刺さったそれを引き抜くと、表面に描かれた魔法陣に私の血が染み込んで、カードが淡い光を放つ。
「他の二人もそれに血を登録しなさい? その【学生証】がここでの身分証になるから」
「……妾のぶんは無いのか?」
「シャルは生首なんだからいらないでしょ? つーか、ここにいる古株はみんなあんたのこと知ってるし」
「ふむ、特別扱いというわけじゃな!」
……シャルさんの人脈どうなってんの?
言われた通りにアイリスとリドリーちゃんは指の腹を自分の歯で噛み切って、金色のカードの表面にそれを塗りつける。
「ん、これで良し! その【学生証】は失くしても勝手に戻ってくるから、騎士どもに提示を求められたら必ず見せること!」
絶対に失くすことはないから、これを提示できない者は素材扱いされるということだろう。
そして執務机の上に座った師匠に、私は近づいて質問をした。
「あの、師匠? もしかして僕が書いた例のメモって……先ほど師匠が言っていた禁忌とやらに抵触してました?」
恐る恐る伺う弟子に、師匠は深々と頷く。
「そうね、核関連の知識は論外として……『革新的な農業技術』に『植物紙の大量生産方法』や『魔法を使わなくても作れる冷蔵装置』といった、人類文明を大きく発展させるような知識もアウトね」
人差し指で私の体内の血液を操って、心臓のあたりをグリグリしてくる師匠に冷や汗が湧き出てくる。
植物紙という便利な情報媒体と食料を増産・保管する技術というラインナップに、私は彼女たちの目的を察した。
「……もしかして吸血鬼って人口管理とかもやってるんですか?」
私の推測を聞いた師匠はニヤリと笑って、妖しく心臓を撫でていた血液の手を引っ込めてくれる。
「鋭いじゃない」
……やっぱりこの子は正真正銘の吸血鬼だ。
「……ちなみにその目的を訊いても?」
映画に出てくる人間を管理するタイプの吸血鬼ならば、血液を効率的に集めるためだとか、家畜を管理するのは当然だからとか、ろくでもない思想を持ってそうなものだが……しかし師匠は悪意の欠片もない素直な言葉を返してきた。
「だってあいつら、放っておいたら勝手に増えて、勝手に自滅するでしょう?」
「っ!?」
「あたしは人間の血とかあんまり好きじゃないけどさー。それでも食卓に乗るメニューが減ったら悲しいし、なによりあいつらの自滅って惑星そのものを巻き込むやつだから、誰かが管理しとかなきゃ危ないじゃない」
人間からしたら危険な思想に、リドリーちゃんが耳打ちしてくる。
「……ちょっと坊ちゃま!? この子けっこうヤバくないですか? ……絶対この島の外でもろくでもないことしてますよっ!?」
しかし私はそんな専属メイドさんの肩に、ポンッ、と手を乗せて、
「いや、師匠が言ってることは完全に正しいよ」
全力で彼女の発言を擁護した。
「ええっ!?」
科学技術が発達した地球で生きてきた私にはよくわかる。
人間は自分たちの欲望に歯止めをかけられない生物だ。
八〇億を超えても人口を増やし続け、今日と同じ明日が続くと盲信し、惑星の資源を食い潰して尽きること無き欲望を満たし続ける。
それが人間という生物だ。
人工知能の開発が良い例だろう。
たとえその技術の先に破滅が待っていると多くの賢人が予想していても、それを創ることでさらなる力が得られるならば開発を続けてしまう……。
そんな愚かな生物を保護しているという師匠の崇高な目的を聞いて、
「――そうかっ! 人間には人を超えた管理者が必要だったのかっ!!!」
私は瞳をキラキラさせた。
「ちょーっちょちょちょっ!? 坊ちゃま!? その発言はなんかダメですよっ!?」
師匠の考えに賛同する私をリドリーちゃんが止めてくるけれど、後で彼女にもいかに人間が愚かな生物なのか、よく話して聞かせる必要があるだろう。
私の横で賢いアイリスが何度も頷いて、吸血鬼の思想に共感してくれる。
「なるほど……確かにプリメラーナ様の言う通り、人間を放置するのは危険かもしれないわね……この世界の遺跡には【神戦紀】に造られた危険な兵器も埋まっているわけだし……誰かが管理しなければすぐに文明が滅びそうだわ……」
「……え? ええっ!? ……アイリス様までそんなことを言うってことは……坊ちゃまたちの言うことが本当に正しいってことですか!?」
少数派になったことで簡単に影響を受けるリドリーちゃんに、私は笑顔で思考誘導を開始した。
「そうだよリドリー。プリメラーナ師匠はなにも間違ったことを言ってないよ。ここで疑うべきは君の頭の中にある常識のほうなんじゃないかな?」
「これまでリドルリーナ商会の暴走を見てきたリドリーならば、団結した人間の危険性がよくわかるでしょう?」
「妾も人間は嫌いじゃっ! やつらは妾をめぐってすぐに戦争を起こすからな!」
「……ええー…………」
