第38話 安らぎの面影
門の内側には澪、献慈、ラリッサ、ジャンルカ、そして百慶がいた。
一方でカミーユは、イグナーツととともに遺跡への進入を阻まれていた。
境界を隔てる膜が双方を判別する条件には見当がついている。
「来い、シルフィード!」
カミーユは人差し指と小指を立てた召喚の祭印を掲げる。
呼応して現れるのは、緑風の乙女。
「お久しゅうございます、皆様。早速で恐縮ですが……」
シルフィードが再会の挨拶を送るも束の間、
「おう、行くぞ――〈精霊鎧装〉っ!!」
召喚士と精霊の交感。心身の同調を最大限に高めることで、鎧と化したシルフィードを、カミーユはその身に纏う。
長く伸びた髪と背丈に優越感を覚えながら、カミーユは堂々と門の下をくぐり抜ける。
「ほら、通れた」
カミーユは、献慈の胸に拳を突きつけ、言い放った。
案の定、間の抜けた問いかけが返ってくる。
「え? 何? どうやったの?」
「答えは単純。この世界と、もう一つ別の世界に由来する因子を持った人間だけが、門を通れる仕掛けになってる」
言うまでもなく、今のカミーユは、精霊界を起源に持つシルフィードとの二重体である。
他の面々も同じだ。献慈とラリッサ――マレビトはユードナシアの、澪は悪魔が有する魔界の因子を身に宿している。
納得いっていないのはジャンルカであった。
「オレと百慶は? どうして入れたんだ?」
「知らん」
「んあっ!? そこは何かねぇのかよ!?」
「いいじゃん。とりあえずは通れたんだし――ってわけで」カミーユは門の外を振り返る。「おじさん、留守番お願いね」
その申し出を、イグナーツは不承不承受け入れる。
「仕方ない。『扉』が顕現すれば、凶暴化した魔物が集まって来るかもしれん。俺はここで退路を確保しておこう」
「助かるぅ」
「カミーユ、監督権限をお前さんに委譲する。とくに得体の知れない百慶、気をつけて見張っといてくれ」
「アイサー!」
カミーユの返事にうなずいた後、イグナーツは旧友にも言葉をかけた。
「それから……ジャンルカ、無理をするなよ」
「はぁ? し、してねーよ」
「ならいいんだがな。帰ったら二人で酒でも酌み交わそうぜ」
「……おう」
門前にイグナーツを残し、カミーユたちは遺跡を奥へと進んで行く。
二点間の転移とは違い、門の内外は空間的に繋がっている。折り畳まれた内部が展開される仕組みらしい。
壁面自体が放つ微光のおかげで、広さのほどは難なく把握できた。六人で横並びになっても通行には支障がない。天井の高さも縦に三、四人分といったところだ。
「カミーユ、鎧装のままで疲れたりしない?」
献慈は気遣ってくれるが、要らぬ心配だ。
「あー、前に使ったのは出力重視の『直列同調』だから。今やってるのは持続時間重視の『並列同調』。戦闘力はそこそこだけど、一日ぐらいは保つんだわ」
魔術ギルドにいる間、カミーユはセルジュから〈精霊鎧装〉のコツを教わっていた。その点は抜かりない。
「へー、カミーユもいろいろ頑張ってるんだね。頼りにしてるから」
以前と変わらぬ調子で、澪が明るく労ってくれる。
態度とは裏腹に、変わり果てた髪と瞳の色――悪魔に霊体を侵食され、内心不安で仕方がないだろうに、周りへの気配りを忘れてはいない。
優しくて、心強い、姉のような存在だ。
「ふふん。任しといてよ、ミオ姉」
リコルヌ族の鋭い五感と、精霊使いとしての優れた霊感。『扉』を開くのに適した場所を探すため、自分以上の適役はいないことを、カミーユは知っている。
(あたしがミオ姉を助けてあげるんだ)
産毛がざわざわする感覚。きっとこの通路の先に、その場所はある。




