83―敵手との再会
「着きましたよ、アサヒ様。」
馬車から出たあたしを、昼下がりの眩しい日差しが照り付ける。
「はぁ~。何であたしがやんなきゃなんないの?他の魔能士で十分でしょこの仕事。」
「そんなにご不満そうになさらないで下さいっ。王都をお救いになったアサヒ様から是非学びたいと向こうがご希望されたんですから!」
「そりゃ、オファーがあったってのは嬉しいけどさ、あたしこんなのやったことないし・・・。」
「ほら!文句を申さずっ。これも王国に仕える魔能士の務めです!」
「むぅ・・・。分かったよぅ・・・。」
今日あたし達がやって来たのは、王都守衛隊の本部。
その目的は、守衛隊の人達に剣術に魔能を付与する仕方を教えること。
これから先、再び王都が朽鬼に襲われた際に、守衛隊の人達も魔能が使えるようになったら被害を最小限に抑えられるからだ。
といってもなぁ~・・・。
あたし、人に何かを教えることなんかやったことないし、ましてやそれが魔能の使い方だもんなぁ・・・。
あたしが魔能を使えんのは本物のミラが遺してくれたこの身体のおかげなだけで、そっからはスクロールに書かれたのを丸暗記しただけだし。
本部の中に入って、廊下を歩くあたしは不安と緊張で胸がドキドキだった。
心なしか、お腹も痛くなってきた気がする・・・。
「お待ちしておりました、アサヒ様、ソレット殿。」
廊下を歩くあたし達に、服装と髪型をキリっと整えた男の人が話しかけてきた。
「あの、あなたは?」
「申し遅れました。私はここの本部長のレオル・クリフヘッドです。先の朽鬼襲撃の際は、私の部下を多く救って下さり、誠にありがとうございました。」
「いっ、いや~♡あたしはただ当たり前のことをしたまでですよ~♪」
レオルさんに感謝されて、あたしは照れながら頭をポリポリ掻いた。
やっぱ嬉しいな~♪
誰かからこうして「ありがとう。」って言われんの。
「本日は私どもの希望を聞いて下さり感謝します。訓練はあちらの運動場で行われますので、どうぞ。」
レオルさんに案内されて、今日訓練をやる運動場に着くと、すでに多くの守衛隊の人達が集まって剣の素振りをしていた。
「あれ?レオル様、もう訓練始めてるんですか?」
「ははっ。早速しごいているな。」
えっ、どういうこと?
「少しずつ筋が良くなってきたぞ!!だがまだまだだ!もっと気合を入れろぉ!!!」
あれ?この声って・・・。
「ああ、言い忘れておりました。今日はアサヒ様の他に剣の腕を鍛える者を呼んでいまして。来て下されぇ!!アサヒ様が参られましたぞぉ!!!」
「分かったぁ!!すぐ参る!!」
駆け寄ってきたその人の顔を見た瞬間、あたしは「ゲッ!!」と思った。
忘れもしない・・・。
その凛々しい眼差し・・・!!
「こちらは我が国の総騎士長のファイセア・オーネス殿でございます。本日は彼と合同で訓練に当たってもらえます。」
「ファイセアだ。よろしくな、アサヒ殿!」
マジかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
あたし、この間殺し合った人と一緒に仕事するワケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?
「はて・・・。其方、以前どこかで会ったことがあるか?」
「いっ、いえ!!よくある顔ですよこんなの!!ハハハッ!!!」
◇◇◇
「守衛隊の諸君!すでに会った者も多いかもしれんが、彼女は王宮付き最高位魔能士のアサヒ殿だ!此度は其方らに魔能の使い方をご教授されるために参られた!!」
「あっ、アサヒです!!まっ、まずは・・・この間あたしが助けた人達へ、無事で本当に良かったです!!なっ、何分慣れないことで緊張してますが、きょ、今日はよろしくお願いしますッッッ!!!」
「「「はっ!!!!」」」
ううっ・・・やめて・・・。
そんなキラキラした目であたしを見ないでぇ~・・・。
「じゃ、じゃあまずは簡単な火炎系の魔能から・・・!」
あたしはガクガク震える手で、腰の剣を抜き、木でできた練習用の人形と向かい合った。
どっ、どうやって教えたらいいんだろ~・・・?
チクショ~全然分かんねぇ~・・・。
もうしゃ~ない!!
こうなったらアドリブでッッッ!!!
