帰省
夏休み初日、クレア達は迎えの馬車に乗って帰省する途中であった。
馬車の中にはファモとメローヌも乗っており、3ヶ月前に2人だけで乗ってきていたのを考えると、とても華やかになったと言えるだろう。
「でも、本当に良かったの?
急に決まったからお家に連絡とか出来てないよね」
通常、貴族のしきたりとしてはアポイントも無しに突然押しかけるのは重大なマナー違反であり、下手をすれば二度と相手をしてもらえない可能性もある。
アンデルスト家は平民ではあるものの、冒険者として大成した結果、貴族並みに大きな屋敷に住んでいると聞く。
更に爵位は断っているだけで成ろうと思えば貴族になれ、現在でも伯爵相当という身分の扱いになっているらしい。
「気にせずとも良い良い。
ワシが招いておるのじゃから誰も文句は言わんじゃろう」
「クレアちゃんって最近養子になったばかりなんですよね?
その割には我が物顔と言うか……随分と馴染んでいらっしゃるのですわね」
「あ、あははは……養子とはいえ私のお姉ちゃんで特別なエルフだからね。
みんな敬意を持って接してるんだよ」
もちろんクレアが自信満々なのは、彼女がアンデルスト家の当主であるクレーズだからなのだが、そんな事を知らない2人はただすごいと感心するだけなのであった。
やがて馬車がたどり着いたのは大きな正門から広い庭園に出迎えられる豪邸であった。
「ふぅ、やっと帰って来れたのう」
「こんなに家を離れた事なかったから新鮮な気持ちだよ」
そう言って帰ってきたら喜びを語る2人であったが、ファモとメローヌはそれどころでは無かった。
「え……こんなに大きな家に住んでましたの?」
「シゾンって実はお嬢様だったんだ」
自分たちが想像するよりも遥かに大きな館に驚き戸惑ってしまっていた。
何度も話している事だが、2人は貧乏男爵家の生まれであり、貴族とはいえ平民と大きく変わらない暮らしをしていた。
家も平民の一軒家よりもやや大きい程度であり、その理由も執務を行う部屋がいるという程度の話である。
そんな2人は社交界に出ることもなく、貴族の知り合いもいないためにこのような豪邸を訪れる機会も無かったのである。
「私がお嬢様って、そんな訳ないじゃん」
「でも、使用人の人たちが2人のことをお嬢様って呼んでるじゃん」
「そんなの小さい頃からのあだ名みたいなもんだよ。
子供だからお嬢様って呼んでたからそれが染み付いてるみたいな」
もちろんそんな事は無い。
実のところ、子供の頃から祖父と共にこの屋敷に住み、外に出た事がなかったシゾンにとって自分が特殊な環境に生まれている実感がなかったのであった。
だが、馬車を降りて使用人達の奉仕を当たり前のように受けていく2人を見る事で、ファモとメローヌは場違いな場所に来てしまったのではという想いが溢れてくるのであった。