婚約
「で、でも、見神グループの長男の見神玲音くんは……その乱暴で怖い子だって聞いていたから」
アイリは怯えた顔でそんなことを言う。
玲音の悪評は、まさかのお見合い相手まで届いていたらしい。
「だ、誰にそんなことを聞いたの?」
「同じ学校の子……」
「え?」
「わたしと見神くんは同じ学校に通っているよ……?」
玲音の記憶をさかのぼっても、記憶にない。クラスが同じになったことはないのだろう。
だから、玲音はアイリを知らなかったのだ。
玲音はアイリの手を放し、椅子から立ち上がって窓の外を見た。アイリも玲音につられて立ち上がる。
(そうだったんだ……。学校、か)
この屋敷は東京都港区にあって、ここからそう遠くないところに玲音の通う名門私立小学校はある。
学校に果たして馴染めるだろうか……。
ともかく、問題は玲音の悪評だ。
「それで、わたしのクラスの子たちが……」
アイリは口ごもるが、つまりクラスメイトが見神玲音の悪口を言っていたのだろう。
(まあ、玲音は乱暴者だったし、仕方ないんだけどね……)
とはいえ、今は自分のことだ。笑っていられる場合ではない。
アイリは悪口を伝えてしまったせいで、玲音が怒り出すことを心配してるらしい。
玲音は肩をすくめた。
「えっとね、俺は、その……心を入れ替えたから」
「そうなの?」
アイリが首をかしげる。金色の髪がふわりと揺れた。
「本当だよ。だから、何もしない」
「そ、そっか。良かった……あのね、わたし、見神くんと結婚しろって親から言われているの」
「みたいだね。嫌……だよね?」
アイリは少しためらい、うなずいた。
それはそうだろう。いくら親の会社のためとはいえ、悪名高い見神玲音少年と結婚の約束をするなんて、受け入れられないだろう。
ところが、アイリはじっと考え込んだ。
「あのね、婚約のフリをするのはどう?」
「婚約のフリ? どうしてそんなことを?」
「そ、そうしないとわたしが怒られちゃう……」
アイリは父親に怯えているようだった。さっきも感じたけれど、アイリは家族から冷たく扱われているのかもしれない。
まるで道具のように見神家に差し出されるわけでもある。
アイリとしては、家族の機嫌を損ねたくないのだろう。
「といっても、俺にはメリットがないからね……」
こんなに可愛い婚約者がいるのは、悪くない気もするが、まだ10歳だし、それに婚約のフリなわけで。
溺愛してくれる愛乃を欺いてまで、アイリの利益を図る理由もない。
けれど、アイリは必死なようだった。、
「お、お願い……!」
アイリは玲音に一歩迫った。
不覚にも玲音はどきりとしてしまう。玲音自身も10歳だから、10歳の女の子にドキドキするのかもしれない。
ところが、その拍子にアイリは椅子の足に引っかかって倒れそうになった。そのまま玲音を巻き添えにして床に倒れ込む。
玲音は背中を強打して、ついでにコップが落ちて割れて指を切ってしまう。
アイリは玲音に抱きとめられて無事だったが、アイリの顔は真っ青だった。見神家の御曹司に怪我を負わせてしまったのだから。
しかも、大音を聞きつけて、愛乃たちが部屋に慌てて入ってきた。
「玲音くん! け、怪我してる……!」
愛乃は厳しい表情で、怪我の原因を作ったアイリを見つめた。もちろん、子供のやったことだ。愛乃自身は、玲音を溺愛していても、アイリを深く責めたりはしないだろう。
ただ、アイリの家族は違いそうだった。
アイリの父親は怒りと蔑みの目でアイリを見つめていた。
アイリが父親を恐怖の目で見て、「またお仕置きで……痛いことされる」とつぶやく。
虐げられ怯えるアイリが、前世の自分と重なって玲音には見えた。
そして、玲音は決意した。
「決めました。僕は新城アイリさんと結婚します」
玲音は自然とそう言っていた。アイリの提案通り婚約したフリをする。
この幼くて不憫な少女・アイリを守るために。
そろそろ12歳編になります……!
面白い、続きが気になる、ヒロインが可愛い!と思っていただけましたら
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