第1話 ジャンルカ・グァルニエリの憂鬱
春はまだかと、ぼやきたい気分だった。
岩肌を走る風が、赤毛を執拗になびかせる。尖った耳先の感覚も、いい加減痺れてきた。
「とんだ里帰りになっちまった」
ジャンルカ・グァルニエリが拾われたのは、この山中だったと聞いている。
幼年期を過ごした麓の修道院で、自分が希少な魔人族であると教わった。三十をとうに過ぎた体は、道理で今も若作りだ。
「でも助かりましたよ。ジャンルカさんが案内してくれて」
仲間が励ましの言葉をくれる。この少年といい、三人とも気のいい後輩たちだ。
「そう言ってもらえると気が晴れる。けど気を抜くなよ。こっから先は猪鬼どもの勢力圏だ」
押し上げた眼鏡越しに見る山道に、早速と不穏な影がちらつき始めた。
「頼むぜ、リーダー」
「任せて」
行灯袴を翻し、長い黒髪の剣士が前衛に躍り出る。
「うちも行っちゃる」
褐色肌の少女もすぐ後に続いた。
ただ一人、先ほどの少年がジャンルカのそばに残り、周囲に気を配っている。
「慎重に進みましょう。……あ、右手の岩陰に一体隠れてます」
「相変わらず目ざといねぇ――」
魔力を集中、詠唱を開始する。
「――煌々たる焔の滾りを、熱る掌に灯し、燃やし、其を葬れ……」
その間、少年は杖を構え側方へ回り込む。
イノシシのような鼻面と牙を持つ亜人が、棍棒を手に迫って来ていた。
「こっちは俺が引き受けます」
ゆうに二回りは大きな相手だが、少年は怯まず。
「〈彪鞭崩嶺嶄〉!」
トンビコートをはためかせ、跳びかかる一撃は、猪鬼の鎖骨を打ち砕いた。大きなアドバンテージを得た少年は、暴れまわる巨体を物ともしない見事な立ち回りを見せる。
(一年坊主の動きじゃねぇよ。どんな修羅場をくぐったらここまで――)
難解な話だが、少年はつい最近「達人の領域に入門」する機会があったらしい。緊張と弛緩のバランスで気配を察知できるのだとか。
かといって思いどおり動けるわけではない、などと謙遜してはいるが、なかなかどうして。
鬱屈を晴らすがごとく、ジャンルカは突き出した拳を握り締めた。
「――〈煌炎破〉ッ!」
遠くの岩陰で炎が爆ぜ、断末魔の叫びが上がる。
「伏兵はこんだけか?」
「おそらく。俺たちも続きましょう」
危なげなく敵を下した少年とともに、勾配を駆け上がる。
先行する女傑二人は少年をも上回る猛者であった。
群がるオークたちをすれ違いざま、一刀の下に斬り捨てていく剣士。
片や少女は冷気を纏わせた二丁斧を振り回し、一対多数の大立ち回りを演じている。
(お嬢さん方だけで事足りるな、こりゃ)
ジャンルカたちが合流する頃には、敵集団は壊滅状態だった。
異形の骸がどす黒い膿と化し、蒸発してゆく様を横目に、少年は剣士に歩み寄る。
「澪姉、ケガはない?」
「大丈夫。献慈たちが周り見張っててくれたから」
(お熱いねぇ。それに比べてオレはいまだ独り身……)
「何はぶてとるん?」
ピンクのサイドテールを揺らしながら、少女が人懐っこい笑みを向けてくる。
「いやー、全然はぶててないですけどー」
「嘘言いんさい。ジャンパイは感情が顔に出やすいけぇ」
ジャンルカ先輩、略してジャンパイらしい。ちなみに麻雀は弱い。まさしく顔に出るからだ。
「……悪い。年上のくせしてみっともねぇよな。ラリッサちゃんたちが優秀すぎて、たまに肩身が狭いとか思っちまう」
「ほうね。ありがとう」
「え? 何で?」
「先輩、心開いてくれるん、ぶち嬉しい」
てらいのない笑顔が眩しすぎる。
だがそうか、出会ったばかりの頃は遠慮があったのだなと懐かしくも思う。まだ二月足らずだというのに。
「ああ、こちらこそ。ありがとよ」
長らく燻っていた自分を拾い上げてくれた若者たちへの感謝は尽きない。
「ジャンルカ~、早く来て~」リーダーが呼んでいる。「あなたがいないと始まらないでしょ?」
汚名を返上し、今度こそやり直すと決めたのだ。
「すまねぇ。今行くよ」
〝聖痕顕れし者〟の二つ名に恥じぬ、第二の人生を。
★澪 / 献慈 / ジャンルカ / ラリッサ イメージ画像
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