57―ベリグルズ平野の戦い⑩
ドッペルちゃんのマスクを直したあたしは、彼女の素顔を見て未だ若干混乱している2人に剣を向けた。
「さぁて、どうする?あたしはまだ全然続けてもいいんだけど、アンタらの方はビックリしてそれどころじゃないカンジ?」
あたしが得意げな顔で挑発すると、ファイセアさんは緊張した様子のままムッとした表情を見せた。
「ふっ、ふざけたことを申すなッッッ!!!貴様らがどのような関係であろうが、我々が成すべきことは変わらぬぞ!」
ファイセアさんの言葉を聞いて、アルーチェの方も徐々に落ち着きを取り戻してきたみたいだった。
「ええ、そうね。先程は驚いてしまいましたが、あなた達は所詮、わたくし達には勝てないのですから。」
「へぇ~随分自信満々じゃん。じゃあさ、それで負けちゃったら、アンタらもっとビックリすんだろうね?ちょっと見てみたいかも、ププッ。」
「あっ、あなたって本当、可愛げがありませんよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
小馬鹿にした態度に我慢できなくなったアルーチェが、剣を振るいながらあたしに突っ込んできた。
その時・・・。
「あっ、来る。」
そう思ったあたしは、身体を少し左に傾けた。
その直後、後ろに控えていたドッペルちゃんが、あたしに向かって振り下ろされたアルーチェの剣を自分の斧で防いだ。
やっぱり。
ドッペルちゃんなら、絶対そうするって思ったもん。
「あなた、またしても邪魔を・・・!」
「本体、守る。ドーラ、それ、役目。」
感情の起伏のないドッペルちゃんに、アルーチェはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「ついさっきまで泣いていたのに偉くご立派ですね。でもいいのですか?大切なミラの守りが疎かですよ?」
アルーチェの背後から、剣を振り上げたファイセアさんがあたしに向かってきた。
またしても2人でコロコロ相手を変えてあたし達を困らせる気だ。
残念だけどね、その手はとっくにバレてんだよッッッ!!!
「何ッッッ!!?」
あたしはクルクルと、まるでバレエダンサーの如く回転しながらファイセアさんの攻撃を避けると、その勢いに任せてアルーチェの背後に回って彼女の身体を剣で突こうとした。
アルーチェはもう片方の剣を縦向きにしてあたしの突きをガードした。
「食いついたね。」
「は?」
「ドッペルちゃん!!そっちお願い!」
「命令、確認。」
その一言とともに、ドッペルちゃんはアルーチェから離れてファイセアさんの背中に斧を振り下ろそうとした。
「なっ!?」
ファイセアさんは身体を捻ってどうにか対応できたが、こっちが見せた想定外の動きに驚きを隠せずにいた。
「ファイセア!!」
「アンタの相手はコッチだっつうのッッッ!!!」
動揺するアルーチェに、あたしは剣で絶えず攻撃を浴びせた。
「ルーチェ!!」
「あなた、相手、ドーラ。」
ドッペルちゃんも、アルーチェの助けにどうにか行こうとするファイセアさんに、激しい斧の連撃を与えた。
よし、これで相手のペースを崩すことには成功した。
あとは、こっちのペースに巻き込むだけ!!
「くっ!舐めたマネを・・・。だが貴様には私の剣が効くことを忘れたか!?」
ファイセアさんは自分の剣に炎を込めて、ドッペルちゃんの脳天を一刀両断しようとした。
「紅蓮の剣・・・!!」
「ドッペルちゃんッッッ!!!」
あたしが呼びかけると、ドッペルちゃんはくるっと振り返ってあたしの方に走っていき、あたしはアルーチェへの攻撃を止めてドッペルちゃんの方に飛んで行った。
「何ッッッ!!?」
「そぉれ!!」
剣を振り上げてがら空きになったファイセアさんの胴体が、あたしの剣によって横向きに斬られた。
傷は浅かったが、自分の腹の傷から流れる血を見て、ファイセアさんは驚愕の表情を見せた。
「どう?ビックリしたっしょ?」
「きっ、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ムキになったファイセアさんの乱れ打ちを、あたしは剣で防ぐこともせずに、只々その身に受けた。
「ッッッ!!?」
相手があたしからドッペルちゃんに替わったアルーチェも、突然のことで剣筋が覚束なくなる。
「今度、こっち。」
攻撃対象をアルーチェに替えたドッペルちゃんだったが、ファイセアさんにやった動きの流れを崩さず、彼女を斧で攻め続けた。
「くっ!このっ!このっ!このっ!このぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
必死な顔であたしを何回も斬ろうとするファイセアさんに、あたしは余裕たっぷりであくびをした。
