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くにつほし九花烈伝〈レトロモダン活劇 第二幕〉  作者: 真野魚尾
第二章 宵闇を照らせ、地上の星たちよ

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第21話 ミコフウジ

 瑠仁(るじ)(ろう)(すい)()たちに引っ立てられて来たのは、半白の濡れ髪を薄ら笑顔に貼り付けた(ひゃっ)(けい)であった。


 不肖の弟子を目の前にして、幽慶(ゆうけい)は重く言葉を紡ぐ。


「……まずは見せてみい」


 霊体に刻まれた呪法の跡――命を糧に魔物を召喚する外道の法――が()て取れる。解呪の手順を誤れば十中八九、暴走するだろう。


 ならば、と幽慶は弟子の背中にそっと手を当てた。


「喝――!!」

「ぐはぁ……っ!」


 百慶の体がびくりと跳ね上がる。呪いを法力で強引に押さえ込んだ反動である。


「これで数日は()つ。下手にいじくり回すよりは安全だろう」

「残念ですよ。誰一人道連れにもできぬとは」


 負け惜しみとも取れる百慶の発言に、皆一様に渋面を作る。


「さっきの爆発は百慶、お主の仕業だな」

「ええ。ですが……直前に気取(けど)られましてな。わたしはこのとおり、船の外へ放り投げられました」

「ラリッサ殿が?」

「指輪が光るのが見えました。何らかの魔導具で身を守ったのでしょう」


 烈士が身分の証として身に着ける透明の指輪――瑠仁(るじ)(ろう)の調べによれば、新月組(しんげつぐみ)は指輪に細工をし、転移ゲートの認証キーとして利用しているらしい。


 ゲートに自然蓄積された魔力を転用し、ラリッサは緊急退避を行っていた。


「うむ。ラリッサ殿は無事よ。お主は不満だろうがの」

「互いに生き延びたところで、猶予はございますまい。今頃『扉』はもう開きかけておりましょう」


 事実、その対応を(うる)()たちが迫られている最中だった。遺跡地下で発生した空間の亀裂が穴と呼べる大きさにまで広がったのを、先ほど風水師が感知したのだ。


 百慶という『鍵』が使われることなく『扉』は内側からこじ開けられていた。度重なる強敵召喚の余波によって。


「来るがよい。お主の知恵を借りたい」




 幽慶(ゆうけい)は、(うる)()たちの前まで(ひゃっ)(けい)を引き連れて来た。


 二人の風水師が口々に何かを(まく)し立てている。


「異界から禍々しき気配が流入しているのを感じます」

「それも二ヵ所同時にです」


 風水師は霊脈を通じて空間の歪みをある程度感じ取ることができる。


「二ヵ所だって?」


 問いただす潤葉の隣で、香夜世(かやせ)がはっとした面持ちを見せる。


「以前に陰陽寮で予測された『扉』の候補地は三ヵ所。そのうち二ヵ所はこの近辺で一つに収束したと思われていましたが……」

「極めて近い距離に共存してたってことか」


 陰陽寮が割り出せるのは歪みの大雑把な位置のみだ。実際この場に出向くまで、正確な状態までは誰にも知り得なかった。


「異変に気づいたのは、(しず)めの儀式の最中でした」

「今思えば、霊脈の活性化が収まらなかったのは、近くに潜んでいたもう一つの歪みと共鳴していたせいかと」


 撤収際のごたごたで報告が遅れたことを、風水師たちは詫びた。

 その落胆を嘲笑うかのように、(ひゃっ)(けい)が口を挟む。


「よくやったではないか。何を落ち込むことがある」


 烈士たちが一斉に百慶を睨みつけるも、当人はどこ吹く風だ。


「わたしが葬られれば二つの歪みが融合し、一つの大いなる『扉』が開かれるはずだった。それを諸君らは阻止したのだ。喜ばしかろう」


 挑発には取り合わず、幽慶(ゆうけい)は冷静に尋ねた。


「百慶よ、不完全な『扉』から這い出て来たのは邪神の眷属か?」

「おそらくは。その者らを異界へ送り帰せば『扉』は自然に減衰、消失しましょう」


 百慶が素直に答えたのを見て、烈士たちは意外そうに目を(しばたた)かせる。

 その一方で総大将・(うる)()の両眼には、並々ならぬ決意の光が宿っていた。


「二手に分かれて『扉』を封じに向かう。一組は僕たち(じゅう)()(せい)だ。そして――」

新月組(しんげつぐみ)も行かせてもらう。いいよね? みんな」


 (みお)の呼びかけに異を唱える者はいない。

 否。一人だけいた。それは味方ではなく。


「やめておけ、(おお)曽根(そね)澪。お前は『扉』に近づくべきではない」


 (ひゃっ)(けい)の意図を量りかねた幽慶(ゆうけい)であったが、問いただすよりも先に澪本人が口を開いた。


「私が御子(みこ)だから?」


 特定の日に生まれた子どもを祝福する『御子(みこ)(ほう)じ』の風習――かつて澪は二度イムガ・ラサの神宮を目指して旅立つも、道半ばにして挫折したという。


「勘づいていたか。いかにも、あれは元来『御子(ほう)じ』などという呑気な祭ではない。生まれつき不安定な(うつわ)精霊(カミ)を封じ込める『御子(ふう)じ』だ」


 古代の祭司たちの試みは徒労に終わった。そうして一旦は廃れた憑依の術法を、冥遍(めいへん)()は数百年の時をかけ、教団の目的に適うよう改良を重ね復活させたのだ――そう百慶は誇らしげに語る。


「我が同胞らがイムガ・ラサに根を張る理由がわかっただろう。のこのこと神宮へやって来る、御子気取りの田舎者を生け捕りにするためだ。お前たちの言う邪神の依代(よりしろ)としてな」


 百慶が心から澪の身を案じているとは思い難いが、警告には違いない。御子が『扉』に近づけば、その身に異界の存在を誘い寄せてしまう危険がある。


 澪は一度仲間たちの方へ視線を送り、次いで風水師たちに尋ねる。


「もしこのまま『扉』を放っておくとどうなる?」

「増大する歪みが(しきい)()を超えた場合、完全な封印は困難になります」

「猶予はどれくらい?」

「日没までは()つはずです」


 澪は無言で(うる)()と首肯を交わし、それぞれの陣地へ戻って行く。


「三十分後に出発する。力を貸してくれる者は速やかに申し出てくれ」


 選択は変わらない。烈士とは常に可能性を天秤にかけ、望みの大きい方へ進む生き物だ。

 皿に積まれる己が身の安全は、往々にして軽い。


「邪教と(ののし)られる我らと、貴方がた烈士、どちらがより狂っているのでしょうな」


 連れ去られて行く百慶の顔から、最早(あざけ)りは消え失せていた。

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