第92話 絢爛豪華な生誕祭
SIDE:ノエル
「それじゃっ! 我が弟子ノエルと、ラインハルトの娘アイリスの誕生と成長を祝してっ! かんぱーいっ!」
プリメラちゃんの勝手な音頭で、私とアイリスの誕生パーティーがはじまった。
「「「か、かんぱーい……」」」
しかしこの微妙な空気はなんだろう?
父様と謎の白髪メイドさんは相変わらず土下座をしているし、マーサさんやセレスさんたちはガチガチに緊張しているし、普段は威風堂々としているあの母様ですら軽く緊張しているみたいなのだから、私は流石にこの張り詰めた空気が気になった。
護衛として部屋の隅に立つエスメラルダさんまで、プリメラちゃんの姿を見た瞬間に全力で顔を背けたのだから、彼女が普通の吸血鬼でないことは確実だろう。
とりあえず父様の土下座はスルーできないので、私は上座で料理を頬張る美少女へと確認する。
「……あれはあのまま放置なのかな?」
私が部屋の隅で縮こまる者たちを指差すと、土下座したまま二人は、ビクッ、として、さらに小さく縮こまった。
プリメラちゃんはリドリーちゃんから注がれた地竜の血を口にして、二人に視線を向けることすらせずにニタニタと笑う。
「あいつらはあたしに隠し事をしていた罪人だから、しばらくあのまま反省したいんだってさ――そうでしょ?」
プリメラちゃんの確認に、二人は床に額を付けたまま器用に首を振りまくり、その様子を見た私はとなりに座るアイリスへと耳打ちした。
「……ねえ? この子って何者なの? もしかしてめちゃくちゃ偉い人?」
愛情深い私の婚約者は同年代の美少女を連れて来たら怒るのではないかと心配していたのだが、しかしそんなアイリスもまた、プリメラちゃんを見て緊張していた。
「……私のお父様が絶対に逆らえない御方よ」
ハルトおじさんよりも偉い人ということは……とにかくすっごく偉い人らしい。
まあ、彼女とは気が合いそうだから、あまりそこらへんは気にしなくても大丈夫だろう。
「友達になれてよかったぁ……」
また権力者へのコネができて得したと、私は豪華な料理を食べはじめる。
土下座したままの父様には悪いけれどプリメラちゃんは怒ると身体を爆散させようとしてくるから土下座で許してもらったほうが安全だろう。
いざとなれば友達特権で許しを乞うてあげるから、と私は部屋の隅で縮こまる父様へと心の中で謝罪して、はじめてのお客さんを迎えたパーティーを楽しむことにする。
「いやー。眼福、眼福」
田舎貴族の誕生パーティーなんて身内だけで質素にやるかと思いきや、プリメラちゃんが参加してくれたことで華やかさが五割増しになっていた。
高位貴族のお姫様であるアイリスに、さらに高位にいるっぽい美少女吸血鬼のプリメラちゃん。
おまけに私の背後にはなんちゃって王女様であるリドリーちゃんまで控えているのだから、我が家の生誕祭はお姫様だらけだった。
「三人もプリンセスがいるなんて王都のパーティーより豪華なんじゃない?」
「私をカウントするのやめてください」
テンションが上がって冗談を言ったらリドリーちゃんから軽くチョップされてしまったけれど、アイリスは青ざめた顔のまま同意してくれる。
「そうね……プリメラーナ様に祝われたなんて王都の貴族に知られたら……それだけで国王になれるんじゃないかしら?」
「それどんな権力者?」
ちょっとプリメラちゃんの立場がよくわからないが、テーブルに乗せたシャルさんにご飯を食べさせてくれている様子を見る限り、彼女は権力とか気にするタイプではなさそうだった。
「ほれ、肉」
「んっ! 美味っ!」
ナイフで投げた肉をシャルさんに口でキャッチさせて満足そうにする姿からは、欠片も貴族的な作法を感じない。
それどころか彼女はテーブルに座ったり血液操作で料理を手元に引き寄せたりと、好き勝手にパーティーを楽しんでいた。
セレスさんが注いだ地竜の血を、グビグビグビッ、と飲み干したプリメラちゃんは、生ビールを一気飲みしたおっさんのようにグラスを荒々しく置いて破顔する。
「くっは~っ! やっぱりこの地で取れる血液は最高ねっ! この味に免じてメルキオルのことは許してあげる!」
我が家の特産品のおかげでプリメラちゃんの機嫌が良くなったらしく、あっさり許された父様は即座に顔を上げた。
「感謝します、お嬢様」
きっちり臣下の礼を取る父様に、プリメラちゃんはテーブルをペチペチ叩いて着席を促す。
「ほらほら、堅苦しいのはいいから座りなさい? これはあんたの息子の生誕を祝うパーティーなんだから、今夜は無礼講よ!」
「ハハッ!」
そしてお偉いさんからの許しを得た父様が母様の横に座ったところで、いつの間にかプリメラちゃんの斜め後ろに移動していた白髪のメイドさんが、セレスさんから奪い取った血液ボトルで空のグラスへとお酌した。
「二八年物でございます」
「うむ」
私の記憶が確かなら彼女はまだ許されていなかったはずだけれど……流れるように許された雰囲気を出すメイドさんに私は底しれぬ戦歴を感じた。
こやつ……できる!
