慶昌のアルバイト
高良慶昌……主人公
高良慶樹……主人公の叔父
高良慶雄……主人公の父
高良慶昌は今年の春、高校入学と同時にアルバイトを始めた。
場所は桜坂にある古い個人経営のゲームショップ。
叔父の慶樹が店長をやっている、古き良き香りのするいつ潰れてもおかしくない雰囲気の店だ。
高校に上がったらそこで働くのだと、父親から問答無用で言い渡されていたため、部活もハナから諦めていた。
よく考えたらこれパワハラか毒親問題なんじゃなかろうか、と思わないでもないが、家長パワーが絶大な高良家ではなんの騒ぎにもならない。
ゲームショップ和泉堂にいるのは、昼間であれば働いてなさそうな大人、夕方の短い時間は下校途中あるいは帰宅後の学生たち。
そして夜になれば仕事帰りの大人たちがメインの客層だ。
もちろん、女性よりも男性のほうが多い。
一見、儲けよりも趣味を重視していそうないいかげんな個人商店だが、実のところこの店の本来業務はそんなところにはない。
いや、慶樹に言わせればゲームショップこそが何より重要な家業だろうが、慶昌の父・慶雄はそんなもののために店に金を出しているわけではなく、大事なのはそこに集まってくるゲームの数々にあった。
だからといって、慶昌の父がオタクだというわけでもない。
叔父の慶樹はまごう事なきオタクであるが、父は違う。
彼の名誉のために、強く主張しておこう。
様々な、年代も種類も問わないありとあらゆるタイプのゲーム。
父の慶雄だけでなく、叔父の慶樹、そして慶昌本人にも、それらはどうしても必要なものなのだ。
「こんにちはー」
学生カバンを片手で肩に引っ掛け、慶昌が自動ドアを開けて店内に入ると、レジの内側でロン毛でメガネの優男が笑いながら返事をした。
「お帰りー、マサくん。2階に新しいゲーム用意してあるから、いつもの通りによろしくー」
「ういっす、店長」
古くて地味な、いつ潰れてもおかしくない昭和感ただようゲームショップ。
いくら大通りが近くとも、こんないかがわしげな店に入ってくるのは昔からの常連か、口コミで集まってきたオタクくらいのものである。
唯一の救いは、ロン毛でメガネのオタクである店長の慶樹が、優しげな雰囲気のイケメンだったことだろう。
おかげで、この店の空気にも負けない強メンタルの乙女たちも、わずかだがいるにはいる。
そんなわけで、身内感覚でのんびりダラダラ、やる気のないバイトがうろうろしていても誰も何も気にしなかった。
「おーい、マサー、対戦しねえかー?」
「すんません、今日オレ、2階で仕分けと書類仕事なんすよー」
「あー、ヨシキのやつそういうのしねえからな」
「また今度お願いします」
「おう! 頼むな!」
大の大人が何をやってるんだと言われそうだが、パチンコや夜の店にハマるよりはずっといい趣味だと、理解のあるオタク嫁をもらった勝者たちだ。
なんの仕事なのかはわからないが、平日休みなのか1日ずっといたりする。
うちの叔父さんにもそんな嫁来ねえかな、と慶昌はひそかに願っていた。
料理上手なのんびりおっとりオタク嫁は、全てのオタクの夢だと慶昌は勝手に考えている。
ちなみに慶昌は、ゲームオタクに片足突っ込んでいるが自分は絶対にオタクではないと自称していた。
2階に上がると、慶昌は与えられた仕事部屋へ向かう。
ドアを開けると、そこにはソファとローテーブル、その上にはお菓子入れ、壁際には冷蔵庫と簡易キッチンに水屋、そして大画面のテレビと各種ゲーム機が揃えてあった。