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くにつほし九花烈伝〈レトロモダン活劇 第二幕〉  作者: 真野魚尾
幕間 弐

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第29話 じゃじゃ馬ならし

 魔術ギルドとは、トゥーラモンドで使われているあらゆる魔法の管理・保全を行う国際機関だ。


 ギルドのリュゴー騎士団領支部はここ、オルカナ王国との国境近くにあった。


 かつて辺境警備を担っていた古城は、現在カミーユが身柄を保護されている場所でもある。


「おはようオッサン。さすがに今日は手紙来てるよね?」

「届いてないぞ」


 即答するのは、仏頂面の保安員。カミーユと同じ、頭に一本角を頂くリコルヌ族のセルジュ・カルヴァンだ。


「あんにゃろう、一ヵ月も連絡なしかよ……!」

「帝国の宮中(きゅうちゅう)(はく)も暇ではないのだろう。それより今日の日程だが――」


 セルジュは、カミーユの焦燥をよそに話を進めた。


 ここ数年の間、各地でやりたい放題の狼藉(ろうぜき)を働いてきたカミーユは、その(つぐな)いとして二百時間の奉仕活動を命ぜられていた。


 具体的な活動内容は、書庫での資料整理や施設内の清掃、たまに付近の魔物退治の手伝いなどである。


「また掃除かよ! つまんねー!」

「そうむくれるな。そのつまらん仕事も今週で(しま)いだ」


 カミーユの〝刑期〟も終盤を迎えていた。だが、終わるなら終わるで、このまま何事もなく自由の身というのも寂しくはある。


「どうせなら外回り連れてってよー。最後ぐらい派手に暴れたい――」


 その希望は早くも叶えられそうだった。

 玄関ホールに駆け込んでくる足音が、新たな騒ぎを予感させる。


「保安部長! 報告……よろしいでしょうか」


 魔導士然とした若い保安員がセルジュに、次いでその隣に立つカミーユに目をくれる。


「構わない。話してくれ」

「平原に異界の『扉』が……悪魔(ディーモン)の軍勢が出現しました」




  *




 要するに、世界のどこかで強力な――異界とのつながりが生じてしまうほどの――空間の歪曲現象が起こったのだ。

 それが霊脈を通じて、遠く離れた別の場所にも影響を及ぼした。


 ギルドの観測によれば、影響元ははるか東方、イムガイ国方面との見方が有力だった。


(イムガイかぁ……ケンジたち大丈夫かな……)