「いっ、いいですか!火炎系の攻撃魔能を扱うには、刀身に火をイメージすることが重要なんですっ。“自分の剣が火に包まれてる”と、よ~く思い浮かべてぇ・・・。」
あたしの剣が、オレンジと青色が混ざった炎を纏うと、ゆっくり振り上げた。
「そしてイメージがはっきりしたところで・・・詠唱と一緒に振り下ろす!!地級第三位・紅蓮の剣筋ッッッ!!!」
剣を振り下ろすと、凄まじい炎の波が刀身から放たれ、目の前の人形はおろか、倉庫からやぐらに至るまで、周りの木造の建物は全て燃え尽きた。
「「「・・・・・・・。」」」
その圧倒的な光景に、その場にいた誰もが呆然自失していた。
「・・・・・・・。って、ってな具合で、みなさんあたしのマネをしながら練習してみてくださ~い・・・♪」
できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
◇◇◇
結局、あたしの使う魔能のレベルは次元があまりに違いすぎて、一般兵士には分不相応とのことで、魔能の付与の仕方もファイセアさんが教えることになった。
運動場の長椅子に腰かけながら、あたしは己のチートっぷりを怨みながら頭を抱えた。
ああもう~!!
何でこうなっかな~!?
「アサヒ殿。」
「あっ、ファイセアさん。」
「かなり落ち込んでいらっしゃるようですが・・・。」
「すいません。あたしの教え方が下手くそ過ぎてあなたの仕事増やしちゃってぇ・・・。」
「気にするな。若い者の育成することができて、私は嬉しく思ってるのだ。」
「ファイセアさん・・・。」
「まぁ最も、私にその資格があるかどうか疑問だがな・・・。」
「どういうことですか?」
「かつて私は、己にはあまりに強大すぎる存在に挑み、その結果、信頼して着いて来てくれた部下を皆失った。私もあの場でともに死ぬはずだった。だがこうして生き残った。いや、生かされた・・・。」
そう語るファイセアさんの顔は、まるで情けない自分を馬鹿にしているように乾いた笑みを覗かせていた。
「死すべき戦場で部下を喪い、おめおめと生き残った私に、果たして若き者達を教授する資格があるのだろうか・・・?私には分からぬだ。ミラが救ってくれたこの命、果たしてどのように使えば良いか・・・。」
ファイセアさんは悩んでるんだ。
あの時あたしに助けられて、その先自分がどうすればいいか。
何をすべきなのか。
「ファイセアさん。」
「何だ?」
「そう気難しく考えんのはやめてさぁ、肩の力抜いたらどう?」
「どういう意味だ?」
「“どうして自分が生き残ったのか?”とか“救われた命で何をすべき”かなんて、それを見つけんのはいったん後回しにして、今の自分が何をしたいか、それを考えた方がよくない?自分の生きてる意味なんてそんなご大層なモン、だぁれも分かんないんだし、ましてや死にかけた人が生き残った意味なんてなおさらだよ。だったらさぁ、何がしたいってのを一番に考えた方がいいよ。」
「私がしたいこと・・・。」
「そうだよ!人生一度きりっていうからさ、もっとワガママになってもいいんだよ、ファイセアさんはさぁ!!」
「ワガママ、かぁ・・・。」
「ねねっ、ファイセアさんには何かないの?“コレがしたい!!”ってのは。」
「そうだな・・・。冒険に出てみたいな。誰も歩んだことのない道を、仲間とともに歩んでゆきたい。」
「おっ!いいじゃ~ん♪あたしもどっか冒険に出かけたいなぁ~。まぁ、今のところは出来そうにないけど。へへっ。」
「お互い、中々都合が合わないな。」
「まぁ人生なんて、大体そんなもんっしょ!」
「確かに、其方の言う通りだ!」
あたしとファイセアさんはお互い顔を合わせると、きさくに笑い合った。
ついこの間まで、戦場でバチバチし合った仲とはとても思えなかった。
まぁ向こうは、あたしの正体なんて気づいてもいないんだけど。
「うしっ!そんじゃま、休憩もこの辺にして、そろそろ自分のすることをしに行きますかっ。」
「どうした?急に立ち上がったりして。」
「いや、せっかく来たんだからさ、一人ずつでも魔能の使い方を教えた方がいいかなって。ファイセアさんはここで休んでてよ。」
あたしはファイセアさんに休憩するように言うと、剣の自主練をする守衛隊の人達のところに向かおうとした。
「あっ、アサヒ殿!!」
「何?」
「いや・・・その・・・。・・・・・・・。」
ファイセアさんは、あたしに何か言いたげに口をもごもごさせた。
「どうしたの?」
「・・・・・・・。ありがとう。其方と話して少し肩の力が抜けた。お礼に私にも手伝わせてくれ!」
「え、でもさっきまでずっと教えてたし、悪いよそんなの・・・。」
「先程其方は“自分のしたいようにやれ”と申したではないか!私のワガママ、聞いてはくれないだろうか?」
「ッッッ!もう、ファイセアさんったら・・・。いいよ!ただし、あたし教えんのホンット下手くそだから、骨が折れるよぉ~?」
「ああ!望むところだ!」
ファイセアさんはニカっと笑いながら椅子から立つと、軽快な足取りでこっちに走ってきた。
全く。この人の熱血っぷりには敵わないなぁ。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「そんなはずはないか・・・。」
「ん?何か言った?」
「いや。何でもない。急ぐぞ!皆が待っている!」
「はいはい。」
走りながらファイセアさん、何か言ったような気がするけど、多分気のせいだよね?




