第4話 おこしやす、ゆめみかん
ワツリ村から遠く西へ。
古の趣を残す旧都グ・フォザラの郊外に、廃寺を増改築した一軒の宿屋がある。現在、献慈と澪が烈士として活動する根城であった。
ススキ野原を背負い、潮ならぬ海を臨む宿〝ゆめみかん〟には、今日もエルフ女将の声がこだましていた。
「ミオー! ケンジー! オトモダチ来てるヨー!」
裏庭にひっそり建てられた小さな東屋の中、いかにもな魔法陣の刻まれた石版が置かれていた。
転移ゲートから、突然のお出まし。
「寒ぅっ! 厚着しとって正解じゃったね」
南国パタグレアから海を越えてやって来たのは、ストロベリーブロンドのサイドテールがトレードマークの褐色ギャルだ。
「リッサ、久しぶり~!」
満面の笑顔で駆け寄って行く澪を、ラリッサのハグが迎え入れる。
「お久~! 澪ちゃん相変わらず体温高いっちゃねぇ」
「もぉ~、私湯たんぽじゃないよ~」
「澪ちゃん、うちのこと水まくら扱いするけぇ、おあいこじゃ!」
ひっつき合う娘たちを、献慈はくすぐったい心地で眺めていた。
「二人とも、すっかり仲良しだなぁ」
「何ダ、ケンジ。嫉妬してるノカ?」
女将が茶々を入れてくるが、献慈にはもう慣れっこだ。
「女の子同士の仲に水を差したくないだけですよ」
「いい心がけネ。ウチのダンナも銀髪ムキムキ男と仲良くしてるダケド、ワタシ邪魔する気、一切ナイ」
「それはちょっと意味が違ってくると思います……」
そうこうしているうちに、澪たちがこちらへ肩を並べて歩いて来た。
大きな荷物を背負ったラリッサは、女将に恭しく一礼する。
「しばらくご厄介になりまぁす」
「こちらこ……ハグはワタシ要らナイ。それより部屋代は前払いでお願いするネ」
女将はふてぶてしく要求するも、ラリッサは怯まず。
「ん、わかった。……これでええ?」
リュックから雑に取り出されたのは、金の延べ棒であった。
手渡された女将は血相を変える。
「ナ……ナンジャコリャー!?」
「足らんかって? かさばるけぇ、はぁ全部渡してしまおうかね」
重さ一つ一キロはありそうな金塊が、続々と女将のエプロンに積まれていく。
「る……若蘭――ッ!! 今スグ宴の準備スルよろし――っ!!」
料理長の名を叫びながら、黄金の山を抱えた女将は母屋へと走り去ってしまった。
取り残された三人。澪と献慈は顔を見合わせる。
「献慈、女将さんにリッサの実家の話、した?」
「言ってない……」
ラリッサ・アルモニア・マシャド――一等烈士の父と食品会社社長の母を両親に持つお嬢様――はこの日、ゆめみかん上客リストのトップへと躍り出た。
応接間に用意されたコタツに、ラリッサと澪は我先にと潜り込む。
「魔導こたつじゃあ! 温いわぁ……どっかで二、三個買って帰ろうかね」
「いいなぁ。ウチもお父さんに頼んでみよっかなー」
澪とて宮司を父に持つ社家の令嬢である。新しい電化製品ならぬ魔導機には庶民よりも耳聡い。
「お邪魔します……」
お嬢様方のダイナミックな会話に気圧されつつ、献慈は遠慮がちに自分もコタツへ足を入れた。
「ほうじゃ。お土産持って来たん、渡さんにゃ」
ラリッサはバッグからバナナを一房取り出し、テーブルに置く。
「わぁ! ありがとう! ……もぐもぐ」
すかさず房ごと掠め取った澪を、ラリッサがたしなめる。
「ちょぉ! ふたり分じゃけぇ、献慈くんにも分けたげんさいよ!」
「えー! そ、それじゃ…………はい」
「(一本……)あ、ありがと――」
「献慈くんもじゃ! いつまでも澪ちゃん甘やかしとったらいけんのよ!?」
「ご、ゴメン」「ごめんねぇ……」
献慈と澪は揃って謝る羽目になった。
実際、ラリッサが間に入ることで、馴れ合いじみたふたりの仲は次第に変化しつつある。
良い兆候であると思いたい。お互い真に尊重できる関係を築くためにも。
それはそれとして、少し前から部屋の入り口で縮こまっている者がいることに献慈は気づく。
おずおずとこちらの様子を窺う、十歳ほどの少年。
「……あっ、ジェスロくんもゴメン。入って来ていいよ」
「し、失礼します」
ミカンを積んだカゴを抱え、小さな客室係が小股で駆け寄って来た。栗色のキツネ耳、褞袍の裾からは尻尾が覗いている。
俄然、ラリッサが色めき立つ。
「ぶちかわええー! パパが言いよった子よね!? 早よこっち来んちゃいや~!」
「ちょっと、ジェスロくん怖がってるじゃない! ……さ、お姉ちゃんと一緒にみかん食べよっか?」
澪も負けじとジェスロを誘うが、フワフワの獣耳と尻尾を狙うその双眸は傍目にも明らかなほどギラついていたため、いたいけな男児をかえって怯えさせる結果となった。
「あうぅ……」
「俺の横おいでよ。ほら、こっちのお姉さんが持って来てくれたバナナもあるよ?」
助け舟を出した献慈の方へ、ジェスロは弾かれるように逃げ込んだ。
「むうぅ……献慈ばっかりズルい!」
「ズルいって……そっちのんが気兼ねせんでええんじゃろ。男の子同士なし」
「……! なるほど……献慈、ジェスロ……『献ジェ』……」
「澪ちゃん、何言うるん……?」
女子の不穏な会話をよそに、献慈はミカンの薄皮を一つずつ剥いてジェスロに食べさせていた。
「甘くて美味しいね。これもいつもの果樹園で?」
「はむはむ……はい。契約農家で作ってもらってます」
「ええね。実はうち持って来たバナナも老師ん組織のシノギでなー」
「リッサぁ、子どもの前で物騒な話やめてくんない?」
談笑の時間は和気藹々と続いた。
ややあってジェスロが夕食の準備のため席を外すと、三人の間で話し合うべき本題が俎上へ載せられる。
「ようやくというか、何というか……俺たち、この三人でチーム結成ってことでいいのかな?」
「何回か仕事は一緒しとるけど、うちもこっちに部屋確保したけぇ、今から正式メンバーよね」
ラリッサは二人に三月ほど先駆けて烈士となり、地元パタグレアではすでに有望な〝新星〟として目されていた。
その戦闘スタイルはカポエイラに酷似したカリオン舞闘術、二丁斧を得物とし、奇襲や乱戦を得意とする野伏タイプである。
「よろしくね、リッサ。早速リーダーとして言わせてもらうんだけど、このチーム、戦力として足りないものがあると思うの」
そう切り出す澪は、正面から剣術で斬り結ぶ前衛型であることに疑いはない。
残る献慈は、主として敵の誘導や味方の治療を請け負うサポート役だ。
「澪姉の大師匠にも指摘されたんだ。ラリッサならもう察してるとは思うけど」
「後衛がおったほうええよね。魔法使いとか」
「うん。それと私たち三人とも若いでしょ? 戦闘だけじゃなくて、仕事全般に目配りの利く経験者が必要だと思うの」
四人目の仲間。その理想となる人物像は、現時点において固まりつつあった。
(年長者で、それなりに経験も豊富な、魔術士か――)