「頑張るよねぇ。どうせ効かないのに。」
「だったらこれならどうだ!!爆炎の斬撃ッッッ!!!」
また閃光代わりのこの魔能か。
なら次の動きは・・・。
「本体。」
目の前が眩しくなる中でドッペルちゃんの声が聞こえたので振り返ると、ドッペルちゃんを振り切ったアルーチェが高速であたしに近づいてきた。
「ありがとね!教えてくれて!!」
あたしはチカチカする視界を我慢しながら、向かって来たアルーチェにそのまま相手を変えた。
「なっ・・・!?」
「悪いけどもう分かってんの。アンタらの動き。」
「それですか・・・。ですがそれで、どうするおつもりですか!?」
「だからね、利用させてもらうわ。ちょうど2対2だしね。」
「それって、まさか・・・!!!」
顔を見合わせるあたしとアルーチェの背後では、再びファイセアさんが相手になったドッペルちゃんが、彼に攻撃を与えていた。
それからあたしとドッペルちゃんは、タイミングを見計らって戦う相手を変えた。
さっきまでファイセアさんとアルーチェがしていたのと、全く同じように。
初めの内は、変える度に声を掛け合っていたあたしとドッペルちゃんだったが、いつの間にか声を掛けなくても変わるタイミングが分かるようになっていき、無言で相手を変更した。
今なら分かるよ。
ドッペルちゃんが、いつ、どのタイミングであたしとチェンジするか。
あたしは今、確かにドッペルちゃんと心を通わせている。
ああ、いいなぁ、この時間。
誰かと一緒に通じ合って、以心伝心で強敵に立ち向かうって、こんなにも楽しくって最高な気持ちになるものなんだ・・・。
前の世界にいた頃だったら到底考えられなくて、精々アニメか映画で見ることしかできなかったことを、あたしは体験することができている。
あたしやっぱ、異世界に来ることができて、本当に良かったッッッ!!!
あたしがそんなことを考えて、有頂天になっている間に、あたしとドッペルちゃんは最初と同じように背中合わせの状態になっていた。
あたし達に散々振り回されて、今度はファイセアさんとアルーチェの方が疲れ果てていた。
「本体、敵、疲労困憊。」
「だね。よく頑張ったよ。ドッペルちゃん!」
あたしが褒めると、ドッペルちゃんは嬉しそうに身体をモジモジさせた。
「まっ、まさか私達が、同じ策に嵌るとは・・・!!」
「全く・・・。大馬鹿もいいとこですよね。で、どうします?観念しますか?」
「誰が、するか・・・!!!」
「そういうと思ってましたよ。あなたなら・・・。わたくしも、同じ気持ちです!」
ファイセアさんとアルーチェは、絶え絶えになった呼吸を少し整え、瞳に闘志を宿らせると最後の力を振り絞ってあたし達に立ち向かって来た。
「ありゃ?まだやんの?元気だねぇ、この人ら。」
「本体、仕上げ。」
「最後はバシッと、カッコよく決めますかッッッ!!!」
あたしとドッペルちゃんは意識を集中させて、それぞれに対して向かって来る敵に、最後の一撃を加えた。
「天級第二位・煌星からの一刀ッッッ!!!」
「地級第一位・頼もしい反撃。」
あたしがアルーチェの前で剣を振り下ろすと、空から巨大な光刃が降り注いで彼女の天使の衣をバラバラに砕き、ドッペルちゃんがファイセアさんに手をかざすと、爆発の効果がある斬撃が通常よりも多くの爆発を見せ、ファイセアさんを吹き飛ばした。
「うっ、ううっ・・・。」
「ぐっ、ああ・・・。」
鎧を砕かれたアルーチェと、爆発で吹き飛ばされたファイセアさんが、夫婦揃って悲痛な声を出しながら地面に倒れ込むしかなかった。
「本体、ドーラ、勝っ・・・。」
「やったぁ!!あたし達勝ったよぉ、ドッペルちゃんッッッ!!!」
あたしが抱きつくと、ドッペルちゃんは驚きで目を大きく開いた。
「本体、喜ぶ、いいけど、痛い。」
「あっ!ごめんごめん!!つい嬉しくって・・・。」
「いい。ドーラも、嬉しい。それに、本体、いい匂い、する。」
「ふぇ!?やだなぁもう~!ドッペルちゃんったらぁ~♪」
いい匂いがすると言われて、あたしは嬉しく思ったが、ちょっとだけ恥ずかしくなった。
だって抱きついた相手にそんなこと言われるとは思ってもなかったんだもん・・・。
「本体。」
「何?」
「また、一緒、戦って、ドーラ、すごく、楽し、かった。」
「・・・・・・・。あたしもね、ドッペルちゃんと戦ってる時、すごく楽しかった!!」
◇◇◇
コツ、コツ、コツ、コツ・・・・。
ドッペルちゃんと勝利の喜びを分かち合った後、あたしは地面に倒れるアルーチェのところに、剣を持ったままゆっくりと歩いた。
ファイセアさんとアルーチェは倒すことができたけど、彼女が生きているってことは外ではまだ呼び出した天使がそのままになってるってことだよね?