彼女が背後に来ただけで先ほどまで山賊のように見えていたプリメラちゃんが貴族の子供に見えるようになったし、おそらくこのメイドさんの実力は我が家にいる誰よりも上だろう。
腰まで流れる白髪とプリメラちゃんとおそろいの赤眼を持つメイドさんは視線だけでセレスさんに指示を出し、それを察したセレスさんが父様の後ろに回ったことでパーティー会場が整えられる。
私の後ろにはリドリーちゃん。
アイリスの後ろにはイザベラさん。
母様の後ろにはマーサさん。
父様の後ろにはセレスさん。
そしてプリメラちゃんの後ろに侍る白髪メイドさんが背筋を伸ばすと他のメイドさんたちも背筋を伸ばして、チームプレーによって生み出された高貴なムードに、やりたい放題だったプリメラちゃんがテーブルから下りて大人しく椅子に座った。
こやつ……できるっ!
一瞬で我が家のメイドたちを掌握した白髪メイドさんは、最後にシャルさん周りの汚れたテーブルを拭いてからプリメラちゃんへと耳打ちをする。
「……お嬢様、これは生誕祭なのですから、なにかプレゼントをあげなくては」
「あ! そっか!」
誕生パーティーでプレゼントを贈る習慣はこちらの世界にもあったらしく、少し悩んだプリメラちゃんは影から一枚のコインを取り出して、
「それじゃ、あんたにはこれあげる!」
軽いノリでアイリスへと手渡した。
「……こ、これはっ!?」
よほど良い物だったのか震える両手でそれを受け取ったアイリスに、プリメラちゃんは渡した銀色のコインを指差して解説する。
「あんたの親父に渡したのは銅貨だったけど、銀貨なら【伯爵級】くらいまでの力を借りられるから。あたしの弟子のフィアンセならそれくらいの権力は持っておきなさい?」
大切そうに銀貨を両手で握りしめたアイリスは、プリメラちゃんに深々と頭を下げた。
「……有り難く、頂戴いたします!」
おそらくかなりのレアアイテムだったのだろう。
興奮して頬を赤くしたアイリスに、私も何が貰えるのかと期待を高める。
「そんであんたへのプレゼントなんだけど……」
「うんっ!」
「あたしコソコソしてたルガットの後を追ってここに来ただけだから、あんたが喜びそうなもの持ってないのよね……」
「うん?」
まさかのプレゼントを用意してない宣言に、私の高揚していた気持ちが冷めていく。
「……べつにアイリスと同じやつでもいいけど?」
「あれは吸血鬼以外に与えるものだから、あんたが持っても意味ないわよ」
「ええー…………」
仕方ない……それなら適当なもので我慢するか……。
肩透かしを食らった私は、代わりにプリメラちゃんの腹部を指差した。
「それならそこにある呪いをくれない? デザートの代わりにするから」
プリメラちゃんの体内からは濃密な呪いの香りがしたから、最初に出会った時から気になっていたのだ。
「……こんなものが欲しいの?」
そう言って自分の腹部へと手を突っ込んだプリメラちゃんは、肝臓のあたりから【創世神の呪詛】を凝縮したものを引っ張り出す。
そしてその濃厚な甘い香りに誰もが『ゴクリ……』と生唾を飲み、私は背後にいる専属メイドさんへと合図した。
「リドリー」
「はい、坊ちゃま」
ちょうど食事を終えて甘いものを欲していた主人の嗜好を察して、リドリーちゃんが私の前にお皿と食器を並べてくれる。
困惑しながらもプリメラちゃんはお皿に呪詛の塊を置いてくれて、ナイフとフォークを手にした私は嬉々としてデザートを食べはじめた。
「いただきますっ!」
黒い塊にナイフを入れるとサクッと心地良い感触に続いて、中からドロドロした液状化した呪いが溢れてきて食欲を唆る。
そして大きく切り分けたデザートを「あむっ!」と頬張ると、口の中に素敵な甘みと仄かな苦みが広がって、私はしばし恍惚とした。
「んん~~~っ!」
外はサクサク、中はトロトロ。
この甘味を例えるならそう……フォンダン・ショコラだっ!