 カミーユは、調査名目で現場へ向かうセルジュの助手として同行していた。


「ぼうっとするな。森を抜けたら即戦闘になる可能性もある」


 戦力はたったの二人。戦場となるであろう平原は目と鼻の先だ。


「わかってるよ。あたしだって自分の身ぐらい守れるし」

「頼もしいことだ。いいか、絶対にこちらから挑発はするなよ」


 そう釘を刺すと、セルジュは自分の傍らに水の乙女オンディーヌを召喚する。

 カミーユもそれに(なら)って、シルフィードを呼び出した。


「多くて三十体だっけ?」

「全体でな。ほとんどは北側の部隊が引きつけてくれているはずだ。我々は後詰(ごづ)めに徹するぞ」

「部隊って……むこうも三人ぽっちじゃん」

「人員不足だ。贅沢を言うな」

「へーい」


 北上を続けて間もなく、木々がまばらになる。

 視界が開けてきた。そう思った矢先、前方から二つの人影が飛ぶように接近して来るのが見えた。


 角と飛膜を生やした、赤黒い人型の怪物。


「下がっていろ」


 セルジュたちが前に出る。分厚い水壁が出現し、飛び込んで来た二体の悪魔を防ぎ止めた。


「〈槌落水(ハマーフォール)〉」


 踏みとどまった一体を、高速落下した水塊が撲殺する。

 大きく撥ね飛ばされたもう一体は、シルフィードの射線上だった。


「行けぇ! 〈疾風追奏(ウィンドチェイサー)〉っ!」


 カミーユの求めに呼応し、吹き荒れる緑風の刃が敵を寸断した。


「何だ、楽勝じゃん」

「たしかに。どうも弱っている様子だった」

「そうなの?」

「気のせいかもしれん。こうして悪魔と遭遇すること自体(まれ)だからな」


 答えながら、セルジュは悪魔の角や飛膜の破片を手際よく回収している。


「ふぅん……そもそも悪魔(こいつら)って、何が目的でトゥーラモンドに来るんだろ」

「さあな。確かなのは、今それを考えている場合ではないということだ」


 カミーユたちは歩みを早めた。

 『扉』が近づくにつれて、空気中に漂う闇の元素が活発になるのを感じる。


 闇の活性は、魔物が凶暴化する原因ともなる。依頼なしには動けない烈士組合に先んじて、魔術ギルドが速やかに事態の収拾に向かうべき理由だ。




「さて、現場到着だ」

「あれが『扉』……?」


 だだっ広い草原の真ん中に、光を屈折して揺らめく水面のようなものが浮かんでいた。


 その周りを二十体ほどの悪魔が飛び回り、三人の魔術士たちに攻撃と離脱を繰り返している。

 親玉らしき存在は確認できない。烏合の衆だが、数は脅威だ。


「助けに行かないと!」

「いや、ここからで充分だ」


 セルジュは、オンディーヌとともにその場で両手を大きく掲げた。

 二人の頭上へ、見る見るうちに膨大な水が集積していき、見上げたカミーユの視界を覆い尽くすほどの大渦を作り上げる。


「極大魔術!?」

「見せてやる――〈清澄なる万水の流転クリアウォーター・リヴァイヴァー〉」


 ()(また)に分かれた奔流は、さながら水龍の群れとなって戦場を駆け巡った。その顎門(あぎと)に呑まれた悪魔たちは、為す(すべ)もなく塵と消えゆく。


 すぐさま一掃されるかに思えた悪魔の軍勢であったが、一体だけ範囲外へと逃れた者がいたのを、カミーユは見逃さなかった。


「ん!? アイツはあたしらに任せろぉ!」

「待て、深追いするな!」


 セルジュの制止も聞かず、カミーユはシルフィードの追い風を受けながら逃走者を追って行く。


 追いついた地点は、森の手前であった。


「捕まえ…………た――っ!?」


 突如、木陰から伸びた巨大な手が悪魔を掴み取り、上方へと運んで行く。


 バリバリという()(しゃく)音におそるおそる顔を上げると、そこに立っていたのはカミーユのゆうに三倍はあろうかという身の丈の、大鬼(オーガ)であった。


 血走った両眼が、次なる()(じき)を値踏みするように見下ろしている。


(ヤバい……凶暴化して――)


「嬢ちゃん、そこを動くなよ」


 前方から発せられた声に、カミーユは思わず立ちすくむ。

 俄然、オーガの巨体が真っ二つに断ち割れ、その後ろから両手剣(ツヴァイヘンダー)を担いだ大柄な男性が姿を現した。


(むっ……!? ワイルド系イケおじ発見!)


 屈強な体躯に、竜の角と尻尾――竜人族(ドラコニアン)の戦士だ。


「間に合ったようだな」


 後ろからセルジュの声がした。問いただすまでもない。正面の戦士は、彼があらかじめ呼んだ助っ人だろう。

 二人の男は平然と言葉を交わす。


「デカブツどもは全部片付けて来たぞ。こっちは心配ない」

「そうか。恩に着る」


 こちら方面がオーガの生息地帯だと見越したセルジュの判断に違いない。大剣の戦士の素性も自ずと察せられる。


「ねえ、あのオジサマって上級烈士?」

「ああ。昔の知り合いだ」


 耳打ちするカミーユとセルジュを見て、戦士は鼻を鳴らす。


「じゃじゃ馬の世話とは、お前さんも苦労人だねえ」

「そういう貴方は随分と丸くなったご様子で」


(じゃじゃ馬……あたしのことかぁ――っ!)


「歳を重ねりゃ(かど)も取れるってもんさ」


 言い残して、戦士はあっさりと去って行った。


「……え? 終わり?」

「終わりだ。まだ暴れ足りないとか言うなよ?」

「い、言わねーから!」




 平原の『扉』は、間もなく派遣されて来た森祭司(ドルイド)たちによって封じられ、悪魔騒ぎは落着した。


 翌週にはカミーユに課せられた奉仕活動のノルマも果たされ、晴れて自由が言い渡された。


 だが、幸か不幸か、平穏な日常はじゃじゃ馬改め〝青嵐の魔女(ストームウィッチ)〟を一月とつなぎ止めてはおかないのである。

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