専属メイドの洗脳教育をはじめる私たちに、師匠が呆れた視線を向けてくる。
「……これ言うと八割くらいのやつはあたしを殺そうとしてくるんだけど……弟子の頭が良い具合にイカれててよかったわ……」
そして私たちが吸血鬼の暗躍に理解を示したところで、師匠が話題を変えてくる。
「ところであんたたちの教育なんだけどさ。ぶっちゃけあたしはまだあんたたちのことよく知らないし……ちゃんとルガットが集めた情報を聞いて教育方針を決めたいから、一ヶ月後くらいを目処にはじめることにするわね?」
意外としっかり教育してくれそうな師匠に、混乱するリドリーちゃんの耳元で「人間は悪……吸血鬼が正義……」と呟いていた私は、顔を上げて今後の身の振り方を確認した。
「それじゃあ向こう一ヶ月は自由行動ってことですか?」
新生活のための準備期間としてちょうど良さそうだと期待する私に、しかし師匠は課題を告げてくる。
「まあ、基本は自由にしてくれていいけれど、週一くらいでルガットから授業を受けなさい? あんたは吸血鬼としての基礎をなにも知らないみたいだから、私の授業を受ける前に最低限のことは覚えておくように」
指示を受けた私は白髪メイドさんのほうを向いて頭を下げる。
「よろしくお願いします! ルガットさん!」
急に教育を任された彼女は、しかしとてもいい笑顔で頭を下げ返してくれた。
「はい、それではノエル様の基礎教育を、このルガットめが承りました……クフフッ……これでバイロンとカプランに大きな差をつけられそうです!」
なにやら嬉しそうなルガットさんは、続けて私の耳元でこんなことを囁いてくる。
「……ところでノエル様」
「……なんですか?」
「……ひとつ提案なのですが、皆様が道中で手に入れたクラーケンの触手をお嬢様にプレゼントしてはいかがでしょう」
「……袖の下ですか?」
「……はい、アレはお嬢様の大好物ですから、きっと喜んでもらえますよ?」
「そういうことなら喜んで!」
これからお世話になるわけだしプレゼントは大事だろうと、私はリドリーちゃんに頼んで三本手に入れたクラーケンの触手のひとつを丸ごと一本取り出してもらう。
触手が大きいせいでそれだけで研究室の中が一杯になったけれど、しかし師匠は瞳を輝かせて喜んでくれた。
「ちょっ!? こんな立派なやつどこで仕入れてきたのよっ!? これ全部もらっていいのっ!?」
「もちろんですよ、師匠! 僕たち弟子一同からの贈り物です!」
「っ! なんてかわいい弟子なのかしらっ!? 巨万の富と大きなお城どっちが欲しい!?」
「だからそれは間に合ってますって!」
慌てて資産贈与を止めに入るリドリーちゃん。
サラリと凄い返礼品を用意してくれようとする師匠に、
「お嬢様、少しお耳を拝借」
ルガットさんがまたもや耳打ちをして、師匠が困惑した顔つきになる。
「……ええ? 本当にそんなんでいいの? まあ、あんたが言うなら確かなんでしょうけど……あたしの弟子は欲がないわね……」
そう呟いて師匠はまたもや執務机の引き出しをガサゴソと漁り、危険な香りのする魔道具で小山を作りながら、掘り起こした鍵の束を私へと差し出してくれた。
「それじゃあ贈り物のお返しにこれあげる! 中にある物はあんたの好きにしていいから、今後も美味しい物を見つけたら包み隠さず届けるように!」
「ははあ~っ!」
恭しく私が魔法文字の刻まれた鍵を受け取ると、さっそくクラーケンの足を肩に担いだ師匠は忙しなく研究室の壁を蹴り破る。
「さっそくモルちゃんに加工してもらわなきゃっ!」
そして巨大な白い触手を靡かせて、もの凄い勢いで尖塔の天辺を足場にして学術都市の奥へと消えていく自由な師匠を見送って、私は壁を修復するルガットさんに訊ねた。
「……これはなんの鍵なんですか?」
宝箱の鍵なのか、それとも扉の鍵なのか。
鍵束には三本の鍵が吊るされており、鍵には1から3の数字が刻まれている。
それぞれの鍵に【盗難防止】や【状態保存】の魔法が掛けられていることはなんとなくわかるけれど、見ただけではなんの鍵なのかまでは流石にわからなかった。
霧を使って元通りに研究室を整えたルガットさんは、しゃがんで目線を合わせてから人差し指を立てる。
「この島で教育を受けるならば皆様にも住む場所が必要でしょう? 普通の学生には都会で便利な【中層】物件のほうが人気ですが……エストランド領出身のノエル様たちならば、静かな【表層】のほうが暮らしやすいかと思いまして」
「! それってもしかしてっ!?」
期待に胸を高鳴らせる私に、悪戯っぽく微笑むルガットさん。
「はい、誠に勝手ながら私からお嬢様に、『海が見える物件の譲渡』を提案させていただきました」
田舎の離島を満喫できそうな気配に、私の中でルガットさんの好感度が急上昇した。




