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くにつほし九花烈伝〈レトロモダン活劇 第二幕〉  作者: 真野魚尾
第三章 暁月夜、仰ぐ東天に星宿の瞬くこと

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第47話 さよならは似合わない

 両断された獅子の殻を脱ぎ捨て、胸像が(まろ)び落ちる。

 それは(みお)たちのよく知る(ひゃっ)(けい)の形をしていた。血の気の失せた肌はまるで白蝋のようであった。


 『扉』は開かれていた。それは彼の者の命が捧げられたことの証明。

 別離の時が訪れたのだ。


「……カーヴェ?」


 澪の内側で声が聞こえた。行かなくてはならない――と。


「待ってるんだね。むこうで」


 (にわ)かに胸を、頭を、手足を、体を(むしば)む、痛み。数十日を共にした半身との別れは、文字通り身が引き裂かれる思いがした。


 半ば混じり合ったカーヴェの霊体が『扉』に引き寄せられ分離してゆく。その最後の瞬間、(みお)は揺らぐ鏡面の向こうに、カーヴェとよく似た姿――彼女が恋い焦がれた姉妹の(かお)を垣間見た気がした。


「……よかったね」


 さよならは言わない。共に過ごした時間も、結ばれた縁も、消えて無くなったりはしないのだから。




 霊障で白化していた(みお)の髪が、本来のつややかな黒一色を取り戻す頃――。


 横たわる(ひゃっ)(けい)の身体は今にも崩れ去ろうとしていた。

 救いなき咎人(とがびと)(まつ)()を、仲間たちが遠巻きにする中、ただひとり進み出る者がいた。


 (けん)()である。


「放っときなよ。ソイツがしでかしてきたこと、知らないわけじゃないでしょ?」


 カミーユの言い分ももっともだ。幽慶(ゆうけい)への冤罪や先の武力行使、過去複数の爆破事件への関与など、(ひゃっ)(けい)の犯した罪は数知れない。


「そうだとしても、誰にも看取られない最期なんて寂しすぎるだろ」


 (けん)()は百慶のそばに身をかがめ、そっと肩に置いた。

 力なく突き返される、悪態。


「敵に情けをかけるか……見下されたものだ」

「そう思うか?」ジャンルカが口を挟んだ。「生憎(あいにく)だがそいつ、本気で言ってるからな」


 ゆっくりと見開かれた百慶の瞳は、彼を真っ直ぐに見下ろす献慈の(おも)()しを映し出していたに違いない。


「よう見んさい、献慈くんの手元」


 ラリッサに促されるまま、百慶の視線が横へ動いた。

 献慈が手にしていたのは、香木をくり抜いて作られた数珠――幽慶(ゆうけい)に託された品であった。


 (みお)(けん)()の隣に身を寄せ、(ひゃっ)(けい)の顔を覗き込む。


「この世の全部を恨み抜いたまま死んでいくなんて、許さないから」


 百慶の目元には、敗者らしからぬ穏やかな微笑みが浮かんでいた。


「揃いも揃って……お節介な、奴ら……だ……――」


 事切れて後、黒く変色した(ひゃっ)(けい)の体は、音もなく溶け消えていった。




 死闘は静かに終わりを告げた。生贄(いけにえ)の供給が断たれるとともに、異界の『扉』も閉塞へ向かうはずであった。


 ――気をつけて。


(……カーヴェ……?)


 内側からの声。わずかに残った戦友(カーヴェ)との(つな)がりが、場に迫る脅威を(みお)に知らせてくれていた。


 間もなくして、ジャンルカが警告の声を上げる。


「おい、見ろ! 『扉』が……向こう側からこじ開けられてるぞ!」


 見ろとは言われたが、それは肉眼では捉えられない。澪に察知できたのは、いくつものただならぬ気配が、異界からこちら側へと侵入したことだけだった。


「みんな、容器(カプセル)から離れろぉ!」


 続くカミーユの呼びかけに、(かね)てからの気がかりが現実となってしまったのを知る。

 壁際に並んだ容器内の素体が、膨張しながら不気味な顫動(せんどう)を始めていた。


「悪魔憑き……!」


 依代(よりしろ)を得た異界の魂たちが凶暴な本性を現す。容器がひび割れ、次々と打ち破られた。もはや一刻の猶予もない。


「総員、(てっ)た――」


 (みお)が将としての決断を口にする間際、ジャンルカが仲間たちの前に身を躍り込ませた。


「四人とも、ここはオレに任せな」

「何……言ってるの……?」

「オレが食い止めるから、先に行けって言ってるんだよ」


 自信(あふ)れる微笑みを目にして、思わず澪は言葉を濁す。


「で、でも……」

「大丈夫だ。パワーアップした今のオレが、生まれたての一匹や二匹に(おく)れを取ったりしねぇよ」

「違うってば! ジャンルカ、後ろ!」

「後ろ?」


 振り向いたジャンルカは、十体を超す魔獅子――(ひゃっ)(けい)と同じ姿――の群れを二度見して、急激に両膝をガクつかせた。


「や、やっぱ今のくだり全部ナシで!!」

「よいよ……ジャンパイはすぐ調子乗るけぇじゃ」


 ラリッサに守られながら、ジャンルカはなおも慌てふためく。


「つか、どーなってんだよぉ、この状況ォ!?」

「おそらくですけど」(けん)()が答える。「受肉した悪魔たちが、場に残留した強者の情報を模写(コピー)したんだと思います」

「イムガイで似たような妖怪と戦ったっけなー……強さは段違いっぽいけど」


 カミーユも臨戦態勢に入るが、激闘を経た消耗は隠しきれていない。


 疲弊の度合いは、(みお)を含む仲間たちも同様だった。ましてや、たった今五人がかりで辛勝したばかりの敵十数体に囲まれているのだ。


 旗色は極めて絶望的。希望があるとすれば、


(見た目はともかく、本物ほど――)


 所詮は偽物。であればよかったのだが。


(――強い……!)


 襲いかかる獣爪。受け流しそこねた一撃は、本物の威力に劣らない。緩みかけた手の内を即座に締め直し、(みお)は反撃を切り返す。


「新月流――」




「――〈屠光迅剣(リヒト・シュレヒター)〉」




 敵群の後方で、二体の魔獅子が瞬時に細切れとなり散った。

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