52―ベリグルズ平野の戦い⑤
「一体何だコイツ等は!?急に現れたぞ!!」
中央街道で戦うプルナト率いる歩兵隊は、アルーチェが呼び出した天使達に包囲され、苦戦を強いられていた。
宙に少しだけ浮かびながらプルナト達との距離をゆっくり詰める天使達の足元には、彼等にやられたであろう吸血鬼の負傷兵達が苦しそうに呻き声を上げながら横たわっていた。
その中には、もうすでに事切れている者もいる・・・。
天使の身体は人間のそれと比べると頑強、否、生命力が上であるため架空世界の強力な銃火器の銃撃を数発受けたところでは死ぬことはなく、周囲から十発以上の一斉掃射でやっと斃せるレベルだった。
「このままではマズいぞッッッ!!!急いで撤退しなければ・・・!!」
「総督だけでもお逃げをッッッ!!!ミラ様達に警告を、ぐああッッッ!!!」
自分に話していた吸血鬼の兵士が目の前で天使の放った矢で射貫かれた光景を見て、プルナトは恐怖で青ざめるとともに、天使達への怨みで歯を強く噛み締める。
(やっと・・・やっとの思いでこの地獄から皆とともに生き残れるところだったのに・・・。我らはここで力及ばず無惨に殺される運命だというのか・・・!!!)
絶望したプルナトに向けて、一体の天使が弓を構えて矢を放たんとしており彼はそれに気付くことができなかった。
「はっ!総督ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
部下の叫びに呼応して、ゆっくりとその方向を振り向くプルナト。
誰の目にもその光景が、ひどくスローモーションで動くように見えた。
天使が構えた弓から、無慈悲にも矢が放たれる。
だが放たれた矢はプルナトを射貫くことはなかった。
そればかりか、どの吸血鬼も射貫かれなかった。
外れたのか?
否、そうではない。
天使が放った矢は、あろうことか味方の天使の胸に深々と刺さっていた。
突然起こった予想外の光景に、吸血鬼達は言葉を失った。
ところが彼等は、その後に繰り広げられた衝撃的な光景にますます困惑した。
天使達が突然、殺し合いを始めたのだ。
剣で斬り合う者、槍を突き合う者、弓を撃ち合う者・・・。
殺し合いを演じた天使達は、瞬く間に死んでいき、地面に転がる死体は光の液体となって溶けていく。
「地級第一位・反転せし友軍。」
殺し合いを繰り広げる天使の間を通り、人影が自分達の許にゆっくりと歩いてくる。
「ヒューゴ殿ッッッ!!!」
天使達が殺し合いを始めたのは、ヒューゴが幻術系の魔能で天使の頭を侵し、敵味方の認識を反転させたからであった。
「プルナト総督、ご無事ですか?」
「ええ、何とか・・・。」
「損耗率はどれほどですか?」
「・・・・・・・。」
プルナトは黙ったまま天使達に敗れ地面に横たわる仲間に目をやった。
それを見たヒューゴは、「そうですか・・・。」と一言呟くと下を向いてそれ以上は何も言わなかった。
「それで、ミラ様は!?」
「天使達を呼び出した黎明の開手の構成員と交戦中です。私はミラ様より、皆様の救援をするようにと仰せつかりました。」
「それでヒューゴ様!!我々は一体どうすれば・・・!?」
吸血鬼の兵士に指示を仰がれ、ヒューゴは暫し考える素振りを見せる。
「負傷兵を避難させた後に、まだ動ける人員で私と一緒にアウレルの支援に向かいます。ローランドの方はリリーナ達に任せるようにすでに言ってあります。」
「了解しました!では皆!天使の追撃が来る前に負傷兵を安全な家屋まで運んで治療するぞ!!」
プルナトの指示で、吸血鬼達は倒れている仲間で、まだ息のある者達を急いで探す。
(これほどのものとは・・・。他の者は果たして無事であろうか・・・。)
ヒューゴは傷だらけの仲間を見て、自分達が一気に劣勢に立たされたことを自覚し、厳しい表情を見せるのだった。
◇◇◇
「パルマさん下がってくださいッッッ!!!」
「ぐっ、グレース殿・・・!!」
木にもたれかかるパルマを背にして弓を構えるグレース。
その状況はまさしく切迫していた。
矢は残り一発、自分と横で唸る茶々助は負傷し息も絶え絶え、そして仲間は殺されたか、もしくは戦闘不能に全員追いやられていた。
「グレース殿だけでも逃げて下さい!!私は、もう・・・。」
「イヤだッッッ!!!」
「え・・・?」
「今ここで逃げてパルマさんを見捨てたら、私はミラ様に顔向けできない!!私は死んでも、あの方の親友として、あの方に任された使命を全うしてみせますッッッ!!!」
「グレース、殿・・・。」
自らの決意を、天使達を真っ直ぐ見据えて、弓を構えたままパルマに言い放つグレース。
そんな彼女に「やれるものならやってみろ。」とでも言わんばかりに、天使が剣を握り突っ込んでくる。
グレースはその天使の頭に矢を叩き込むと、矢の効果で天使の頭が跡形もなく無くなり、その身体がグラっと倒れ込む。
その身体を邪魔になった人形をどかすように、後ろから別の天使が槍を振り下ろそうとする。
(ミラ様ッッッ!!!)
