54―ベリグルズ平野の戦い⑦
この子、今、自分のこと、ドーラって・・・。
じゃあまさか、この子が、『乙女の永友』の中で一番強いっていうあの!?
えええちょっと待ってッッッ!!!
なんでそんな凄いのがいきなしこんなところに出てくんのッッッ!!?
どっ、どうしよぉ~。
何から話したらいいか・・・。
それにしてもこの子、めちゃくちゃあたしの胸に耳当ててくんじゃん!!
マスク越しに息遣いがすんごく当たってるんだけど!
この子もしかして、リリーみたいにソッチの気があるんじゃないだろうね?
参ったなぁ。
ああいうのはリリー1人でもうお腹いっぱいなんだよねぇ・・・。
でもなんか、そういうのとはちょっと違うような気がするんだよなぁ・・・。
なんっかこう、親に甘える子ども、みたい?
「マスター?」
「ひゃい!?」
「マスター、ドキドキ?」
胸に耳を当てたままの、斜め向きの上目遣いでドーラさんはあたしに聞いてきた。
その瞳は、真ん丸目をしたネコのように爛々としており、曇りが一切なく輝いていた。
「ごっ、ごめんなさい。あたし、こういうの、慣れてなくて・・・。」
「それ、違う。ドーラ、マスター、いつも、くっつく。」
えっ!?
いつもくっついてたの!?
どんだけスキンシップしてたのこの子ら・・・。
「すごく言いづらいんだけどね、あたし、あなたのこと、覚えてなくって・・・。」
「え・・・?」
「あたしね、一度死んで、そのショックで記憶喪失に・・・、ええちょっと!!なして急に泣き出したのッッッ!!?」
ドーラさんは、あたしから視線をずらしてシュンとした顔を見せたと思ったら、ヒクヒクと静かに泣き始めた。
「ヒクッ・・・、マスター、ドーラ、嫌い、グスッ・・・、なった・・・?」
「そっ、そんなことないよ!?あたしはあなたのこと嫌いじゃないよッッッ!!!」
「ホント・・・?」
「うん!!ホントのホントッッッ!!!むしろ危ないところを助けてくれたからむしろ好きだよ!」
「す、き・・・?」
「うんッッッ!!!」
「大好き?」
「へっ!?うんッッッ!!!あたし、ドーラちゃんのこと、大好きだなぁ!!」
「マスター、ドーラ、大好き・・・。えへへ・・・。」
あたしに大好きと言われて、ドーラちゃんは目元だけで満面の笑みを浮かべた。
その顔が、親に褒められた小さな女の子みたいに見えて思わずキュンとした。
「あなた、大丈夫ですか?」
「ああ。なんとかな。」
あたしがふと向こうを見ると、先ほどの爆風で吹っ飛ばされたアルーチェが、しゃがみ込んで尻餅を付いているファイセアさんの身体を支えていた。
「しかし、奴は一体何者なのだ?いきなり現れたぞ。」
「彼女の名前はドーラ。乙女の永友・奉救遊撃隊に新たに入った新参者で、メンバーの中で最も強力だと言われている吸血鬼です。」
「ミラの近衛の中で最強だと!?何故そん奴がここに・・・?」
「おそらくミラの無事を聞きつけたのでしょう。しかし、これは中々にマズいですね。」
ミラの次に強い吸血鬼が現れたことにファイセアさんとアルーチェは警戒の色を隠せなかった。
ドーラちゃんは、あたしの胸から顔を離し、2人の方へ視線を移した。
「お前達、マスター、いじめた?」
「は?」
ドーラちゃんの顔を見ると、目の周りの血管が浮き出ており、マスクの空気口から「シュー・・・!」と荒い息が漏れ出ており、明らかに激怒していた。
「だっ、だったらどうするのですか?」
ドーラちゃんの気迫に押されながらも、アルーチェは鼻で「フンッ!」と笑いながら、強がって言ってみせた。
その返事を言葉を聞いたドーラちゃんは、声の抑揚を一切変えることなく、一言告げた。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「殺す。」
その言葉を合図に、ドーラちゃんは目に見えない凄まじいスピードで剣を抜き、アルーチェに襲い掛かった。
アルーチェは咄嗟に剣で防ごうとし、心臓への一突きを回避できたが、僅かに間に合わず左肩を貫かれた。
「ぐっ・・・!」
「まずはお前。次、ファイセア。」
アルーチェを貫いたドーラちゃんは、勢いに任せて彼女の身体を壁に激突させ、衝撃で大きな亀裂がいくつも、まるで木の根っこのように壁に走った。
「外れた。残念。」
「ちょっと・・・。痛いじゃない、です、かッッッ!!!」
アルーチェはドーラちゃんの腹に蹴りを入れて、反対側へと吹き飛ばした。
