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第1話  田舎暮らしに憧れて

新連載です。

よろしくお願いします。






 都会で生まれ育っておよそ35年。


 ようやくセカンドライフに必要な資金を貯めた私は、荷物を満載した軽トラックを走らせながら、これから始まる田舎暮らしに胸を高鳴らせていた。


 生活を変える理由は単純、都会の生活に疲れたからだ。



 そりゃあ東京での暮らしは便利だったよ?



 車が無くても移動手段には事欠かないし、近所にドラッグストアやコンビニも揃っている。


 だけどあの街には人間が多すぎるのだ。


 足早に行き交う人々。

 他人に無関心な隣人。

 どこに行っても湧いてくる人、人、人。


 人間が大好きで大好きでしょうがない人ならば、あの街は天国に思えるだろうけれど、基本的に人間嫌いの私には地獄でしかなかった。


 いや、本当によく35年も暮らしていたものである。



『世の中に人の来るこそ五月蝿(うるさ)けれ、とは言ふもののお前では無し』



 そんな昔の人のセリフをなにかのアニメキャラが言っていたけれど、残念ながら私には後半部分に該当する人物が存在しなかったのだ。


 両親は早くに他界してしまったし、兄弟もいなければ、遺産相続で揉めた親戚連中とは絶縁状を叩きつけたくなるレベルの仲。


 おまけに仕事を頑張っていたら学生時代の友人たちとも疎遠になって、恋人に関しては縁結びの神様に見放されているとしか思えないほど縁が無いのだから、きっと私は寂しい人間なのだろう。


 いや、強いて言えばネトゲで仲良くなったフレンドはいるのだが、彼らとはネットだけの付き合いだと割り切っているからノーカンである。


 孤独サイコー。

 独身貴族バンザイ。

 しかしできれば美人で気立てが良くて愛情深いパートナーがとなりに居てほしいから、縁結びの神様お願いします……みたいな。


 そんなマインドでネット回線さえ通じる場所ならばどこでも生きていける自信があった私は、都会を捨てて田舎に引っ越す決意を固めていた。


 まあ、貯金もそれなりにあるし、コツコツ勉強してきた資産運用の配当金で月に20万くらいは稼げるようになったから、あとは好きに生きて行こうというわけである。


 いいよね、田舎。


 湧き出る山水。

 草木に呑まれる集落。

 野生動物と戦うワイルドな日常。


 え? どんだけド田舎に住むのかって?


 そんなの町内会が存在しない『廃村』に決まっているだろう。


 クマやイノシシと戦うために猟銃免許まで取得したからね。


 田舎の人間関係は濃密と聞いているから、私はそもそも人間が存在しない領域を選んだのだ。


 おかげで中古物件もすごく安かった。


 退職金で購入しようと思ってたんだけど……なんか100円で買えた。

 100万円ではなく100円である。


 あまりの値段にもしや心霊物件なのではないかと疑ったが、不動産屋さんによると最近は空き家が増えて、こうゆう物件もよくあるらしい。


 固定資産税を取られたくないから買ってください、みたいな。


 田舎最強である。


 電気は小型発電機とソーラーパネルを購入したし、ガスは薪ストーブで代用できるし、引越し先に電波が届くことは確認済み。


 あとは中古物件を改造しながら理想の城を造っていけば、私のセカンドライフは素晴らしいものになるだろう。


 トイレ? 穴掘って野糞だよ?







 そんな感じでこれからの予定を考えてウキウキしながら、私は道中にある最後のコンビニへと立ち寄った。


 ここからあと2時間くらいかかるから、最後にトイレを済ませておかなければならないのだ。


 ちょうど野糞のことを考えていてよかった。


 ついでに今夜のご飯も買っておこう。


 そうして私はコンビニのトイレを借りようとしたのだが、ちょうど使用中だったため、目についた漫画雑誌を立ち読みすることにした。


 まあ、便意はそれほど無いから慌てることもない。


 週間少年誌の表紙には休みがちな有名漫画家が連載を再開したという文字が踊っていて、昔からその漫画を愛読していた私はペラペラとページを飛ばしていく。


 そして私が目的の漫画を見つけたころ、となりに女子高生が来て彼女も同じ漫画を読み始めた。


 むぅ……今どきのJKにまで読まれているとは……流石は人気漫画である。


 そして再び誌面に目を落とそうとしたとき、私は自分の体感時間が引き伸ばされていくことを自覚した。


 視界に映る窓の外。

 目の前に停めてあった乗用車。

 高齢男性が乗り込んだその鉄の塊が、急発進しながら私のほうへと向かってくる。



 ――ヤバいっ!?



 事前に気づけたのは奇跡だと思う。


 異変を素早く察知した私は車の前から逃れようとして……そして隣に女子高生がいたことを思い出した。


 視界の端に映る彼女はいまだに雑誌から目を上げておらず、



 ――ドンッ!



