地味で着実な一歩
2023/06/02 誤字報告受け付けました。
ありがとうございます。
夏休みの補講は最低到達階層……一年生では5階に到達した時点で終了となる。
夏休みの予定を入れている生徒達も多数いるので、普通であれば最短での到達を目指す者が殆どだ。
だが、テッドはこの間にひたすら1階層を潜り続けていた。
生徒達にダンジョンの雰囲気を味わってもらう為に罠は無く、出てくる敵も少しでも実力を付けたファイターであれば無傷で抜けられる。
ここでひたすら魔物を狩り続けて得た経験値をクラスレベルの上昇に注ぎ込んだ。
だが、上げたのはファイターでは無くレンジャーのクラスである。
これがイズの提案したソロで進める方法であった。
ダンジョン内での罠を感知し、鍵のかかった宝箱を開ける。
それだけに留まらず、ソロでは致命的となりやすい状態異常に対する抵抗スキルなども豊富に揃っているので正にソロに打ってつけのクラスなのだ。
テッドはファイターに適性があるが、適性外だから取得出来ないという訳ではない。
レベル上げやスキル習得に必要な経験値が大きくなるだけなのである。
本来はダンジョンの奥に行って強い敵と戦った方が経験値の効率は良い。
一週間に一回という制限があれば尚更であろう。
だが、補講により時間は有り余っていたので着実に強くなる方法を選んだのである。
1階層では殆ど道具を消費しない為、ソロで不足しがちだったけど道具の補充も行うことが出来た。
鑑定品を売却し、お金を貯めて回復アイテムを充実させる。
(イズ先生は凄い……あの人のお陰で俺は目の前の道が明るくなった気がする)
正直な話、この案を試すまではそんな地味な事で何が変わるのかと疑問に思ってしまった。
何かを変えるにはもっと強くて激しい何かが必要だと思っていた。
だが、そんな物は無い。
自分の望みを叶えるには地味でも着実に前に進んでいく事だと実感した。
こうして彼の夏休みは瞬く間に過ぎていき……補講も最終日。
この日までに5階層に辿り着けなければ退学となってしまう運命の日。
3階層から出発した彼を見送り出したマリアだったが何も心配はしていなかった。
「彼は見違える程に強くなりましたな」
入り口で入場者の確認をしていたマリアだったが、自分に近づいてくる人物を見かけて声をかける。
「そうでしょうか?
まだまだ冒険者としては半人前ですよ」
現れたのはイズであった。
イズは救援用に使用するバニー衣装に身を包んでいた。
「実力はそうでしょうな。
しかし、心が全く違います。
最初に彼がソロで挑戦すると言い始めた時には心配で止めてしまいました。
ですが、今の彼であれば安心して送り出せますよ」
「……そうですね。
確かに今のテッド君なら成し遂げられるでしょう」
「ええ、ですから信じて待とうじゃないですか。
その装備から心配なのは分かりますがね」
「これは偶々着てきただけですよ」
「そう言う事にしておきましょう。
良ければ待っている間に模擬戦でもいかがですかな?」
「……少しだけですよ?」
この日、テッドは無事に5階層に到達……どころか、現在の最高記録である8階層まで一気に到達する事に成功した。
一日で5つもの階層を踏破したのは、この学園が始まって初めての記録であったと言う。