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母親

 琴葉は終始、ご機嫌だった。

 玲音の部屋に来て、「あれもこれも遊んでみたかったんです」と言って、はしゃいでいた。


 愛情に飢えていた琴葉は、玲音に優しくされるのが嬉しくてたまらないらしい。こんなに可愛くて素直な義妹に、冷たくあたっていた元の玲音少年に、今の彼の中身は憤慨した。


(これからは、なるべく親切にしてあげないと……)


 せっかく玲音は恵まれた境遇にある。それなら、自分だけではなくて、周りも幸せになるように努力しないといけない。


 そんな気がした。

 年下の琴葉の相手をするのは、玲音にとっても楽しかった。本当に妹ができたみたいだ

 いや、玲音にとっては、琴葉は本当の妹だった。


 そんな素敵な時間はあっという間にすぎてしまう。

 

「残念。兄さんともっと遊びたかったのに……」


 琴葉がむうっと頬をふくらませる。

 玲音はくすりと笑い、その髪を撫でると、琴葉は「えへへ」と嬉しそうな顔をした。


 そして、お見合いの時間がやってきた。

 この屋敷の応接間が会場だそうだ。


 メイドに連れられ、玲音は応接間に座る。相手は同い年だそうだ。


 小学生同士ということで、当然、最初は親も同席することになる。

 玲音の場合は母親の愛乃だ。


 応接間の手前まで行くと、外出先から戻った愛乃がちょうど来たところだった。

 彼女はぱっと顔を輝かせる。


 愛乃は当年29歳。大学生のころに当主の透と結婚して妊娠したというから、すごく若い。

 しかも、目を引く美人だ。スタイル抜群でスーツがよく似合っている。


 顔立ちはアイドルのように整っていて、20代前半にしか見えない。


 しかも、つややかな長い髪は金色で、目は青色。北欧系のハーフなのだそうだ。


「玲音くんだ!」


 愛乃はぎゅっと玲音を抱きしめる。むぎゅっと抱きしめられ、玲音は慌てた。


「か、母さん……は、恥ずかしいからやめてよ」


「あれ、玲音くんももうそんな歳なんだ? そうだよね。お見合いするような歳だものね―大人だね」


 くすくすと愛乃は笑いながら、玲音を離さなかった。

 玲音の記憶をたどれば、溺愛されているという事実は知ることができた。ただ、実際に目の当たりにすると、動揺してしまう。


 転生前の男にとっては、愛乃は母親というより、同年代の超絶美人女性なのだから。


「可愛い玲音くんに婚約者ができるかもしれないなんて残念だな。もう少し、わたしだけの玲音くんが良かったのに」


「い、いや、まだ婚約者ができると決まったわけじゃないんじゃ……? 断られる可能性もあるし……」


「それはないよ。だって、玲音くんだもの。どんな女の子でも玲音くんのことを気に入るはず」


 どうやら、愛乃の玲音に対する評価は盲目的に高いようだ。振られる可能性はないと確信しているらしい。

 愛乃は玲音の髪を優しく撫でると、ようやく玲音を放した。


「でも、玲音くんが嫌なら断ってもいいんだけどね。さすがに小学生に婚約は早すぎるし」


「なら、どうしてこんなお見合いを……?」


「透くんのお仕事の都合上、仕方なく、ね」


 透くん、というのは当主、つまり玲音の父のことだ。

 愛乃は玲音の政略結婚に乗り気ではないらしい。当然といえば当然だ。


 そもそも相手は見神グループと比べると格下の家らしい。懇願されて、形式的にお見合いをしたものの、玲音の意向を理由に断ろうとしている。

 

 それが愛乃の考えのようだった。

 

 玲音の記憶の中の愛乃は、ただの息子を溺愛する若くて美人の母親だ。


 ただ、愛乃にしても、そして父の透にしても、子供の玲音からは見えない複雑な一面があるのだろう。

 見神グループという巨大企業を背負っているのだから。


 愛乃がふわりと微笑んだ。


「わたしが玲音くんのことは必ず幸せにしてあげるから、心配しないでね?」






次話でメインヒロイン登場!


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