別人
一階層の浅い段階をオヴァーニとデアンが進んでいく。
実はこの2人、お互いに後衛という事情もあって2人で行動するのは初めてであった。
「………」
「………」
気まずさからか、お互いに一言も発せず黙々と進んでいく。
この浅い階層では突然変異的な魔物もおらず、魔物を見つけては魔法で攻撃して処理するという作業感が2人の沈黙を手助けしているようであった。
そのまま只管に魔物を見つけては殲滅していくという時間が過ぎていったのだが……
「あの、デア……」
「すまないな」
2人が声を発したのはほぼ同時であった。
「え、あ、なにが……ですか?」
「私なんかと組まされてもキツいだけだろう。
自分の野望の為にお前を利用したんだからな」
デアンがマタンと名乗っていた頃、彼女はエルフの里を救う為だという建前で巫女であるクレアの捜索をオヴァーニへと命じた。
エルフの里を救うという事自体は間違いでは無かった。
しかし、その本当の目的は巫女の力を吸収して自分が成り替わる事にあったのだ。
「それはそうですけど……ほら、私も結局裏切ってしまいましたし」
「それを想定して盗聴の魔術を仕込んでおったからな。
口ではお前にしか任せられないなどと言っておきながら、全く信用していなかったのだよ。
それなのに同じエルフというだけで私とセット扱いされるのも苦であろう。
だから……すまない」
そう言って改まってオヴァーニに頭を下げるデアン。
「あの……私も最初はマタン様が名前を変えられて一緒に行動すると聞いた時には戸惑いました。
でも、それは嫌とかではなくて……話す機会も無かった里の偉い人で殆ど面識がない人だったってだけで。
ええっと、なんて言ったらいいんでしょうね」
オヴァーニは必死に頭の中から伝えるべき言葉を探しているようで、無意識に指をぐるぐる回しながら何とか言葉を搾り出そうとしていた。
「知らなかったから何ですよ、デアンさんのことを。
でも、この数ヶ月で沢山の事を知って……美味しい料理が好きだったり、実は面倒見が良かったり、困ってる時はさりげなく手助けしてくれてとっても頼りになったり。
そういう一面を知っていくうちにどんどんとデアンさんの事が好きになっていきましたし……こう言っては何ですけど、マタン様と同一の存在だとは思えなくなったんですよ。
だから、私の中ではもうデアンさんとマタン様は別人だから気にしなくていいですし謝らないでください」
「しかし……私は……」
まだマゴマゴとしているデアンの両手をとる。
「もう、こうなったら強引に分かってもらうから!
貴女は私より年下の可愛いエルフの後輩。
そうでしょ、デアンちゃん?」
「ちゃ、ちゃん!?」
「そうだよ。
マタン様なんて知らな〜い。
私が好きになってもっと仲良くなりたいのはデアンちゃん。それでいいでしょ?」
「う、うむ。
お前がそれで良いというならば……」
「お前じゃなくてオヴァーニ!
はい、デアンちゃんも復唱して」
「……オヴァーニ」
「うん、改めてよろしくね……デアンちゃん」
「よろしく頼む……オヴァーニ」
こうして入る前と比べるとかなり仲が深まった2人。
デアンは戸惑いつつも、内心では初めて出来た友人を喜ばしく思うのであった。