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くにつほし九花烈伝〈レトロモダン活劇 第二幕〉  作者: 真野魚尾
第二章 宵闇を照らせ、地上の星たちよ

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第17話 対岸に立つ者

 幾本もの巨大な水柱が同時に噴き上がった。

 水煙の向こうから襲い来る蛇身の怪物・ミヅチの一群を、烈士たちが迎え討つ。


「〈煌炎破(インフレイム)〉ッ!」


 新月組(しんげつぐみ)の魔術士・ジャンルカの先制で、まずは一体目の頭部が爆炎の中に消し飛んだ。

 すかさず同組のラリッサが二丁斧を掲げ飛翔する。


「〈翠星氷霜波(ジェアダ・エステラ)〉!」


 凍気渦巻く斬撃波が一挙に二体を縦断した。


「今だ、突撃せい!」


 幽慶(ゆうけい)の号令で部隊が総攻撃を開始する。水辺での戦いを得意とするネコ科の獣人――東洋では(すい)()と呼ばれる――のみで構成された没汀(ぼってい)()の拳士たちだ。


 湖面に張った薄氷がミヅチの動きを鈍らせる。振り回す尻尾の一撃を、水虎たちは華麗に(かわ)しながら鉄爪や拳脚を見舞った。

 湖岸の制圧は早くも目前だ。


「船に手出しできねぇのがもどかしいぜ」


 ジャンルカがぼやいた。船体に施された防炎の術式は元より、下手に信徒を葬れば強敵の召喚を誘発する恐れがある。

 とはいえ、このまま消耗戦に持ち込むのは避けたいところだ。


瑠仁(るじ)(ろう)の到着を待とう。今少しの辛抱ぞ」


 幽慶は返事の傍ら、対ミヅチ用の防毒結界を維持する。


「……責任背負(しょ)い込みすぎてなきゃいいがな、おたくの大将よ」

「何、この程度の苦戦は想定内よ。まだ何も終わってはおらん」


 (じゅう)()(せい)率いる烈士連合に課せられた目標は三つある。


 一つ目は、魔物の掃討および邪教徒の鎮圧。

 二つ目は、敵首謀者の特定と拘束。

 三つ目は、乱れた霊脈を正常化し、空間の歪みを修正することだ。


 後の項目ほど達成は困難になる。この場では最低限、一つ目の目標さえ遂行できればいい。

 いわゆる『一般烈士』にすぎない自分たちに、初めから過度な成果は期待されていないのだから。


「だな。仮にオレたちがヘマしても『上級烈士』様が後始末してくれらぁ!」


 振り向きざまに、ジャンルカは〈炸散火(スプレッドファイア)〉でワイラの集団を焼き払う。有象無象にもう用はない。


 残るは数体の大物だが、それらもすでに(うる)()(みお)の率いる精鋭たちが倒しに向かっている。


(戦局は我らが優位、敵方は要所を制圧――痛み分けよのう)


 幽慶は敵船へ向けて声を張り上げる。


冥遍(めいへん)()に告ぐ、矛を収めよ! この上(いたずら)に命を散らすこともなかろう!」

「フハハ……相変わらず情け深いことですな、我が師幽慶よ」


 尊大な笑い声とともに、敵の頭領が船の舳先へと進み出て来た。


「ようやっと顔を見せたの、(ひゃっ)(けい)


 遠目に映す元弟子の立ち姿は、かつて面影を色濃く残していた。薄っすらと窺える顔の皺、灰色に染まった髪と(ひげ)だけが、三十年の時の経過を思わせる。


 獣人の中でも、水虎はとくに老いが緩やかな種族だ。百慶は母親から水虎の血を引いていた。


 両親を魔物に惨殺された百慶は、幼くして天涯孤独の身となった。

 その生い立ちに嘘はないのだろう。ただ、幽慶の寺へ転がり込むよりも前に冥遍夢と出会っていた、それだけのこと。


 一見してヒトと変わらぬ姿、だが先の千切れた尻尾が、幼き百慶に降り掛かった運命の過酷さを静かに物語っている。


(きゅう)(かつ)のお詫びに教えて差し上げましょう。我々の目的は、貴方がたが邪神と呼ぶ存在を異界からこの地へと招き入れること」

「知っておるわい。(ぬし)らの積み上げた歪みは空間の均衡を破りつつある」

「ええ。ですが正しく『扉』を開くには『鍵』が必要でしょう。その『鍵』こそ、我が命にほかならない」


 百慶は短刀を抜き、自分の首筋に当てて見せる。

 色めき立つ敵味方両陣営を見渡しながら、百慶は冷笑し、刃を鞘へと戻した。


「最後の機会を与えましょう。わたしを生け捕りにしてご覧なさい。もっとも、初めからそのおつもりでしょうが」


 あからさまな挑発だった。百慶は去り際に幽慶と――ラリッサを一瞥し、甲板まで戻って行った。


「あやつめ……どのみち『扉』が開くのは時間の問題だろうに」


 歯噛みする幽慶の横で、ジャンルカがおもむろに口を開いた。


「うちのリーダーから聞いた話なんだが――」


 半年前も冥遍夢は北の古墳群で儀式を試みた。それを図らずも妨害したのが、澪の母親の仇であったという。

 結果として邪神召喚は阻止されたが、余波によって湧き出した魔物たちが旧都を襲撃するに至った。先の動乱の顛末である。


「『扉』が不完全な形で開く分には、まだ救いがあるかもしれねぇ」


 気休め程度の希望だが、とジャンルカは付け加える。


 百慶本人が言ったように、自分たち烈士がすべきことは変わらない。

 水辺のミヅチたちは一掃され、陸側の敵も殲滅間近だった。


 幽慶たちのもとへ走り込んで来るのは、(うる)()香夜世(かやせ)(みお)(けん)()の四人だった。


「遅れてすまない。ルジの到着はまだかい?」

瑠仁(るじ)(ろう)なら……ほれ、来よったぞい」


 幽慶の指差す対岸に、肩で息をする狐忍の姿があった。

 その背中に負ぶさっていたのは――


「エヴァン!?」ジャンルカが声を上げる。「瑠仁郎のヤツ、なかなか来ねぇと思ったら……あいつを連れに行かせてたのか」


 褐色の肌、豊満な肢体を惜しげもなく晒すエルフの魔女を、見間違えようはずもない。

 エヴァンゲリスは瑠仁郎の背中から降りると、挨拶代わりのウインクをこちらへ送ってみせた。


「作戦を盤石にするため急遽手配したんだ」


 そう答える潤葉の隣で、香夜世が得意げに眼鏡を押し上げる。彼女の式神が連絡をつけたのは言うまでもない。


「いよいよ最終作戦か。任せたぜ、特攻隊長さん」


 ジャンルカは、大役を担う仲間へと手を伸ばす。触れ合わせた拳の一方が、武者震いに揺れていた。


「準備万端じゃ。うちはいつでもええよ」


 いつになく真剣なラリッサの面持ちに、烈士たちの期待の目が注がれていた。

(ひゃっ)(けい) イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330666824965364

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