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くにつほし九花烈伝〈レトロモダン活劇 第二幕〉  作者: 真野魚尾
第三章 暁月夜、仰ぐ東天に星宿の瞬くこと

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第44話 奪還

 ドルティオ遺跡の中心部、素体錬成場(カーナル・フォージ)。先史民族ドヴェルグの予備体(スペア)が保管されたこの場所に、施設を維持するための霊脈の力が集中しているのは明らかだった。


「いざ開かん――異界の『扉』よ」


 自らの命を代償に魔物を召喚する冥遍(めいへん)()の呪法を、(ひゃっ)(けい)(かい)()の術式に転用し発動させた。

 虚空が揺らぎ、仄暗(ほのぐら)間隙(かんげき)が覗くのを、(みお)もはっきりと視認する。


 ところが、それからしばらく経っても、一向に変化は訪れなかった。

 (しび)れを切らしたカミーユがうんうんと唸り出した頃、百慶が苦しげに膝を折る。


「やはり……わたしの命では足りないか」

「どういうこと?」と、澪。

「そのままの意味だ。魔物(マガヨイ)の召喚と『扉』を顕現(けんげん)させるのとでは、要求に差がありすぎたようだ」


 (ひゃっ)(けい)の顔色は(かんば)しくない。今この間も発動中の呪法によって、生命力を吸い上げられているのだ。


 皆が言葉に詰まる中、厳しい顔つきで百慶に詰め寄ったのはカミーユだった。


「アンタ今『やはり』って言ったよね? 本当は最初からこうなるって勘づいてたんじゃないの?」

「……否定はせん。だから用意はしてある――唯一の打開策をな!」


 俄然、(ひゃっ)(けい)は勢いよく立ち上がり、あろうことか両手に掛けられた()(かせ)を力任せに破壊する。


 (みお)たちは一斉に身構えるも、百慶に襲ってくる気配は(うかが)えない。


「いい気勢だ。だが慌てるなよ。わたしは今から呪法を暴走させ、己を魔物(マガヨイ)へと変異させる。より強力となった命を捧げ、開扉に必要な代価を(まかな)うのだ」

「あなた……一体、何者なの……?」

「お前と同じだ、(おお)曽根(そね)(みお)。わたしと教主、教団にただ二人の特異な霊媒体質――『御子(みこ)(ふう)じ』の被験体。邪神の依代(よりしろ)として適合した者と、そうでない者……後者がこのわたしというわけだ……!」


 荒々しい気迫とともに(ふく)れ上がる、(ひゃっ)(けい)の肉体。


「間もなくわたしは自我を失い、憎悪と(えん)()()き散らす破滅の化身へと生まれ変わるだろう。お前たちはわたしを討ち取り、この命を『扉』への供物として捧げるのだ」


 見る見るうちに百慶の四肢は金色(こんじき)の剛毛に覆われ、長髪はたてがみに、顔つきは獅子のそれへと変容してゆく。


 もはや選択の余地はなかった。それでも、(みお)の心にはやるせない思いがひしひしとのしかかる。


「あなたはそれでいいの!?」

「今さら何を悲しむ? お前はその身に巣食う悪魔を『扉』の向こうへと帰しに来たではないのか? この、わたし、の……命を、むざむざと犠牲にしてなぁッ!」


 獣面の怪物は、身の毛もよだつ咆哮(ほうこう)を上げて襲いかかる。狂おしいほどの怒りに塗り固められたその声の奥に、澪の耳は深い悲しみを聞き取った気がした。


(迷っては……駄目――)


 迎え撃つ太刀筋が、気持ちとは裏腹に乱れる。振り下ろされる獅子の爪を刀で(はじ)くも、続く膝蹴りへの対処が間に合わない。


 不意に一陣の突風が吹き荒れた。横合いからの奇襲に、(ひゃっ)(けい)の巨躯は遠く壁際まで押し飛ばされていた。


「どうしたんだよ、ミオ姉!? 随分ヌルいこと言うようになったじゃんか!」


 カミーユは精霊の翼で宙へ舞い上がり、風撃で敵に追い撃ちをかける。


「ううん。違うよ、カミーユちゃん。覚悟ができてないのは、澪ちゃんの方じゃなくて……」


 ラリッサも二丁斧を手に前方へ躍り出る。その後ろにはジャンルカが続いた。


「あの野郎、この期に及んでリーダーを惑わすようなこと言うんじゃねっつーの」

「みんな……」


 胸に熱い感覚が込み上げる。吐く息に合わせて震える肩に、温かい手の平が触れた。


「澪姉だけに重荷を背負わせたりしないよ」

「……(けん)()

「忘れないで。いつだって俺がついてるってこと」


 勇ましく微笑む献慈の髪は銀色に輝き出し、瞳は黄金色へと変わる。

 いつもそうだった。彼が自分から力を振るうのは、私を守ろうとするときだけ。


「うん。行こう……一緒に」


 (けん)()のことを想うと、力が湧いてくる。どんなときも自分を愛してくれる人が側にいる。そう信じるだけで、何でもできそうな気がした。


 ふたりで踏み出す足取りは力強くも軽やかに、仲間たちのもとを目指した。


 (つち)(ぼこり)の向こうに浮かび上がる輪郭は、もはや(みお)たちの知る(ひゃっ)(けい)の面影を残してはいない。

 そこに立つのは、負の感情に支配された、恐ろしくも憐れな獣であった。


「忌々しい偽善者どもめ……(しいた)げられし者の痛み、寄る()なき者の苦しみ、その身をもって知るがいい!!」


 喉も裂けんばかりの怒号が部屋中に響き渡る。

 しかし、ここには目を逸らす者も、後ずさる者も誰一人としていない。


「望むところ! あなたの怒りも悲しみも、全部私たちが受け止めてあげる!」


 玉水の霊刀、獅子の獣爪――刃を向けあった瞬間、(みお)は悟った。これはお互いにとって、自分を取り戻すための戦いなのだと。

(ひゃっ)(けい)(変異) イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16818023212670540148

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