懐かしいデザートの味を夢中になって食べ続ける私を見て、唖然としていたプリメラちゃんが明るい声を出す。
「キャハッ♪ 見なさいよルガット! こいつあたしが溜めた呪いを消化してるわよっ!?」
「……耐性があることは知っていましたが、まさかこれほどとは……確かにこの子の教育は私の手に負えないかもしれません……」
「そうでしょ? だってこいつ完全に『こっち側』だもの!」
なにやら外野がうるさいけれど、甘味に夢中になった私はあっという間に呪いを完食して、お皿に残ったチョコレートソースを夢中で舐め取る私に家族たちから嘆息が溢れた。
いや、だってこれはしょうがないじゃん……呪いを残すと食器を洗うのが大変だってリドリーちゃんが怒るんだから。
コップやお皿に出した呪いは残さず食べるのが私とリドリーちゃんのルールなのだ。
お行儀の悪い息子に頭を振った母様は、血液のボトルを取ってプリメラちゃんへとお酌する。
「……本当に私の息子を弟子にするのか? お前は弟子を取らない主義だと思っていたが?」
私を眺めていたプリメラちゃんは、謎の力でワインボトルを引き寄せて、母様のグラスへと注ぎ返した。
「これまでは才能のあるやつがいなかっただけよ。どうせ弟子を取るなら自分を越えて欲しいって思うでしょ?」
「……ノエルはお前を越えられると?」
そんな質問をされたプリメラちゃんは、私とシャルさんを交互に見てからとても嬉しそうに母様へと微笑んだ。
「シャルがこの子を選んだなら、つまりはそういうことだから」
「む? なんじゃ? なんの話じゃ?」
自分の名前が話題に上がってご飯から気を逸らしたシャルさんの口周りを、プリメラちゃんはハンカチで丁寧に拭いてくれる。
「むぐっ!?」
「やっぱりあんた丸くなったわね? 前はこんなことされたら怒ってたのに……持ち主が変わると剣の性格も変わるのかしら?」
そのやり取りが気になって、私は彼女に訊ねた。
「……二人はどういう関係なの?」
しゃべる生首の正体が剣であることを知っているということは、やはり彼女たちは知り合いなのだろう。
シャルさんに食べさせていたのと同じフォークで料理を口にして、プリメラちゃんは二人の関係を教えてくれた。
「こいつ昔はあたしの剣だったのよ」
「ええっ!?」
「まあ、あまり持ち主としては認められていなかったのか、邪神に向かってぶん投げたらズボッてしたあと、地平の果てまで飛んで行って帰ってこなかったけど」
「嘘をつくでないわっ! 妾がそんな間抜けな真似するわけないじゃろうがっ!」
……いや、めっちゃやりそう。
愛剣を取り上げられそうな展開に、私はシャルさんを抱き上げて自分の前まで引き寄せる。
「……返さないからね?」
念のために断言すると、プリメラちゃんは大人びた笑みを浮かべて私の口元を拭ってきた。
「警戒しなくていいわよ? そもそもあたしは剣術が苦手だし、弟子が所有者になるなら大歓迎だもの」
その表情と声音には欠片の執着も無くて、むしろ持ち主が現れたことを祝福しているような気配に、私は唇に付いた呪いを拭かれながら自分の意見を口にする。
「むぐっ……まあ、僕がプリメラちゃんの弟子になるかどうかは、まだ決めてないんだけどね……」
「ああんっ!?」
流石に遊びの延長線で正式な弟子入りを決めるのはどうかと思ったので、やんわり師匠として認めてないことを伝えると、ピキッ、と室内の空気が緊張して、プリメラちゃんからこちらを爆散させようとする思念波が飛んでくる。
全力で血液を操ることでその波動を受け止めながら、相変わらず暴力的なスキンシップをしてくる女の子に、私は鼻血と血涙を流しながら笑ってみせた。
「ふっ……血液操作で上回ったくらいでは正式な師匠とは認めないってことだよ。僕の教育者になるなら、ちゃんと相応の実力を示してくれないと」
こちとら婚約者と専属メイドを守れるようになるという大切な目標を掲げているのだから、遊びで中途半端な吸血鬼の指導を受けるわけにはいかない。
そんな意気込みを口にすると、
「貴様っ!? お嬢様の弟子となることがどれほど名誉なことか理解していないのかっ!!!」
プリメラちゃんよりも先に白髪メイドさんが激昂する。
しかし教育者の選定については妥協するつもりがないので、私はプリメラちゃんから決して視線を外さなかった。
「面白い……つまりこのあたしに『強さを示せ』と?」
いや、彼女がここにいる誰よりも強いことは雰囲気でわかってるんだけどさ……。
シャルさんと別れたのが八〇〇年前とか言っていたし、おそらく彼女が私を教育するためにやってきた【長生者】なのだろうけれど……しかし私はどうしても格上の吸血鬼の実力というものを体験してみたかった。
「……真剣に戦ったら僕が勝っちゃうかもだけど、泣きべそかかないでよ?」
私のわかりやすい挑発に、プリメラちゃんは凶悪に嗤う。
「いいわね……私の弟子ならそれくらい活きが良くなくっちゃ……なんならこの土地にいる全ての戦士を相手してあげる」
そう言って席から立ち上がったプリメラちゃんに、テーブルの隅で父様が小さく手を上げる。
「……僕とラウラとその配下は不参加でお願いします」
その宣言に便乗して、私の後ろでリドリーちゃんも呟いた。
「……その子とは絶対に戦いませんからね?」
他に強者を求めて視線を彷徨わせると、部屋の隅で護衛をしていたエスメラルダさんと目が合ったけれど……吸血鬼の天敵であるはずの彼女は慌ててハンドサインを送ってきた。
『死ぬわっ!?』
……ふむ、かっこつけて模擬戦を挑んだの……失敗だったかな?