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その老人

作者: 雉白書屋

 道を歩いていた、とある男。ふと道路の端で男性、おそらく老人が蹲っているのを目にした。

 骨張った、弱々しい小さな背中。そのまま無視しても良かったのだが、男はポリポリ頬を掻くと、その老人に近づいた。

 

「おい、じーさん。どうしたんだ?」


「ああ……ちょっと具合が悪くてねぇ……でも、ここは落ち着かないなぁ……」


「そうか、まあ車も通るだろうしな」


 そう言うと男は頭を掻いた。どうしたものかと考えたのもあるが、慣れないことをするというのは体がかゆい。拒絶。ストレスかもしれない。あるいは老人の身体からノミでも飛んできたか。

 こうして近くで見下ろすとますます痩せて、みすぼらしく映る。顔なんてきっと歯がないんじゃないか? もう放っておくか。いやいやしかし一度は声をかけたのだし……。

 と、考えていた男に、老人が顔を上げ、言った。


「もし良かったら、お宅で休ませてもらえないかい?」


「えっ……と、あ、まあいいよ。来なよ。少し歩くが立てるか?」


「いやぁ、足が悪くてねぇ。できれば、おぶってほしいんだけどなぁ」


「足……ね。ああ、いいとも、ほら。ああ、やっぱり軽いな」


「悪いねぇ……」


 と、男は老人を家に上げ、さらにおなかがすいているというので簡素な手料理を振る舞った。

 食べ終わり、少しして落ち着くと、男は老人に家はどこか、名前は何だ、と訊ねた。

 しかし、老人はもごもごと口を動かしては「さぁ……」や「どうだったかなぁ……」とそんな調子。結局一晩泊めることになった。

 狭いアパートの部屋と言えど、人ひとり泊める余裕くらいある。

 だが、それが一泊が二泊。三、四と長く続くと生活そのものに余裕がなくなってきた。

 無論、老人が大飯食らいというわけではない。ただ、どういうわけか電子レンジや冷蔵庫。果てはトイレまで故障が相次いだのだ。二つぐらいならまあわからないでもない。不運というのは重なりがちだ。

 だが、これはおかしい。不幸の沼の中に身を沈めているようだ。と、男はさすがに不審に思った。


「なあ、じいさん、あんた……」


「なんだぁい?」


 ニタリと笑う老人。その血色と体は出会ってから一ヶ月経っても変わらず悪いままだ。

 そして、その顔を見ると男は何も言えなくなり、黙って引き下がるのだった。

 それからまた日が経った。一ヶ月が二ヶ月。二ヶ月が三ヶ月と、季節が変わると装いも変わるものだが男は変わらず、いや、違う意味で変わっていた。どんどん質素に。物は壊れ、財布は落とし、金がまるで穴に吸い込まれるかのように消えていく。

 掃除機、冷蔵庫、炊飯器、トースター、電子レンジ、テレビ、洗濯機。電化製品はこれでもかというほど壊れに壊れ、買い替えることもできず何一つ残っていない。布団が二つ。うち一つ、男が使っている方は老人が汚したため余計にボロい。


 そして冬。男と老人は二人、いつものように布団を横に並べて眠りにつこうとしていた。

 ガチガチガチと歯を鳴らすのは男のみ。老人の歯がボロボロだから鳴らないというよりは、寒さを感じていない様子。老人のその体は冷たく、こうして隣で寝ていると冷気が肌をなぞるようであった。


「な、なあ、さ、寒くはないか……?」


「ああ、わたしは平気だねぇ……」


「そ、そうか、な、なら良かった……」


「あんたはどうだい?」


「お、俺は、は、ははは、さ、寒いな、ま、窓ガラスだけじゃなく、ふ、布団にも、穴が開いているからな、はははは……」


「今夜は特に冷えるって言うからぁ……死んじゃうかもねぇ……」


「か、かもな……あ、あんた、ま、まるで、いや……」


「なんだい……? 貧乏神みたいかい? ……でも、もしそうだったらどうする?」


「き、決まってるさ……」


 そう言うと男は立ち上がった。カーテンのない窓から入る月明かりが男の影を大きくし、老人を覆い隠した。


 ――うさん



 翌朝、男は嘘みたいに清々しい気持ちで目を覚ました。

 体の上にかかった掛け布団をどけ、そして辺りを見回すが老人の姿はない。

 探しても無駄だろう。男はそう思った。

 あれは貧乏神だった。

 死んだ父親によく似た。ヤクザに身を堕とした親不孝者の息子を持った父に。

 足を洗い真っ当に生き、もうすぐ見せるつもりだった孫はその前に事故で死に、また荒れたため妻に逃げられた馬鹿な息子、その父に……。

 あの生活が償いや罰だとは思わなかった。もし昨夜凍死したとしてもそうは思わなかったし後悔もなかっただろう。

 ただ父さんと呼び、一緒の布団で眠れるのならそれでよかった。ただ親孝行がしたかった。真似事でも。


 これからどうするかな……。いや、なにもできないか。貧乏神が去ったにせよ、金はないんだ。……ああ、道の端で蹲ってみるかな……。

 がらんとした部屋で男は自嘲気味に笑った。


 その後、男のもとを訪ねてきた福の神が死んだ息子に似ていたのは偶然か。それとも人に受け入れられやすくするために、そういうものなのか。あるいは福の神をよこした貧乏神が気を回したのか。

 その後、男が幸せに暮らしたことは言うまでもない。

 妻も帰ってきた。きっとそうに違いない。

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