だとしたら、急いでトドメを刺さないと。
早くしないと、みんなの命が危ない。
「ッッッ!!」
近づいてくるあたしに気付いて、アルーチェは倒れ込んだまま頭をもたげた。
「はぁ・・・。はぁ・・・。殺すの、ですか・・・?」
「うん。そのつもり。アンタをやらないと外のみんなが危ないから。」
あたしが告げると、アルーチェは観念した様子で天を仰いで「ふぅ~。」と大きくため息を吐いた。
「ここまでみたい、ですね・・・。最後に一つだけ、頼みがあります。」
「何?」
「・・・・・・・。あの人だけでも、助けて下さい。」
「はぁ!?何言ってんの!!あたしの大事な友達を、アンタ殺そうとしたんだよッッッ!!?」
「だったらわたくしだけ、殺せばいいでしょ?あの人は、何も悪くないのですから・・・。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「残念だけどそのお願いは聞けない。アンタの旦那だって、あたしらのこと殺そうとここに攻めてきたんだから。アンタにトドメ刺した後、その後で彼も・・・、殺す。」
アルーチェは自分の最期の望みが叶わないことに、大粒の涙を流し始めた。
「何泣いてんの?アンタが悪いんでしょ?」
あたしは静かに泣き続けるアルーチェの首を、剣で斬り飛ばすために大きく振り上げた。
その時、自分の足に何かがしがみつくのを感じたあたしが足元を見ると、爆発のせいでひどい火傷を負ったファイセアさんが、必死の形相であたしの右足を掴んでいた。
「はぁ・・・!はぁ・・・!ミラ!頼む!!ルーチェは・・・、妻だけは助けてくれ!!」
「ちょっ、アンタまで何言ってんの!?」
「最初にお前達を殺そうとここに来たのは私だッッッ!!!妻はただ出しゃばっただけで、彼女には何の咎もない!!」
敵のくせに、あたし等のことを殺そうとしたのに、コイツ等どこまで虫のいいことばっか言うんだよ。
これは戦争なんだから、あたし等が必死になるのは当たり前だろ?
もういい。
コイツ等の言い分ばっか聞いてたらみんなの命の保証ができなくなっちゃうよ。
いい加減うんざりしたあたしは、しがみつくファイセアさんを強引に振りほどくと、振り上げた剣をアルーチェの首に一気に振り下ろそうとした。
ところがファイセアさんはまたしてもあたしの足首にしがみ付いて止めた。
「アンタねぇ、いい加減に・・・!!」
「私のことはどうなってもいい!!どうか彼女だけは助けてくれ!!!。」
その瞬間、あたしはファイセアさんが口にして言葉にまるで雷を受けたような衝撃を受けて、剣を握る腕を宙でピタッと止めた。
あれ?
そのセリフ、前にどっかで聞いたような・・・?
どこだっけ・・・?
随分前のことのような気がするな・・・。
えっと、あれは、確か・・・。
“あたしはどうなってもいいから、その子だけはお願いだから助けて。”
「ッッッ!!!」
思い出した。
さっきの言葉を誰が言ってたか。
あれは、あたし自身だ。
そう、あの時、あたしがこっちの世界に来るきっかけになったあの日。
学校帰りに通り魔に遭って、犯人の男に刺された時に、アイツが次に襲おうとした女の子を助けるために、あたし自身がアイツの背中にしがみついて必死に吐いたセリフ・・・。
あたしのことは殺されても良かったから、あの子だけは助かってほしかった。
結果、犯人はあたしの願いを聞き入れてターゲットを再びあたしに変えて、あたしはアイツに身体を何十カ所も刺されて、死んだんだ・・・。
気が狂いそうになるくらい痛かったけど、あたしはあの子が無事に本当に嬉しかった。
ちょっと、待って・・・。
今あたしがしようとしてるのって、アイツと一緒なんじゃ・・・。
いや、そんなはずはない。
コイツ等はあたしの友達を大勢殺そうとした、悪い敵なんだ。
だから、殺さなくちゃいけない。
これは戦争。
あたしは悪くない!!
あたしは、アイツなんかと一緒じゃないッッッ!!!
“何泣いてんだよ?首ツッコんできたテメェがいけないんだろ?”
あっ、そうだった。
アイツ、あたしをメッタ刺しにしてる時、そんなこと言ってたっけなぁ・・・。
あたし、アルーチェにまんま同じセリフ、言っちゃったよ・・・。
あたし、あたしは・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
カラン・・・!!
「本体?」
ガタガタと震える手で剣を持ち続けていたが、とうとう我慢できなくなり、あたしは剣を握っていることができずにその場に落としてしまった。
「本体、どうした?」
ドッペルちゃんが駆け寄ってくるより先に、あたしはその場に力無くへたり込んでしまった。
「まっ、本体!?大丈夫?」
「・・・・だよ。」
「え?」
「何なんだよ・・・。コレ・・・。」
「マス、ター・・・?」
ピカピカに磨かれた床に映ったあたしの顔は、微笑みを浮かべているにも関わらず、何故かその目からは涙が流れていた。




