校門前で他校の子に待ち伏せされるってどう思う?
高良慶昌……主人公
椎原美涼……九州の旧家の娘。今回の依頼者。
高良真朱……主人公の姉
学校帰り、慶昌は今日も桜坂へと向かう。
先々週に始めたゲームはやけに手強くて、まだクリアできていない。
面白くないわけではないが連日やるには気持ちが動かず、数日放ったらかし、という事もあった。
それでもなんとか昨日はやり進めてみたが、エンディングはどうにも遠い。
今もまだ少し疲労が抜けずに残っているようで、首を軽く回しながら校門を過ぎようとしたところで、「あの」と慶昌の前に立った人物がいた。
なんだよ、と口には出さずに相手を睨みつけようとして、慶昌はバツが悪そうに顔をしかめた。
目の前に立ちふさがったのが同い年くらいの私服の女の子だったからだ。
しかもすごく可愛い。
「高良慶昌さん、ですか」
笑っていれば間違いなく可愛い顔なのに、怒っているような、思い詰めたような表情が慶昌に敵意のように感じられる。
清楚なお嬢様という感じでものすごく好みなのに、と慶昌は残念に思った。
「ああ、そうだけど」
「わたし、椎原美涼といいます」
知らない名前だ、と慶昌は警戒した。
家が占い師なんてものをやっていて親戚にはユタまでいるせいで、たびたび知らない相手からこうして話しかけられる事がある。
助けて欲しい、占ってほしい、紹介してほしい。理由は様々だ。
さすがに校門前で待ち伏せ、というのは初めてだが。
「今、慶昌さんが我が家の仕事を受けてくださっていると聞きました。それでお願いが……」
「あーー! わーー! あれ! あれな! 分かってる、納期遅れてるよな、ごめん! ちょっとどこか店入って話そうか!」
慌てて彼女の口を押さえた慶昌は、その手を捕まえて無理やり引っ張り、歩き出した。
慶昌のバイトはあまり人に知られていいものではないのだ。
勢いのままつかんだ手首が細くて、慶昌はドキドキしながら早足になる。
女の子の手をつかんで歩くのなんて彼のこれまでの経験にはない。
せいぜいキャンプファイヤーのマイムマイムくらいだ。
というか彼には女の子の友人自体がなく、接触することすらまれであったのだ。
軽く混乱している慶昌の後ろで、美涼が小さく悲鳴のような声をあげた。
腕に重さを感じ、立ち止まって振り向くと、躓きそうになった少女が道に転びかけて慶昌の腕にすがっている。
強くひっぱりすぎたのだ。
そして急に早足で歩きすぎた。
「ご、ごめん!」
「い、いえ、わたしのほうこそ、腕につかまってしまって……」
「いや、それはオレが悪かったから……。その……、この先にさ、商店街の入り口に喫茶店があるんだ。コーヒーがうまくて。そこで話さないか。人前じゃちょっと、なんていうか」
「あ、ああ、そうですよね。すみません、気が急いてしまって。大丈夫です、お話はその喫茶店で」
「うん」
うなずきながら、慶昌は少し赤くなった。
女の子と喫茶店に入るなんて、考えもしなかった出来事だ。
いやその前に、校門の前で他校の子に呼び止められるとか、よく考えたらすごい出来事なんじゃないだろうか。
青春の1ページに輝かしく残る思い出になりそうだ、とまだ腕につかまっている少女の手の細さや小ささを感じながら、慶昌はにやけそうになる口元を引き締めた。
その喫茶店は、商店街に古くからあるアンティーク喫茶で、慶昌の姉が好きで通っている店だ。
買い物の荷物持ちで駆り出されたときなどに、よく礼代わりに連れてこられている。
『彼女ができたらこういうとこで待ち合わせしなさいよ』
ニヤニヤとそんな事を言いながら。
コーヒーがとても美味しいのだが、最近ではあちこちにチェーン店のコーヒーショップがあり、コンビニやファーストフードのコーヒーもそれなりに美味いせいか客数は少ない。
だが、静かな雰囲気が店にあっていて好ましく、こうしてあまり人に聞かれたくない話をするのにはちょうど良かった。
あと、女の子と一緒に入るのにも。
自分勝手で面倒なばかりの姉という存在に、慶昌は少しだけ感謝したくなった。
「改めて、自己紹介をさせてください。わたしは椎原美涼といいます」
「うん、オレは高良慶昌」
「わたしの家は九州にあります。昔から、どういうわけか男子が育たない家系で、家は弟以外女ばっかりです。それが、今年に入って弟が病気になってしまって、原因不明の難病で、このままだと命が危ないと言われてしまったんです。それで、ネットでいろいろ探してみたんですが、どこも無理だと断られてしまって……」
予想はついていた内容に、慶昌は難しい表情になる。
ゲームショップ和泉堂の裏家業はもちろん、それを慶昌が手伝っていることは当然だが大っぴらに宣伝していいことではない。
なにしろ世間では科学的根拠のないものは存在しないことになっていて、それを商売にしているとなれば詐欺で訴えられても不思議はない。
慶昌の学生生活にも問題が生じることは間違いないため、関係者には固く口止めしている状況なのだ。
それでも、口コミで仕事が入ってくる以上は仕方がない部分もあるのだが。
「困っていたら、親戚の人が知り合いの知り合いだって、真朱さんを紹介してくれたんです」
「ああ姉貴か……」
慶昌はもうその先が分かったような気分で額を抑えた。
「今月に入って、弟の具合がさらに悪くなって、何度も血を吐くようになって。心配でたまらなくて真朱さんに相談したら、慶昌さんに直接会って話してみたほうがいい、って言ってくれて」
弟のことを思い出した心配のためか、美涼はその大きな目に涙を浮かべる。
すごい、この子いい子だ。
姉の弟への優しさなど、興味と気分でいくらでも変わると信じていた慶昌は驚きで衝撃を受けた。
「うん、ごめん、だいたい分かった。もういいよ」
諸悪の根源は姉だった。
慶昌はやや疲れた気分でコーヒーを飲む。この苦味がやけに救いになる。
「すみません、よく考えたらとてもご迷惑でしたよね。学校の前で待つとか、わたし、なんて失礼な事を……」
泣きそうになっている美涼に、慶昌は逆に申し訳ない気持ちになった。
「いや、悪いのはうちの姉だから。学校とか教えたの、どうせあの人でしょ?」
「え、ええ……」
言いにくそうにうつむく彼女をコーヒーを飲みながら盗み見るようにして、慶昌は全ての謎は解けた、と脳内で決めゼリフを宣言する。
椎原美涼はお嬢様然とした、清楚で可愛らしい少女だ。
慶昌の好みにどストライク。
好みの女の子に校門前で待ち伏せされる、そんな青春っぽいシチュエーションを提供してみたつもりなのだろう。
余計なお世話だ、と言うべきだろうか。
でも少しだけ嬉しかったのも事実だ。
それに。
「あの人がさ、会ったほうがいい、急かしたほうがいい、って思ったんなら、それはきっとそのほうが良かったんだよ」
意味がわからない、といったふうに見つめてくる美涼に、慶昌は笑って見せる。
「あの人、やたら勘がいいからさ。いつもざっくりと間違いのない方向で判断するんだ」
迷惑な人だけど、と心の中で付け加えながら。