81―耳飾りの言い伝え
この物語の舞台となっている世界、アルスワルドには不思議な力を秘めた耳飾りがある。
造りは小さな銀細工の鎖の先に、瑠璃色の蓮華の蕾を模した宝石が付いた簡素なものであったが、それを手にした者は、誰であってもその得も言われぬ美しさに心奪われた。
男も、女も、農民から一国の主・・・果ては醜い児鬼種から高貴な森精人に至るまで、この世界に住まう者であれば、例外なくかの耳飾りの虜となった。
だがこの言い伝えに記されている耳飾りの力は、その美しさに見合った清らかなものなどではない。
この耳飾りには、『持ち主の命を奪う』という、魔性の力が込められていた。
耳飾りを手にした者が、一度自分の耳に付けてしまえば、耳飾りは持ち主の命を、まるで蔓が樹を締め付けるように、じわじわと吸い取っていく。
命を吸われる内に、持ち主の目にくまができ、肌からは血色が消え失せ、やがて立つことすらままならなくなり、か細い息を口から吐きながら、ゆっくり死んでゆく。
そのような状態になっても、持ち主は決して、耳飾りを耳から外そうとはしなかった。
「美しいこの耳飾りを手放すくらいならば、死んだ方がマシだ。」と思っていたからだ。
自分がゆっくりと、だが確実に死に向かっているにもかかわらず、手放すことができない。
それほどに、かの耳飾りの魅了の力は強力なのである。
持ち主の命を全て吸い尽くした時、耳飾りの蕾の宝石が色鮮やかな蓮の華として花開くのだ。
やがてアルスワルドに住まう民はこの耳飾りを、持ち主の魂を喰らって咲き誇る『魂喰い華の耳飾り』と呼んで忌み嫌い、そして、恐れた。
この恐ろしい呪いの力を持つ耳飾りが、どのような経緯で生まれたのかは誰も知らない。
『高名な魔能士が、自分を討伐した者達に復讐するために、死の間際に己の命と引き換えに作った呪物。』
『若くして命を落としたとある娘の魂が取り憑いており、結婚を約束した男の命を自分のものにしようとしている。』
『少女を残虐に殺すことで快楽に酔いしれ、その残虐性で国を恐怖に陥れた人間の姫の怨念が込められている。』
耳飾りの起源とその呪いの正体について、多くの者が多くの仮説を立てたが、そのどれもが根拠のない憶測だった。
耳飾りの言い伝えが語り継がれて久しいが、肝心のその所在については、誰も知らない。
そして、誰かの手によって葬り去られたという話も聞かない。
そう。
未だにこの恐ろしい耳飾りは人から人へと渡り歩き、その度に多くの者の魂が、耳飾りの蕾が花開くための糧となっているのだ。
誰の目にも触れることなく、ひっそりと、影のように・・・。




