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くにつほし九花烈伝〈レトロモダン活劇 第二幕〉  作者: 真野魚尾
幕間 壱

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第13話 おままごと

 木造の匂い。いかにも時代に取り残された庁舎らしい。

 きしむ廊下を、足取りも真っ直ぐに、奥の一室へとたどり着く。


「いらっしゃい、香夜世(かやせ)ちゃん」


 出迎える猫なで声に、無言で手土産を渡す。その足で向かう先は、定位置のアンティーク椅子。座り心地は上々だ。


「さっさとお茶を出しなさい」

「いつもながら人使いが荒いわねぇ」


 部屋の主は高めのヒール、長い黒髪の間から生えたヤギの角を含めると、香夜世の背丈を頭一つ上回る。

 (こい)(むらさき)のロングドレス、スリットからは長い脚を覗かせて。


(てる)()こそ、相変わらずふざけた格好ですね。陰陽寮の規律はどうなっているのですか?」

「ないわよ、そんなもの。こんな窓際部署わざわざ訪ねて来るの、たまに隠密方とか、貴方みたいな物好きだけだもの」


 照乃はお盆の上に二人分の紅茶と、香夜世が持って来たお菓子を載せて、給湯室から引き返して来る。


「物好きとは心外な。わたくしは仕事で来ているだけですが」

「またまたぁ。照れ隠ししちゃって……」


 薄切り羊羹(ようかん)をカステラで挟んだそれを、照乃はテーブルに着くなり一口。


「あら、このお菓子美味しっ」

「ウスクーブ名物『かーとぅる』だそうです。千代田(ちよだ)屋とかいうあやしい行商人から買ったのですが、どうやら問題はないようですね」

「ちょっとぉ、アタシは毒見役なの?」


 ()ねる素振りも、ティーカップを口に運ぶ所作も、この古馴染みときたら、憎たらしいほどに(たお)やかそのものだ。


 あるいは自分にもこんな振る舞いができたのなら、今よりもあの人の気を惹けるのではなかろうか。


(うる)()……様――)


