第48話 またいつかと言えるように
冴え渡る剣技は、凶暴な魔獅子たちを事も無げに斬り伏せてゆく。
薄闇に閃く鋼の軌跡。嫌になるほど見憶えがある。
その真っ直ぐで迷いのない剣筋に、澪はかつての宿敵の姿を重ね見ていた。
「ヨハ……」
「お前ぇ! 来んの遅ぇんだよぉ!!」
涙目で声を荒げるジャンルカのもとへ、大股で歩み寄って来たのは、肩に両手剣を担いだ竜人の戦士――
「馬鹿言え。俺だけ閉め出し食ってたの忘れんじゃねえよ」
明星烈士カトナ・イグナーツであった。
一抹の寂しさを覚えるとともに、ほっとした自分もいる。人の生き死には不可逆だ。でなければ、ありえない願いまで求めてしまう。
(しっかりしなさい、大曽根澪。私はあの人の娘なんだから)
ぼんやりしている暇はない。牙を剥き起き上がる偽魔獅子を牽制する傍ら、澪はイグナーツに首尾を問う。
「門はいつ通れるように?」
「五分も経っていないはずだ。気づいてすぐ駆けつけて来た。カミーユが残した道標をたどってな」
タイミングからして『扉』が開き切る前後だろう。その影響で遺跡に何らかの不具合が起こったのかもしれない。
「献慈……」
「行こう。故郷の手がかりは多分、ここにはないよ」
献慈は向き直ることなく杖を振るう。引きつけた敵を、澪はラリッサと挟み撃ちに叩き伏せた。
開けた突破口。カミーユが先導し、澪が殿を担う。脱出は滞りなく進んだ。
*
遺跡の門前には、新月組の四人、そしてカミーユも揃っていた。
「ここまで来ればさすがに大丈夫だよね」
〈精霊鎧装〉が解除され、シルフィードと分離する。少女の姿に戻ったカミーユを早々に待ち構えていたのは、両腕を広げたラリッサだった。
「やっぱこっちのんが可愛ええよね!」
「わたくしも左様に存じます」
悪乗りしたシルフィードまでもが、ラリッサと一緒になってカミーユを愛玩動物のように撫で回す。
「はぁ~……もう好きにしろぉ」
反発する体力も残ってはいないのか、カミーユはされるがままになっていた。
一方、地面にへたり込んだジャンルカは、弾む息の間から愚痴をこぼす。
「ったく、寿命が縮んだぜ。何だよ、あの復活大サービスはよぉ」
「ハハッ、質の悪い冗談だったな」
背後からの唐突な返事。ジャンルカはバネ仕掛けのように飛び起きた。
「イグナーツ! もう追いついて来たのかよ!?」
「安心しろ。一匹残らずブッ倒してきた」
頼もしさも度を過ぎれば嫌味ですらある。あからさまに渋面を作るジャンルカを、イグナーツは鼻を鳴らし見下ろしていた。
澪は上級烈士との実力差を改めて痛感する。そんな私情はともかくとして、事態の確認は取らねばならない。
「『扉』はどうなりましたか?」
「綺麗さっぱり消え失せたよ。ただ、直前に妙なことがあってな」
魔獅子たちを全滅させるも、『扉』は依然として開いたままだった。増援が来るかと身構えたイグナーツは、境界の向こう側で悪魔たちが争う気配を感じたという。
ややあって『扉』は収束し、両世界は元どおり隔てられた。
(きっとカーヴェたちだ)
澪は直ちに察した。戦友とその姉妹が侵入者を排除してくれたのだと。
暮れなずむ夏空を見渡しながら、澪は懐からお守り袋を取り出す。中身は以前幽慶に渡した血と髪で作られた霊符だ。カーヴェとの分離が成った今、すでにその役目は終えている。
「持っておきなよ」
献慈の声が、澪を思いとどまらせた。
「……そうする」お守りを仕舞い、問いかける。「献慈は本当にいいの? 遺跡をもっと調べるなら今のうち――」
「いいんだ」
献慈は首を横に振り、言葉を続けた。
「実際訪れてみて確信したよ。遺跡を乗っ取って、あんな暗号まで仕掛けた過去のマレビトを、俺は知ってる」
「それって、前に献慈がお世話になったって人?」
うなずいた後、献慈は推論を語り始めた。
そのマレビトは、遺跡の中心に故郷へ続く『扉』を開くつもりでいた。だが、その先が魔界へ繋がっているのを知り断念する。
いずれ別の正しい方法を発見する時まで、遺跡を荒らされぬよう封印しようと考えたのだ――自分か、自分の意志を継ぐマレビトにしか解けない方法で。
「ついでにカプセル内の素体も確保していたんだと思う。寿命が尽きるまでに方法が見つからなかった場合、自分の魂を移して研究を続けられるように」
「でも、その人は結局……」
澪はそれ以上言葉を継げなかった。
献慈が答えを導き出せたのは、彼の知恵が特別優れていたからではない。仕掛けの主であるマレビトの気持ちが、自分と重なっていたから。
もう一度故郷へ帰りたいという未練。
「俺は何も迷ってなんかいないよ。未練も後悔も、ありのまま受け入れて生きていくって決めたから」
献慈の眼差しの向こうには、仲良く憎まれ口を叩き合うジャンルカとイグナーツの姿があった。過去の傷があってこそ今の関係が築き直せたことを、あの二人は誰よりもよく知っているに違いない。
カミーユもラリッサもきっとそうだ。生き別れた姉に、亡き祖母に、それぞれ心残りを抱えたまま、それでも笑顔で前へ進んでいる。
(献慈だけじゃない。私だけじゃないんだ)
心がふっと軽くなった。献慈と足並みを揃え、澪は仲間たちの元へ向かう。帯の上では土筆と向日葵の根付が、寄り添い合って揺れていた。




