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くにつほし九花烈伝〈レトロモダン活劇 第二幕〉  作者: 真野魚尾
第一章 星月夜、馨ル橘、姫早百合

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第9話 白百合いざなう黒揚羽

 グ・フォザラの旧市街にある酒場。新市街の〝鯖豚(さばとん)〟とは違い一般の店だが、休日や仕事終わりの烈士もよく出入りしている。


 例えば、あの角にあるテーブルにも――


「さぁて、今宵も聞かせてもらおうかぁ?」


 ゆったりとしたローブの上からでもわかる豊満な肢体、濃い金色のウェーブ髪を垂らした褐色肌のエルフは、重力の魔女・エヴァンゲリスにほかならない。

 群青に艶めく瞳が見据えるのは、同席したネコ耳の女性。


「人の相談事を酒の肴にしやがってぇ~」


 烈士組合の受付・阿知波(あちわ)那海(ナミ)だ。眼鏡の奥のツリ目はすでに酔いで蕩けている。

 気心知れた女二人、杯を傾けながらのご歓談だ。


「いいでしょ。アタシをジャンルカの当て馬にしてくれた見返り」

「協力してくれたのは感謝してるぅ……おかげでアイツも若者たちと上手くやれてるみたいだしぃ……」

「よかったじゃない。でもこうしてアンタが呼び出すところ見ると、あの男まだ過去のこと引きずってる?」


 この国を訪れて日の浅いエヴァンだが、早くに知り合った那海たちとは互いの事情も把握済みのようだ。


「そうなの! アイツ、那海が烈士辞めたの、いまだに自分のせいだって思い込んでるみたいなのぉ~!」

「仕方ないっしょ。自分の失敗がきっかけには違いないんだしさ」


 エヴァンの素気ない素振りに、那海は口を尖らせて反論した。


「違うぅ……ジャンルカの言うとおり、あんなザコさっさと倒しちゃえばよかったんだ。なのに那海が臆病だったから、アイツに負担かけちゃった……向いてないって思った。だから引退したんだって言ってるのにぃ……」

「おー、よしよし」


 テーブルに突っ伏す那海の頭を、エヴァンは愛おしむように撫でる。


「知ってるぅ? アイツ、肩の所にキズがあるんだけどぉ……」

「へぇ、どうしたの? 聞かせて?」


 小声で「ホントは五回ぐらい聞いてるけど」とつぶやくのが聞こえたが、那海には届いていない様子だ。


「那海がヤケドしたの見て、イグナーツすっごく怒って……剣でブスッて刺した。ジャンルカこのやろう! みたいな感じで」

「うんうん」

「一緒いた精霊使いが、那海のこと治してくれた。でもジャンルカ、自分のは治さなくていいって。これは戒めだからって……キズ、残った」


 なるほど、ジャンルカの大仰な異名――那海が名乗らせた〝聖痕顕れし者(スティグマータ)〟の出処はそちらであったか。

 もっとも、エヴァンにとっては既知の事実らしいが。


「アンタがジャンルカに世話焼いてるのは、ただの罪滅ぼし?」

「…………」

「それとも、十六年ぶりの再会で運命感じちゃった?」

「そ、そうゆうんじゃないもん!」

「もん!? うわっ、キッツ……」

「うるさぁい!! 那海の十倍も歳イってるくせしてさぁ!!」

「そんなイってませぇええん!! 九倍弱ですぅうう!!」


 口論勃発か――と思いきや、酔いどれ那海の情緒が壊れるのが先だった。


「うひゃひゃ! デカ盛りぃ! オマエ、チチもタッパもトシもデカ盛りぃ!!」

「ぐっ……アンタ酒弱いのに飲みすぎだって! もうおあずけ!」

「んだとォ!? こうなりゃ刺し身だぁ……刺し身持って来ぉおお――い!」


(……これ以上の長居は無用にござるな)


 長らく耳をそばだてていたが、有益な情報は得られそうにない。

 そもそも、本来の待ち人(ターゲット)は別にいるのだ。


 瑠仁(るじ)(ろう)は手早く勘定を済ませ、振り返ることなく店を後にした。




 保守的な旧都とはいえ、獣人が(うと)まれていたのも過去の話だ。大手を振って歩けども、咎める者はまずいない。

 にもかかわらず、狐の尾を丸め、忍び足になってしまうのは、癖というより職業病か。


 それほど歩かぬうち、瑠仁(るじ)(ろう)はふと小さな気配に気づいて街灯の下へ身を寄せる。

 季節はずれの黒揚羽がひらりと舞い込んで来た。


(もうそんな時間でござったか)