 気がつけば私は彼女の身体を思いっきり突き飛ばしていた。


 散乱するガラス。

 身体にのしかかる重たい金属。

 アクセルを踏み続けてタイヤを空転させ、運転席から引きずり降ろされる高齢者。


 すべての喧騒が遠くに聞こえて、不思議と痛みは感じない。


 だけど床に広がる血液の量から、すでに手遅れなことは明白だった。


 くそぅ……最期にかっこいいマネをしちまったぜ……。

 私はそういうタイプではなかったのに……。

 きっと少年誌を持っていたせいで影響されたんだ…………。


 少しずつ重くなっていく目蓋と格闘しながら、私はひとつだけ残った無念を思い出す。




 ――ああ……理想の田舎暮らし…………実現したかったな…………。




 そして床にへたり込む女子高生の姿に、私は安堵して息を引き取った。





     ◆◆◆





 ……と、そこまで記憶を引き出したところで、私は自分に起こっている超常現象の正体を看破した。


 木と石でできた室内に置かれたベビーベッドの上、小さな手足をパタパタさせながら私は咆哮する。


「だぁあああああうっ!」


 理想の田舎暮らしを前に死んでしまったことに「こんちくしょうっ!」と叫んだつもりだったのだが、私の口からは可愛い声しか出てこない。


 そしてそんな声を聞きつけて、近くにいた黒髪金眼の美人さんが私を抱き上げた。


 あー……うん、そうですよね?


 貴女が私の新しいママンってことですよね?


 確信はないけどなんとなく『わかる』気がする。


 ん? なんですかママン?


 なんでお乳を出しているのですか?


 いえ、今のシャウトは前世を振り返って発したのであって、べつにお乳が欲しいわけではないのです。


 ……だから押し付けるのはどうかやめていただきたい。


 成人男性の記憶がある者として、そんなことをされると羞恥心が死んでしまいます。


 いや、もう死んでるんですけどね……。


 え? いいからさっさと飲めって?


 あ、はい……いただきます。



 チュー、チュー、チュー……。



 ……そんなこんなで、どうやら私は異世界に転生してしまったらしい。


 どうしてここが地球じゃないことがわかるのかと言えば、私に授乳してくれているママンの頭に見事な獣耳が付いているからだ。


 もうね、フッサフサ。


 おまけに尻尾もバッサバサ。


 もしかしたら新しいお母様がコスプレ趣味を家庭でも続ける素敵な人なのかもしれないとも思ったのだが……授乳に合わせてピクピク動くアレは間違いなく本物だろう。


 ゲップしてベッドに戻された私は、自分の頭へと頑張って手を当てて、頭に同じフサフサがないかを確認してみる。


 むっ……くっ……意外と難しい!


 赤ちゃんの身体ってこんなに動かし辛いのか!


 そしてなんとか頭部に触ることに成功した私は、そこに獣耳の感触がないことを確認し、ひとまず安堵した。そのまま身体の各所をペタペタ触っていき、私はおよそ自分が人間らしい身体つきをしていることを把握する。


 ふー……よかった。


 性別もちゃんと男だし、おそらく私は父親に似たのだろう。


 ありがとうパパン。


 あなたの遺伝子が強くて助かったよ。


 いや、べつに獣耳が嫌いというわけではないのだが、前世とあまりにも身体の構造が違うと混乱すると思うのだ。


 なにより獣耳は女の子に付いているから萌えるのであって、前世で凡人顔だった自分に付いている姿を想像しても、悲劇としか思えない。


 いや、いちおう新しいママンはショートカットが似合う美人さんだから、今世の私はイケメンという可能性もあるけどね?


 そんな風に私が新しい自分の姿を気にして悶々としていると、薄暗い部屋の扉が開いて誰かが室内に入ってきた。


 もしやパパンか!?


 期待した私の目が捉えたのは全身を黒い外套で覆い、顔には仮面を嵌めた怪しい人物だった。


 えー……なにこの人?

 全身を完璧に衣服で隠しているんですけど?

 もしや新しいパパンはいい年こいて厨二を拗らせた人なのか?


 ぷすす……痛々しい人! こんなに美人な奥さんがいるのに!


 前世で独身貴族だったやっかみから失礼な感想を抱いて笑う私に怪人物は歩み寄り、顔から仮面を外して優しく微笑んでくる。

 金髪碧眼のその人はとてつもない美男子だったが、しかし私はそんなことよりも彼の口元が気になった。


 桜色の唇から覗く鋭い犬歯。


 人間が持つ八重歯にしてはあまりにも鋭すぎるその牙に、私はひとつの確信を抱く。


 パパン貴様……もしや人間ではないな!?


 そして自分の口内を舌先で探ってみると、そこにはパパンと同じような犬歯があって……チクリと犬歯で傷ついた舌から、とても美味しく感じる液体が染み出してくる。


 あまりにもその液体が美味しいものだから、私の犬歯はニョキニョキ伸びた。


 そんな赤子の変化に気がついたパパンが私の身体を抱き上げて、手袋を外して真っ白い手を差し出してくれる。


 私は本能に従って、パパンの白い手に噛みついた。



 チュー、チュー、チュー……。



 ……うん、これはアレやな。


 私も人間ではないパターンだ。


 鋭い犬歯。

 太陽光が入らないように遮光された部屋。

 血液を美味しく感じる私の味覚。


 それらの情報から漫画好きだった前世の知識を利用して、導き出せる真実はひとつ。





 ……どうやら私は【吸血鬼】に転生したらしい。




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[一言] 自身の血も美味しく感じるのかー( ・ω・)フム
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