第24話 目覚めの刻 (とき)
十字星が未発見の『扉』へと向かっていた頃――。
新月組の四人は六宝牌の案内で、彼らが一度たどった道を突き進んでいた。
「ここを真っ直ぐです。段差にはお気をつけください」
先導するのは六宝牌の大盾使い。幽慶と同じ鬼人族の立派な体躯を持つ男だった。ほか五人の団員は、明かりを持つ風水師を守るよう取り囲んでいる。
左右両翼はラリッサと澪、殿は献慈とジャンルカが務めていた。
「やっぱエヴァンも誘やよかったかもなぁ、戦力的によぉ」
「戦力なら居残り組にも必要でしょう。百慶さんが暴れ出す可能性がないとも限りませんし……」
話の途中、突然ジャンルカが歩みを止めた。
「どうしたんですか?」
「何だか、妙な感覚が……」
「『扉』が近いせいでは?」
魔界の空気とされる瘴気は、魔物を凶暴化させる一方で、人間には不安や倦怠感を覚えさせることがあるという。
「……ま、そうだよな。悪ぃ。さっさと進もうぜ」
献慈たちが隊列に戻ると、前方から澪たちの話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、リッサ。気づいた?」
「壁の文様じゃろ? オルカナの遺跡と一緒よね」
ラリッサが言っているのは、先月調査に行った遺跡のことだ。
あの時、献慈はジャンルカの付き添いで待機していた。そのため、実物こそ確認してはいないが、写し取られた拓本の文様と壁面のそれは確かに酷似している。
「ここはもう調査済みらしいけど、不思議だね」
「ほうね。こがぁに離れとって同じ文化圏ゆうことじゃろ」
かつてこの世界トゥーラモンド全域を支配したとされる先史民族ドヴェルグだが、その実態はいまだ多くの謎に包まれたままだ。
「私たちみたいに転移ゲートで行き来してたとか」
「もしそうじゃったら痕跡とか残っとるはずじゃけ――」
取り留めもない会話は、厳かな声に遮られた。
「お喋りはその辺りにしておきなされ」
六宝牌の最年長である山伏がタヌキ耳をひくつかせる。獣人が持つ鋭い五感を信用しない理由はない。
間もなく献慈の耳にも、こちらへ近づいて来る不穏な物音が聞こえてきた。
「この先の広場へ!」
先導役が手引きする。
「急ぎましょ」
澪の指示で皆が敵を迎え討つ態勢に入る。
正面と横側の道から、それぞれ魔物の集団が押し寄せて来た。巨体の赤鬼がシュノバン、長い舌を伸ばした妖鬼がシタナガだ。
六宝牌の守りは固い。彼らが敵の勢いを食い止めている間に、新月組が側面から攻撃を加える――それだけで作戦は事足りるはずであった。
「油断するでない! まだ新手がおるぞ!」
山伏が警告を発する。
だが、それよりも前に献慈は――というより、献慈の身体が――気づいてしまっていた。
激しい胸の疼きに思わず跪く。かつて宿敵の手に貫かれた古傷が、熱く、燃えるような輝きを放っていた。
(これは……防衛反応か……!)
献慈の奥底に眠っていた力が、まだ見ぬ強敵に対抗しようと、再び目覚めようとしているのだ。
「献慈、その異能って……」
澪の瞳には、半年前の死闘の時と同じ、髪を銀色に発光させた献慈の姿が映っている。
潜在力の意識的暴走――〈仙功励起〉。
「あの不完全な魔王と同等か、それ以上の大物がいるのかもしれない」
答えながら、献慈はラリッサとジャンルカにも視線を送った。彼らにも事の次第は伝わったとみえる。
澪は言うに及ばず。
「一緒に来てくれる……?」
「もちろん」
差し出された手を握り返し、献慈は立ち上がる。
それ以上の言葉は要らない。乱戦になる前に強敵の介入を防ぎ止める。
先行するふたりへ、仲間たちから餞別が贈られた。
「〈奇幻灯火〉――持ってけ!」
ジャンルカが寄越したのは、味方の体温を追尾する照明球だ。
次いでラリッサが、バッグに預かっていた一振りの刀を澪に手渡す。
「澪ちゃん!」
螺鈿蒔絵で橘が描かれた鞘、ヒマワリを象った透かし彫りの南蛮鍔――ラリッサの祖母が遺した霊刀・澪標天玲だ。
澪は刀を取り替え、献慈とともにその場を駆け出した。
「みんな、行って来るから」
「ここは任せとけ!」
ジャンルカの指先から紅焔が閃き、道を開く。敵群の只中を突っ切って、ふたりは遺跡の奥へ進む。
(この胸騒ぎは異能のせいなのか)
心は、誰へともなく問いかける。
(俺は、澪姉を連れて来てもよかったんだろうか)
答えてくれる者はいない。