最早矢は残されていない。
覚悟を決めたグレースは目をギュッと閉じる。
だがいくら待っても、自分の身体が槍で貫かれることはない。
グレースはそっと目を開けると、自分を槍で突き刺そうとしていた天使が、地面から生えた岩の槍で胴を貫かれ、宙で伸びながらピクピクと痙攣している。
「地級第二位・大地の大槍!!」
詠唱とともに、地面から無数の岩の槍が伸びてきて天使達の身体を悉く貫いて屠っていく。
「リリーナ様ッッッ!!!」
「どうやらまだ生きているみたいね。」
天使達を自らの魔能で一掃したリリーナがグレース達の許にタッタッタッと駆け寄って来る。
「あ~これは手酷くやられたわね。待ってて。すぐ治すから。」
リリーナは手にした杖を地面に軽くコツンと立てた。
「大回復・広範囲。」
杖から緑色の心地よいエネルギーが満ちてきて、それが地面に流れて来る。
それを浴びたグレースとパルマ含む負傷兵達の傷がほぼ癒えて、動けるようになった彼等がゆっくり起き上がる。
「おお!!ありがとうございます、リリーナ様!」
「見たところ、だいぶ、やられてしまったみたいね・・・。」
「はい・・・。」
見ると傷が癒えず、すでに手遅れになった者も見られる。
リリーナとグレース、パルマは全員が助からなかったことに悲観に暮れて俯いた。
「負傷者と戦死した者を見てやって。私はローランドを助けに行くから。」
「リリーナ様!!私も一緒に・・・!!」
「アンタだって負傷してるんだからここに居た方がいいよ。」
「私なら大丈夫です!!ミラ様や皆さんが必死に戦っているのに私だけおめおめと休んでなんかいられませんッッッ!!!」
「いいからここに居て。今のアンタじゃどうせ役に立たないから。」
吐き捨てるかのように言って、グレースを置いて行こうとするリリーナ。
そんな彼女の手を、グレースは急に掴んで決して離そうとしなかった。
「ちょっとアンタいい加減に・・・!!」
「・・・緒じゃ・きゃ・・めでしょ・・・。」
「は!?何だって?」
「リリーナ様が私のことを快く思ってないのは分かってます!だけど今は一緒に戦わないとダメでしょうッッッ!!?私だって、皆さんと一緒に、ミラ様のために戦いたいんですッッッ!!!」
グレースが言い放った思いの丈を、リリーナは何も言わずに聞いていた。
しかし何かを言いたげに、ゆっくりと口を開いた。
「アンタの言う通り、私はアンタのことが嫌いよ。いきなりミラお姉様の前に出てきて、親友扱いされて、“ミラお姉様のため。”って必死になって、それに何より、ミラお姉様もアンタのことを頼ってる・・・。今まで頼りにされたのは私だったのに・・・。私の立場を根こそぎ奪ったアンタなんか、大嫌いよ・・・。」
リリーナがつらつらと述べた恨み節に、グレースの表情はみるみるうちに暗くなっていく。
しかし・・・。
「だから、悔しいの・・・。」
「え・・・?」
「あなた、この間のステラフォルト要塞で、暴走状態になったミラお姉様を命懸けで正気に戻したらしいじゃない。私にだって、そんな無茶なマネできないもの。あの方に“親友”って呼ばれて、大切にされてるくらいはあるわ。アンタって、ホント、すごいよ・・・。」
嫌われているが、内心では認められていたことに、グレースは嬉しくなった。
「だから私、アンタにだけは絶対負けたくない。アンタよりもミラお姉様のために、戦ってやるんだから・・・!!」
リリーナは俯き加減のグレースの手を振りほどこうとしたが、それでも彼女はなおも離そうとしなかった。
「やっぱり私も、リリーナ様に着いて行きます。」
「アンタねぇ、さっきの話聞いてたぁ?私アンタのこと嫌ってんだよ?」
「ええ分かってますよ。でも私は別にリリーナ様のこと嫌いじゃないですよ!!むしろ好きですよ!」
「すっ、好き?何で?」
「だってリリーナ様は、ミラ様の妹じゃないですか!親友の妹さんを好きならない人はいないでしょう?だから私には、ミラ様の妹さんであるリリーナ様を守る責任がありますッッッ!!!」
グレースに言われて、リリーナの顔がポッと紅潮した。
それが何を意味するかは、当の本人でさえもあまり分からないでいた。
「アンタって、本っ当にズルいよね・・・。」
「ズルい?何がですか?」
「何でもないわよッッッ!!!」
リリーナは顔を赤くしたまま「ああっ!!」っと言いながら頭を激しく掻きむしった。
そして、「はぁ~!」深いため息をついて、何かを決心したみたいだった。
「足、引っ張らないでよね・・・。」
同行してくれることを許された。
そう思ったグレースは、たちまちはち切れんばかりの笑顔を見せた。
「ありがとうございますッッッ!!!」
「お礼はいいから、早く行くよ!!」
「はい!!茶々助、パルマさん達のこと、ちゃんと守ってやるんだよ!!」
「ガウッッッ!!!」
「リリーナ様、グレース殿、どうかご無事で・・・。」
パルマに見送られ出発するリリーナとグレース。
すると突然、リリーナがグレースの手をギュッと繋いできた。
「りっ、リリーナ様!?」
「アンタ一応ケガ人でしょ?私が支えてやるから、楽にしな。」
「あっ、ありがとうございます・・・。」
リリーナと手を繋ぎながら歩くグレースは、彼女の手の温もりを感じて、少し照れ臭くなった。
「りっ、リリーナ様、あの・・・。」
やがてグレースは、リリーナが歩きながら何かをブツブツ呟いていることに気付き、よく聞こえるように耳を立てた。
「私はミラお姉様一筋・・・。私はミラお姉様一筋・・・私はミラお姉様一筋・・・。」
まるで何かしらの呪いを解く言葉のようにリリーナの口から垂れ流し続けられる言葉の意味を、グレースは理解することができなった。