 香夜世がそんなことを思うようになったのは、一年前の出会いがきっかけだった。




  *




「すみません。少し横にずれていただけますか?」

「ああ。ごめんよ」


 それが初めてふたりの交わした言葉だった。


 彼女はとても背が高く、香夜世(かやせ)の目線からでは掲示板が隠れてしまうほどだった。


「君も新人なのかい?」

「はい。烈士になって世の中を広く見て来いと、お師匠様から」

「しっかりとした目的があるんだね。素晴らしいよ」


 凛として、でも優しく寄り添うような声。耳をくすぐる甘い響きが脳裏に映し出したのと寸分違わぬ端正な顔立ちが、香夜世を見下ろしていた。


 一目で恋に落ちた。


「恥ずかしながら、僕には君のようなはっきりした目的がないんだ」


 総裁の長女として文武両道励んできたつもりだった。財閥の後継ぎに選ばれたのは弟だった。持て余した力を何のために振るうべきか決めあぐねている、と。


 思ったよりも頼りない人だな、と感じたのは否めない。

 だからこそ、こんな大胆な申し出ができたのだろう。


「わたくしを、守ってくださいませんか?」

「君を……この僕が――」




 初めはまだ、ぎこちない関係だった。


(うる)()さんって、何だか王子様みたいです」

「そうかい? ()(ぶね)さんは時々面白いことを言うね」




 それがいつしか、お互いにとって自然になっていた。


「カヤ、新しい半襟、とても似合ってるよ」

「潤葉様ったら、お上手なんですから」




 潤葉がしたくてそうしたのか。

 香夜世がそう望んだからなのか。


 あるいはお互いの、そうあってほしいという気持ちが一致したからなのか。


「本当に、僕が初めてでいいの……?」

「わたくしがこの身を捧げるのは、あなただけです」




  *




「――ねえってば。香夜世(かやせ)ちゃん、聞いてる?」


 (てる)()の呼びかけで我に返る。


「考え事を……していただけです」

「ふぅん。アタシと違ってお仕事熱心よねぇ」

「仕事?」

「違った? 貴方、最近『新月組(しんげつぐみ)を出し抜いてやる』んだって、そればっかりだったじゃない」


 烈士チームとして先に名乗りを上げたのは、香夜世たち(じゅう)()(せい)だ。

 ところが世間では、後発で実力も劣る新月組が同格として扱われがちだった。

 そんな風潮に香夜世が不満を抱いているのは事実だ。


「新月組……といえば、我々が国内の安全に気を配っている最中、彼らは転移ゲートなるものを使って、遠くオルカナまで行っていたそうです」

「あら、羨ましい。アタシも海外旅行行ってみたいわぁ~」


 なぜ照乃はこうも癇に障ることを言えるのか。香夜世はこめかみがひくつくのを抑えられなかった。


「確かに羨ましいですねぇ、あなたの能天気さが! むこうには転移術を操る協力者がいるのですよ!? 我々が徒歩や馬車であくせく走り回っている間に、連中は遠方までひとっ飛びなんて……そんなの、何というか……ズルいです!」


 思わず口走った後で、香夜世はそれが単なるやっかみでしかないことに気づく。

 案の定、照乃にやんわりと(たしな)められた。


「『ズルい』ねぇ……その情報を貴方のところに持って来たのは誰かしら? 法界や財界に顔の利くお仲間に加えて、陰陽寮に優秀なお友だちまでいるのって、結構恵まれてると思うんだけど?」


 ぐうの音も出ない正論だ。新月組にしても、自分たちにしても、それぞれに得た人脈を活用していることには変わりない。

 恨むのはお門違い、そう言いたいのだろう。


「そんなことは百も承知です。それでもわたくしは……(うる)()様が一番に評価されないのはイヤなんですっ!」

「結局それが本音なのねぇ。貴方は彼女が好き。彼女も貴方が好き。とってもいいことだわ。けど……」

「けど、何ですか?」

「今の関係、その形で本当に合ってる?」


 反射的に開いた香夜世の口は何の言葉も発せず、かといって閉じることもできずに、深い溜め息だけを漏らした。


「女の子なら〝おままごと〟はいつか卒業するものよ。……なぁんて、アタシが言えた義理じゃないけどね」

「……わかっています」

「やだ、そんな深刻にならないでよ。ほんの――あ、ちょっと待ってね」


 照乃は席を立ち、部屋の窓を開ける。飛び込んで来た瑠璃色のトンボが指先に止まり、呪符へ姿を変えた。


「目盛りは……八分目といったところかしら。三ヵ所目が東にズレるから……一ヵ所目と重なる可能性が出てきたわね」


 式神による、霊脈の歪みの観測。


「候補地が二ヵ所に絞られましたか」


 冥遍(めいへん)()を出し抜くチャンスが巡って来た。香夜世の胸が熱く沸き立つ。自分の表情は今どんなだろう。こちらを見る照乃が、珍しく邪気のない微笑みを送っている。


「よかったわね。ただしこれはアタシが個人的に集めた非公式のデータだってこと、忘れないでね」

「ええ。それでも感謝はしていますよ」

「いい笑顔だわぁ。それでこそ香夜世ちゃ……」


 不意に伸ばされた照乃の手を、香夜世はひらりと(かわ)した。


「調子に乗らないでください。男の人に触られたくありません」

「つれないわねぇ。でもそこが可愛いわぁ」


 身をくねらせる南風(はえ)照乃、二十五歳。男性である。


「褒め言葉として受け取っておきます。さあ、紅茶のおかわりを用意しなさい」

「はいはい。その代わり今度こそ狐のお兄さん、アタシに紹介してよね?」

「考えておきます」


 春初めの午後、魔女たちのお茶会は花やぎの時を迎えていた。

(てる)() イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330667435040420

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