そして、左肩に突き刺さった剣を痛みに堪えながら強引に引き抜くと、今度は自分の剣でドーラちゃんを貫こうとした。
「血操師・斧錬成。」
ドーラちゃんが抑揚のない声で詠唱すると、彼女の手に血液から作り出した大振りの斧が顕現し、アルーチェの剣を上向きに弾き飛ばした。
それを皮切りに、2人の間で目で追うことができない猛烈な鍔迫り合いが展開され、火花が混じった衝撃波が部屋中に広がった。
あたしは、顔色一つ変えずに黎明の開手のメンバーと互角に渡り合っているドーラちゃんに唖然とし、目を離すことができなかった。
「すごい・・・。これが、乙女の永友最強の、力・・・。」
ファイセアさんも、あたしと同じように黙って見ているだけだったが、アルーチェの右腕と左わき腹に切り傷が入ると、剣を抜いて立ち上がり急いで助けようと向かった。
「ルーチェッッッ!!!」
アルーチェとの対決で夢中になっていたドーラちゃんは割って入って来たファイセアさんに対応することができず、背中を斜めに斬られた。
「地級、第三位・風斬りの加護。」
背中を斬られたドーラちゃんが唱えると、身体を基点に縦横無尽に風の斬撃が発生してファイセアさんとアルーチェを遠ざけた。
「ドーラちゃんッッッ!!!」
背中の刀傷から血がポタポタと流れ落ちるドーラちゃんに、あたしは急いで駆け寄った。
「ドーラちゃん!!大丈夫!?」
「2人がかり、ズルい。ドーラ、油断。」
「待ってて!今治すからッ。」
「平気。できる。」
「できるって・・・。」
「全回復。」
ドーラちゃんの傷が「ビチ、ビチ・・・。」と音を立てながら治っていき、10秒も経たない内に完全に塞がった。
「つっ、使えたんだ。全回復・・・。」
「マスター、くれた。だから、使える。」
「くれたって・・・?」
あたしはドーラちゃんが口にした言葉の意味を、その時は理解できなかった。
「全回復まで使えるとは・・・。これはミラと同じくらいに厄介だな。」
「あなたの攻撃が通用するところは、彼女よりマシですけどね。」
確かにそうだ。
あたしとは違って、なんてことのないファイセアさんの単純な物理攻撃が効くのはドーラちゃんにとって致命的だった。
このまま2人から連携攻撃を仕掛けられれば、いずれどちらかにやられる恐れがある。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
そんなこと、絶対に、イヤだ・・・。
「もう一度。今度、両方、やる。」
「ドーラちゃん待って。」
「マスター?」
「あたしも一緒に戦う。元々あたしの勝負だったんだから、さ?」
「マスター、ドーラ、信じられない?」
自分を信用していないと思ったのだろう。
ドーラちゃんはフードとマスクの隙間から悲し気な目を見せた。
「それは違うよ。」
あたしはドーラちゃんと向かい合って、彼女の頭を優しく撫でると、ドーラちゃんの身体が「ピクッ。」と微かに震えた。
「ドーラちゃんは勝てるよ。だってとっても強いんだから。だけどさすがに1対2じゃ大変でしょ?だからね、あたしにお手伝いさせて?2人で分担しながらだとそこまでしんどくないでしょ?」
「マスター、ドーラ、お手伝い?」
「そっ!お手伝い♪」
あたしに頭を撫でられながら、寂しげだったドーラちゃんはゆっくり顔を上げて、目元だけで嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。マスター。お願い、できる?」
「うん!喜んで!!よし!そいじゃ・・・!」
あたしは斧を構えるドーラちゃんの背中に、自分の背中を合わせて同じように剣を構えた。
「マスター、何、してる?」
「何って“背中合わせ”だけど、知らない?」
ドーラちゃんは何も言わずに首をフルフルと少し激しめに振った。
「これはね、“お互いに守り合って、頑張って一緒に戦おう!”って意味なんだよ。」
「ドーラ、マスター、守ってる・・・?」
「うん!とっても頼りにしてる!!」
「・・・・・・・。うれしい・・・。」
ドーラちゃんは、あたしのことを守っている実感を噛み締めるためか、自分を背中をスリスリとあたしの背中に擦り付けてきた。
「マスター、ドーラ、一緒、頑張る。」
「だね!!2人で力を合わせてこんなバカップルパパっと倒しちゃおっか♪」
あたしは背中合わせになっている自分とドーラちゃんを外から俯瞰しながら見て、あまりにも絵になっているその立ち姿に、我ながら「あたしらめっちゃくっちゃカッコイイ!!!」とつい思ってしまっていた。