 広げた手の上で、蝶は紙切れへと変じる。憶えある筆跡で符牒が記されているのを確認すると、瑠仁郎は再び道を急いだ。




 二月・太鵬節(タイホウセツ)も末、新月に近い闇夜だが、幸い夜目が利く。

 いくつもの路地を抜け、たどり着いたのは、旧市街にある行きつけの宿酒場の一つだった。


「早かったですね、瑠仁(るじ)(ろう)


 ボソボソと喋る若い女性の声が、いつもの席で出迎えた。

 喪服と見紛う黒装束。それ以上に目を引くのは、肩まで伸びた癖毛をかき分けるように渦巻くヒツジの角だ。


香夜世(かやせ)殿の呼び出しとあらば拙者、何を差し置いても馳せ参ずる所存……!」

「相変わらず大袈裟ですね。ただの定期招集だというのに」


 厳しい口ぶりも、呆れ顔も、蔑んだ目つきも、甘露とさえ思える。

 陰陽師・()(ぶね)香夜世――彼女はかつて瑠仁郎に道を示してくれた、かけがえのない恩人なのだ。


「大袈裟などではございませぬ! この(ゆん)()瑠仁郎を烈士にお誘いくださった大恩は忘れておりませぬぞ!」

「いいから座ってください。あなた忍者のくせに目立ちすぎです」

「か、かたじけない……」


 イムガイ国の近代化によって、多くの忍たちは本来の居場所を失った。時勢を読み通信業や製薬業に鞍替えした集団もいるが、ほとんどは解散するか里ごと帰農する道を選んだ。


 瑠仁郎の育った(たま)()の里も例外ではなかった。受け継いだ忍の技を活かす機会を失い、途方に暮れる青年の前に現れた少女こそ香夜世であったのだ。


「それで、首尾はどうでした?」

「あの店ははずれにござる。邪教の徒は一向に姿を現さぬ」


 昨年から俄かにイムガイ中を騒がしつつある邪教〝冥遍(めいへん)()〟の動きを、瑠仁郎たちは独自に追っていた。

 元より幕府ですら手を焼く相手だ。そう易々と尻尾を掴めるとは思っていない。


「あなたがそう言うのなら正しいのでしょう。戦闘と諜報能力〝だけ〟は信用してますから」

「身に余る光栄……。して、香夜世殿の方はいかがでござった?」


 香夜世は焙じ茶に口をつけると、湯気に曇った眼鏡が晴れるのを待たずに語り始めた。


「わたくしたちの予測どおりですよ」


 その言葉は、各地で頻発する魔物発生が、人為的に引き起こされた召喚事故であるという事実を示している。


「現場付近の霊脈に小さな歪みが観測されました。陰陽寮にいる知り合いに確認を取りましたし、間違いありません」

「然るに、その歪み自体は目的ではないと?」

「ええ。今後の経過を追っていけば、真の狙いであろう大きな歪みの発生場所が特定できるはずです」


 語り終えた香夜世はおまんじゅうを半分に割り、片方をモソモソと食べ始める。

 無言で差し出されたもう片方を、瑠仁郎は恭しく受け取りながら応じた。


「できれば手遅れになる前に阻止しとうござるな」

「もぐもぐ……同感です。まぁ、詳しい話は皆が揃ってからにしましょう」

「うむ……(……む?)」


 まんじゅうを口に運んだ直後、瑠仁郎は香夜世の口元に異変を発見する。


「……? どうしました?」

「モゴッ、モゴォオ……!(ほっぺに、つぶあんが付いてるでござる!)」


 瑠仁郎はあんこを頬張ったまま、テーブルに身を乗り出し訴えるも、香夜世には伝わらず。


「な、何なんですか!? 気持ち悪い……!」


 これは本気で嫌がっている顔だ――と思ったのも束の間、香夜世の淀んだ瞳が一転してパッと輝き出す。

 視線の先を追うよりも早く、


「二人とも、待たせてしまったね」


 凛々しき女性の声が、店の入口から聞こえてきた。

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