第14話 マジで逮捕(つか)まる二秒前
麗らかな春の森を溌剌と歩く、青い髪の美少女。さぞや絵になるに違いない。
まさしく自画自賛だ。その自覚もある。
「やけに上機嫌ですね、カミーユ」
斜め上から呼びかける声の主は、緑色に透き通る体を地面からわずかに浮かせたまま、カミーユの隣をついて来ていた。
風の精霊シルフィード。信頼すべき相棒であると同時に厄介なツッコミ役だ。
「そぉ? いつもどおりだと思うけどなー」
「献慈様から手紙の返事が届いて嬉しいのですね」
「べ、べつに……舎弟の無事を喜ぶのはボスとして普通だろっ!?」
入山献慈とは半年ほど前、イムガイでの仕事で知り合っただけの仲だ。
お互いの秘密を打ち明けたりして、それなりに仲良くなっただけだ。
一緒に戦ったり冒険して、ちょっとばかり情が移っただけだ。
(そうそう、あんな優しいだけのつまらん男、あたしの輝かしい人生にとっちゃ脇役だ、脇役!)
「そうですか。ではわたくしもボスのため一働きするといたしましょう」
薄絹のドレスを翻し、シルフィードは周辺を飛び回る。
先月の依頼と同じく、今回も安全かつ人目につかない場所を探し、転移ゲートを設置しなければならない。
当然、無許可で。
(これが成功すれば直接イムガイと行き来できる。ケンジ……とミオ姉にも気軽に会いに行ける)
ここリュゴー騎士団領はカミーユの母国であり、現在の烈士としての活動拠点とも近いため、何かと都合がいい。
そんなことを考えながら、少しばかり気が緩んでいたらしい。
「カミーユ・シャルパンティエだな?」
背後からの声にカミーユは即座に身を返した。
ローブを着た小綺麗な男性の頭には一角獣のような角が見える。同族だ。
「あ? アンタこそ誰だよ、オッサン」
「噂に違わぬ不良娘だな。私は魔術ギルドの保安員セルジュ・カルヴァン」
魔術ギルドとはその名のとおり魔術の管理機関だ。魔法が関わる不正・危険行為を罰する権限をも有している。
各地で好き放題やらかしてきたカミーユにとって、最も出会いたくない相手だ。
「保安員!? こうしちゃいられねぇ……おい、シルフィード!!」
「申し訳ありません。拘束されてしまいました」
シルフィード同様、全身が水色に透き通った女が人懐っこい笑みを浮かべ、彼女の背中から負ぶさっていた。
「落ち着きなよ。まずはセルジュ君の話聞きなって」
「見てのとおり私も水の精霊オンディーヌの継承者だ。カミーユ、お前が仕出かしたことはデジエ村で直接確かめて来た」
やはりこの男は知っているのだ。カミーユが故郷に祭られた精霊を連れ去った事実を。
となれば、大人しくなどしていられない。
「こんな所で……捕まってたまるか――!」
召喚士と精霊は心身の同調を極限まで高め、強力な一個体へと進化する。
〈精霊鎧装〉と称されるその姿は、翼を持ち甲冑を纏った戦乙女さながらであった。
「ほう。すでにその域にまで達していたか」
「余裕こいてんじゃねェーッ!! 喰らえッ、〈凶嵐撃〉!!」
空中からセルジュめがけて風弾を雨あられと乱射するが、
「〈禁水牢〉」
球状の分厚い水壁にすべて防がれる。悔しいが予想の範疇だ。
カミーユは迷わず逃げに転じた。
(強さじゃ敵わなくても、スピードなら確実に――)
「スピードなら確実に勝てると踏んだのだな?」
(――えっ!?)
高速で翔け抜けるカミーユのすぐ横に〈精霊鎧装〉したセルジュが並んでいた。華美な衣装と中性的な容貌は、献慈がいつぞや話していた「ヴィジュアル系」なる格好であろうか。
「よそ見をしないほうがいい」
「何を――――ぃぶべっ!!」
突如襲いかかる衝撃にカミーユは〈精霊鎧装〉を強制解除してしまう。
ぶち当たった物の正体が、前方に張られた水壁だと気づいた時には、シルフィードともども地面の上に投げ出されていた。
「同調率は我々がはるかに上のようだな」
(鎧装の能力補正ェ……えぐぃ……)
底上げされた速度の絶対量がレースの勝敗を分けたのだ。
鎧装を解き近づいて来るセルジュたちに、カミーユは精一杯の怨言を放つ。
「くそぅ……この純真な美少女を手込めにするつもりかぁっ!?」
「そんなことするわけないじゃん! セルジュ君はあーし一筋だし!」
「取り合うな、オンディーヌ。それよりもカミーユ、実家からの伝言だ」
セルジュは淡々と語った。
霊域である風追いの丘には新たな精霊が生まれつつある。村の今後については心配ない。カミーユに追手を差し向けたり、罪に問うこともしない。
だから――
「『あとは自由に生きろ』と」
「……何だよ、今さら……」
今さら赦されたところで、大好きな姉は戻っては来ないのだ。
カミーユが村の遺産であるシルフィードを連れ出したのは、姉を〝角無し〟にした両親と村人たちへの恨みからだった。
リコルヌ族の角には強力な解毒作用がある。だが幼いカミーユはその機能が未発達のまま、魔物の毒で生死の境を彷徨った。
妹の命を救うため、姉は自分の角を差し出すよう周囲に追い込まれたのだ。
村人が望む「継承者」カミーユは一命を取り留めた。
一方でただの「村娘」でしかない姉は、いずこへと姿を消した。
「用件は伝えた。質問がなければ私はもう行く」
踵を返そうとするセルジュに、カミーユは思わず投げかけていた。
「おね……姉は、今どこに……」
「それは我々も知らない」
わかったのは、少なくとも村には帰っていないことだけだ。
「ごめんね。力になれなくて」
オンディーヌに触れられたカミーユの体から、打撲の痛みが引いていった。
胸の奥の痛みは残ったままだった。
去りゆく足音が、程なくして止まるまでは。
「力になれんこともない」
「セルジュ君! やっぱり優しい!」
「いちいち抱きつくな。……ただし過度な期待はするなよ」
セルジュはそう言うが、烈士組合とは別の情報網を持つ魔術ギルドを頼れるのは、素直に有り難い。
「……ありがと」
「案外すんなりと信用してくれるのだな」
「んだよ! 交換条件か!? あぁ!?」
息巻くカミーユを目にしたセルジュの口元が、かすかにほくそ笑んでいた気がした。
「大したことではない。先頃オルカナの山岳地帯で不審な石板が発見されたのだが、何か知っていたら教えてほしい」
(転移ゲート……!)
心当たり有る無しの話ではない。まさにその石板と同じ物がカミーユの収納袋には入っているのだから。
「ど……どうする? シルフィード」
相棒の出した答えはシンプルだった。
「カミーユ、自首しましょう」
「何だとォーっ!?」
カミーユたちは魔術ギルド・リュゴー支部へと連行された。
★カミーユ / シルフィード / 〈精霊鎧装〉カミーユ イメージ画像
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★セルジュ / オンディーヌ / 〈精霊鎧装〉セルジュ イメージ画像
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